第八話 リフレックス

瞼を閉じ、耳を両手で覆う。その行為は負け犬のそれだった。村本にニヤ付く顔が脳裏にこびり付く。神下はこんな豚に抱かれて、何を癒やされたんだろう? 僕とキスもしていないのに、彼とは出来たんだろうか? 僕は良いんだ。神下が可哀想じゃないか。数秒、現実逃避をして瞼を開けた。


「え?」


予想を超える光景だった。

海向 なぎさが片手で、村本の顔面を握り締め、村本を空に浮かせていた。村本は悲痛の声を出して、ジタバタしている。


「橘。今、不法侵入だけど。言う事は?」

「あ……えっと。お邪魔します」

「そっち。普通はごめんなさいだと思う」

「ああーそっちか。ごめんなさい。勝手に入っちゃった」

「良い。で、この豚野郎は?」

「村本だよ」

「知ってる。コイツを連れて来たの?」

「違う。彼は勝手に、侵入してるみたいだよ」


淡々と会話をするけど、彼女のやっている行動は常軌を逸している。自分より明らかに体重が重い男をあの華奢腕で持ち上げている。無理矢理とか、痩せ我慢とか、では無い。村本は空中でジタバタしているが、彼が動いているだけで、彼女の腕はピクリともしない。それと、彼の顔面を握る握力も相当だ。胸ぐら掴んでいる訳ではない。顔面だ。もうアニメの世界じゃないか! とりあえず、この奇天烈な光景を写真に納める。

ファインダーを覗く。薄暗い場所だけど、僕のカメラだったら、くっきり分かる。彼女はTシャツとホットパンツという姿だ。the 家着という感じで可愛らしい。ちょっとホットパンツから下着が見えそうな所が、男心を擽る。いやいや、この写真ではダメだ。微エロ路線は、審査員の目に止まらないし、敬遠されてしまう。逆にグロテクスな物は評価されてしまうのは何故だろう。次にファインダーで、彼女の腕を見た。血管が多数、浮き出ている。包帯を巻いている所は、血が滲み出て、膿んでいる。やはりゾンビ化が進行している。ひとまず、写真を数枚撮り、彼女を見る。


「村本をどうするの?」

「うーん。生で食べてみる?」

「いやいや絶対に不味いでしょ? 良く見て彼を」


不味いという理由で、止めようとしている事が、とても滑稽だった。相当、村本にイラついているみたいだ。


「とりあえず離してよ。海向さん」

「ん」


ドカッと床に尻を打ち付ける村本。悲鳴を上げずに、震える様にこちらを伺っている。怯えているみたいだった。


「たたたたた橘氏! 海向殿は、怪力女だったんでござるか?」

「うーん」


説明をするのが、面倒だ。説明をして納得もしないだろうし。


「そうだよ。だから君はここから逃げた方が良い」


精一杯の思いやりを村本に言う。僕的には、彼を助ける気は希薄だ。


「橘氏、そう言えば、言い忘れてたでござる。家の母上殿の死体。拙者、激写したでござる」


ビクビクしながら彼が突然、言う。脈絡も無く、前置きも無く、彼は言った。自分の置かれている状況はそこまで良く無い筈なのに何故、ここでそれを吐露したのか理解に苦しむ。

はっきり言って、僕の頭は真っ白だ。何も考えられない。彼が家に来た事もびっくりだが、家に無断で入って写真を撮影? 海向 なぎさも侵入していたけど、彼の場合は常軌を逸している様に感じた。


「………村本くん、母さんに何かしたりした?」


止せば良いのに、唇を震わせながら聞く。脳裏で掠めた嫌な結末が、見えた。出来れば外れて欲しい。


「母上殿は疲れている模様だったでござる。橘氏の友達と言ったら、家に上げてくれたでござる。その後、台所で倒れたので、倒れている所を殴ったでござる。人妻を全力で殴る機会は、微レ存でござるから、拳を振り上げて振り下ろしたでござるよ」

「…………」


秋山が言ってた事が一つの線で繋がった。残酷な現実が目の前にある。これは僕の憶測だけど、村本が致命傷を与えた可能性だってある。いや、村本が母さんを殺した。必死に藻がいて、あんなメチャメチャで最悪な父さんを愛して、病み散らかしていた母さんを。疲れ切って、擦り切っていたのに、最後にトドメを刺した。


「橘氏の母は虫の息だったござるよ。息子はインフル。介錯するのが侍でござる。その後は、撮影はしたでござるが、やはり年増。絵にはならんでござる。撮影するなら、若い子一択でござる」

「………」

「橘、コイツで試して良い? 進行止めれるかも」

「………」


しばらく考え、僕は静かに頷いた。

すると海向 なぎさは凄惨な笑顔を見せた。あの山で見せた笑顔だった。


「なななっなな何をするでござるか!」


村本が話している事など意に介さず、右手を振り上げた。そのまま、隕石の様に右拳が村本にヒットする。ゴツっという音と共に、村本のおでこが凹んだ。

その衝撃がそこで終わらず、逃げ場を失った力が村本の黄色い歯に伝わり、前歯が粉砕させた。村本は何が起こったか、分からないまま激痛にのたうち回り、床を転がる。海向 なぎさはそれを冷たい目で見詰めた後「ふふふっ」と笑い、踵落としを村本の太ももに繰り出す。踵は太ももにメリ込み、程なく血が滲んだ。村本は口にガラス片を詰めれたみたいな声無き声を出し、涙を流した。

人間が人間を粉砕する姿とは、ここまで残虐だと思わなかった。今なら止める事は容易。村本も後遺症無く、回復するライン。海向 なぎさをそんな僕に気付いたのか、手を止めている。


「橘氏しぃ゛だぁずげぇてぐれでござるぅ」


言葉に濁っていた。歯を粉砕され、激痛の中で言葉を綴っている。見るに耐えない。見苦しい姿だ。こんな不様な野郎の為に、僕と彼女は人の道を外れてしまっても良いんだろうか? 何かあったんじゃないのか? 解決する道が。


「橘。過去には戻れないけど、未来には向かって行ける」

「うん」


彼女なりの気遣いだった。

僕はゆっくり進み、村本の前に立った。

未来に向かって歩く為に、やるべき事がある。僕は彼女にカメラを預ける。


「適当で良いから、僕を撮って」

「うん」


僕は拳を握った。強く強く握る。爪が手の平に刺さっているのが分かるくらいに握った。痛いくらいだった。


「だじばなじー」


床にへたり込む村本を殴った。口から血を吐き散らかしているけど、関係無く何度も殴った。拳と彼の歯が当たり、僕の拳からも血が出た。痛い。痛いけど、これは僕の怒りで悲しみだ。

気が付けば、村本は気を失っていた。息はしている。殺す事はやはり出来ない。彼がこの先、僕を訴えても、それ相応の償いはする。けど許せない。許す訳にはいかなかった。


「これで良い?」


彼女が一眼レフの液晶モニターを見せて来た。かなりブレブレだった。ピントは何処にも合っておらず、光の残像みたいに僕の存在を希薄な物にしていた。一眼レフを初めて触った時の事を想起させた。初めは購入した事を失敗したと頭を抱えていた。設定が多過ぎて、加えて機能も多い。覚えるだけで相当な時間を要した。投げ出そうとした時もあった。今は、彼女の撮影した様な写真を撮影する事は、滅多に無い。故に、この数枚が初めの一歩だ。


「ありがとう。じゃ、彼を齧ってみようよ。死なない程度に」

「はぁー」

「さっきは、試したいって言ってたよ?」


明らかに嫌そうな顔をする。完璧に近い彼女の表情が歪んだ瞬間だ。とても貴重だけど、そんな暇はない。秋山の件もある。村本はイレギュラー中のイレギュラー。ちゃちゃっと実験をして、次のステップに進みたい。


「私、脂っこいのは胃に来る」

「そんな美意識高い系の事を言ってて良いの? その腕、腐ってるでしょ?」

「うん。包帯で無理矢理繋ぎ止めている」

「ヤバいじゃんそれ」

「かなりね」

「じゃ、試そうよ。多分、村本は逮捕されるから何やっても平気の筈だよ」

「ん? こいつ、何したの?」


いやいや絶対に聞いてたよね? なんで分からないの?


「村本が母さんを殺したからだよ。家に刑事が来て母さんの死は、他殺の疑いあるって言ってたよ」

「で、橘は疑われてるって事?」


恐ろしく察しが良い。僕はそこまで言っていない。

彼女は頭の回転が早い様子だ。


「そうだよ。家に検察? 鑑定が入るんだよ。だから君の指紋も取られる。で、あのOLさんの事件とリンクしたら? キミを必ず、警察が追うよ」

「ふーん。でも私は無実だけど。腕は引き千切ったけど」

「それだけで、事情聴取されるよ。確実に。その意味分かる?」

「私がゾンビ化する」

「そう! だから村本で試そうよ。成長を止めるっていう意味が分からない今は、食事となる生きた人間を食べてみようよ」

「橘、嬉しそう?」


少し図星だ。グロテスクは好きでは無いけど、村本が死なない程度だったら見てみたいかもだ。


「仕方ない」


彼女は腕の包帯を外した。膿でグチョグチョになった傷口が見えた。うっ血もしている。血管がどす黒、浮き上がり、脈打ちが見えた。


「キモい」

「自分で言うの!?」

「橘もそう思わない?」

「うーん。少し」

「最低」


ちょっと納得出来ない。確実に誘導したのは彼女だ。とは言え、彼女の問題だ。僕がこれ以上は無理矢理、村本を食えと言うのは酷だ。

しばらく、彼女を見ていると、諦めたみたいに倒れている村本も手を取った。

一瞬、嫌な光景が浮かんだので、僕は口を開いた。


「引き千切るのは無しだよ。海向さん」

「え? 食べ辛いんだけど」

「いやいや、片手の人生を送らせる気なの?」

「橘のお母さんを殺したのに、この程度で良いんだ」


それを言われると少し困る。人間的な優しさは必要無いかもしれないけど、今、村本を殺してしまうと2つの意味で僕は最低になる。

1つは村本と同列になる。

死ぬ事よりも屈辱で最低だ。

もう1つは海向 なぎさの手を汚させてしまう。これは言うまでも無い。最低最悪だ。生きて行けない。だったら、僕が彼を殺す選択をする。


「良い。早くやってみよう。彼が起きたら、面倒だよ」

「はいはい」


海向 なぎさは四つん這いになった。ちょっとだけ、お尻のラインがヤラしかったので、視線を逸らした。彼女はそのまま体勢で、犬みたいに村本の腕に噛み付いた。


「ぐざぃ」

「我慢して」


彼女は片手で鼻を摘み、村本の腕を噛み切った。一瞬だけ村本が動いた気がした。けれど、目は覚さない。彼女へ視線を向けた。嫌そうな顔して、咀嚼していた。奥歯でモグモグと噛み、苦しそうに飲み込む。その姿は、まるで苦い薬を飲み込む様子だった。


「どう?」

「ん」


腕を僕に突き付けたが、反応していない。ゾンビ化は止まっていない。


「ダメみたいだね」

「ウゲェ。吐いて良い? 気分が悪い」

「あ、うん。そうしてよ。無理は良く無い」


彼女が部屋を出た後、村本を見た。ハーフゾンビに噛まれた人間はどうなるんだろう? 彼もハーフゾンビになり、成長率が下回った場合にはゾンビ化が進行するんだろうか?

良く分からない。彼女が戻って来たら、手帳をもう一度、見直そう。

で、村本はどうすれば良いんだろうか? 彼の事だから警察に訴え、僕等は豚箱行きになりそうだ。

いや、それは違う。

ここは先手必勝だ。僕の家には、鑑識や検察がもう来ている筈だ。指紋を検出されている筈。1つは当たり前だけど僕。もう1つは海向 なぎさ。そして最後は村本だ。警察側はどう動くか、分からないけど。彼女は母さんに触れていない。触れている、いや殴っているのは村本。奴の事だから、母さんを動かしたりして、触っているに違いない。あとは簡単だ。分かりやすくすれば良いんだ。

僕はスマホで、警察署に電話をすれば良い。秋山に伝言を残して終わりだ。だが、最大級の問題がある。秋山を動かすのに、助けが必要だ。ここの住所を教える訳にはいかない。出来るなら、場所は御坂高校にしたい。


「吐けた」

「あ」

「何?」

「キミって凄い力持ちだよね?」

「女子に使う言葉ではないけど」

「ごめんごめん。でも村本を軽々しく持ち上げて、攻撃力もあったよね。アレって? ゾンビ化の恩恵?」

「さぁ。普通だった事が無いから、恩恵かどうか知らない。けど、力は強いと思う」

「村本を運ぶたいんだけど、手伝ってくれる?」

「何処に運ぶ?」

「御坂。僕たちの御坂高校に運べない? 警察がキミを追わさない為に、運びたいんだ」

「はぁ。Ok」

「じゃ、夜に運ぼう。それまで起きたら面倒だからロープとかあるかな?」

「多分、ある」


彼女が持って来たロープで村本を縛り、彼女の部屋へ移動した。

彼女の右腕は相変わらず、腐っている。進行は進んでいる訳ではないけど、痛々しい。膿が出来て、白っぽくなっている。


「あの手帳を見せて」

「うん。部屋にあるから勝手に見て」


僕は無言で頷き、彼女の部屋に移動する。軽視していた手帳だけど、もう一度、見るべきだ。意味の分からない外国語も理解しないと道筋が立てられない。もしかしたら重要な事を見落としているかもしれない。僕はスマホを片手に手帳を開く。最近は便利機能がフリーで使える。スマホのカメラを通して、手帳が翻訳する事も可能だ。どれどれ。薬の事が多い。彼女も小さい時に色々と苦労しているみたいだ。日記みたいなページもあった


『私には赤ん坊育てる能力はない。悲しみの湖で必死にもがくだけ』


ちょっとポエムが入っているので痛々しい。彼女は眉間に皺を寄せ、怪訝に僕を見るが伝える訳にはいかない。お父さんが切なさ過ぎるし、言葉に出せば笑ってしまいそうだ。

とりあえず、時間を掛けて全てを読破した。所々、解読不明だった所を除けば、完全読破だ。そして分かった事がある。彼女が言う成長率と腐敗率の関係性だ。結末から言えば、彼女はゾンビになる。しかも普通のゾンビではない。意識を保ちながら、無痛のまま腐り果てる。肥料になって終わりだ。これはどうしようも無い事実みたいだ。彼女のお父さんは色々と手を加えたらしいけど、結末は変えれなかった。それもその筈だ。彼女は母親と一緒に死んでいた運命だ。それを人の道を外れた方法で誕生させてしまった。これは罰で罪で、運命だ。抗えない。受け止めるしか無い。

でも、気になる事がある。和訳が間違っていなければ、こう書いてあった。


『思春期は全てを可能性に変える』


どういう事だろうか? カッコよく英語で殴り書きをしている所、可能性なのか?

そもそも思春期って何だ?


「橘? 何か分かった?」

「絶望的だけど、ここが気になるんだ」

「何これ?」

「思春期は全てを可能性に変えるって。僕には意味が分からないけど、キミは分かるかい?」

「思春期? 今がそうだけど。橘、これでゾンビ回避出来る?」

「いやいや僕には分からないって言ってるんだよ。思春期って、多感な時期とか言うんだろ? 恋したり、スポーツしたり、つまり青春するって事だよね?」

「違う」

「え? 違うの?」

「基本的に、思春期は性的エネルギーが高まっている事を言う。つまり今」

「性的エネルギー!? うわぁ!」


僕等の構図はこうだった。彼女がベッドに腰を掛け、僕が床で体操座りをしているという感じだった。僕は座っている事もあって、うんうんと頷いていると床を見がちになってしまう。一瞬だけだ。彼女から視線を外し、床を見てしまったのは。その一瞬の間に、首を鷲掴みにされ、宙を舞い、ベッドインしていた。僕は大の字で仰向けになり、彼女が僕に馬乗りとなっていた。

柔らかい臀部がお腹に感じた。クーラーの効いた部屋だったが、僕は体を熱くしてしまった。彼女が触れている部分は、ひんやりとして気持ちいい。柔らかい雪を服越しに感じているみたいだ。

鼓動が大きい。呼吸も荒い。それがとても恥ずかしい。彼女は冷静に鋭い視線を僕に向ける。

視線が重なる。瞼を閉じる事も禁じられたみたいに視線を外せない。大きい瞳に僕が映る。小動物みたいだ。彼女は凛々しく、堂々としている。また鼓動が早くなる。

彼女である神下 恵の顔が浮かんだ。彼女とは、こういう風な事は1度もしなかった。したとしてもドキドキが無かったに違い無い。同じ状況でも僕がエスコートして、淡々と終わる。何も感じ無いだろう。雄としての性欲が理性を凌駕する事も無い。それはそれで、悲しい事だけど。


「橘、悲しい顔してる」

「いや、僕は残酷なんだなぁって思ったんだ。キミにはこんなドキドキしているのに、彼女の神下には多分する気がしない。これって残酷でしょ?」

「私もしないけど?」

「え? うぇ? いやいやこのパターンはする場面でしょ?」

「だからしない。ちょっと青春っぽい事をすれば、ゾンビ化が止まると考えたけど違った。橘が相手だから?」


ちょっとだけ頭に来た。僕は男として、認められていないと言われたみたいで、心外だった。

海向 なぎさがドキドキしない理由は本当に僕だろうか? そこが気になる。僕が攻めに回った場合でも同じだったら、僕の負けで良い。

そこで僕は彼女を抱き寄せ、クルリと回り、次は僕が上になった。

彼女の足が僕の胴に絡んでいるので、それを乱暴に取り、無理矢理にキスをした。そして強く抱き締めた。

恋人にするキスとは違う。乱暴で、性欲まみれのキスだ。

僕は直ぐ様に彼女から離れた。


「ごめん。ちょっとムキになったよ」


ベッドから降りて、正座のまま下を向く。彼女に殴られるかもしれないけど、ちょっとだけイライラをぶつけてしまった。反省しないとダメだ。


「ねぇ?」

「ごめん」

「良いから顔を上げて」

「ん?」


彼女は腐った腕を僕に見せていた。そこを見ると膿が消え、新鮮な赤い血が流れていた。それだけではない。見ている間にも傷は癒え、血の痕だけが残っている。


「どういう事なの?」

「思春期が可能性を変えた?」

「いやいや有り得ないよ。単にキスしただけだよ? もしかしてキミ、興奮したんじゃないの?」

「分からない。いつも鼓動は小さいし、止まっている感じだったけど………さっきのは、なんかエロかった」

「そこ!?」


思わず、驚いてしまう。海向 なぎさは意外にも普通のJKみたいだ。自分が腐り果てるかもしれないのに、それを楽しんでいる節がある。

でもそこがちょっと、良い感じだ。この意地悪な小馬鹿にした様な笑顔。ベッドの上で、ウキウキとしている感じ。これを撮影しないカメラマンはカメラマンではない。

えっとカメラカメラ。

都合良く、カメラは僕の直ぐそばにあった。問題はここからだ。構えてしまうと素晴らしい表情が消えてしまう。カメラを構えて設定する時間だって必要だ。最悪オートで撮影するとしても、ピントを合うか疑問だ。

だが、ここで僕の機転を利かす時だ。


「キミは、照れたりしないの?」


真剣な眼差しを言う。その感もカメラを触る。勿論、撮影する雰囲気は極力出さない。


「照れよりエロだった」


ちょっとした賭けだった。でも継続で、あの意地悪そうな表情。ここで撮影する。

その時だった。彼女の手がカメラのレンズを鷲掴みした。


「ここで撮影は違う」


真顔だった。完全に怒っていた。余韻を楽しみたいという事なんだろうか? カメラがピクリともしない。相当な力を入れている。このままだと、本当にカメラが破壊されそうなので、謝る事にする。


「ごめん。可愛かったから」

「何?」

「可愛かったから」

「そ、そう。でも撮影はしないで」


変な間があった。そして薄っすらだけど、彼女の頬が赤い気がした。照れるポイントが可愛いだったみたいだ。余り、深追いをしてカメラを壊されたら堪らないので、カメラを床に置く。


「キミは照れたりするんだね」

「していない」

「しているよ。頬が赤くなっているし」

「あっそ」


彼女は明後日の方角を見る。視線が外れるのは、寂しいのと同時にホッとする。彼女と目が合うだけど、僕は震えてしまう。考えない様にしているんだけど、僕は彼女にキスをしてしまった。まだ唇の感触が残っている。柔らかく、でも弾力が有り、幸せに包まれそうな気分だった。あと、僕は彼女を抱き締めている。高嶺の花を捕まえたんだ。実感するだけで、震えていた。僕はこの状況を打破する為に思考をフル回転させる。

そういえば、村本のカメラがあった。多分、台所に転がっている筈だ。


「海向さん、ちょっと村本の様子を見てくるよ」

「うん。私も行く?」

「大丈夫だよ。1人で行くよ」


そう言い、僕は彼の元に向かう。時間的に彼は目覚めている可能性が高い。ロープで縛っているけど、素人が縛ったロープだ。抜けられても、困る。

気合いを入れつつ、扉を開けた。

彼は横になっている。動かない所を見るとまだ気絶しているみたいだ。忍び足で、彼の横を通過して、床に転がっているカメラを取る。

SONYのカメラだった。高くて性能が良いカメラだ。でも値段が値段なだけに学生には買えない。前にカメラで稼いでいると聞いた事もあるので、そこでお金を貯めて購入したんだろう。

羨ましい気持ちから内蔵データを見てやれっと。ボタンを押す。

最初に出てきたのは、海向 なぎさの家の台所。つまりここだ。数100枚は撮影している。露出や絞りを変えたり、ISOを弄ったりしている写真が沢山あった。どれも味があった。プロカメラが撮影した様な写真で負けた気がした。

続いて、ボタンを押して行く。

色々な写真を撮っている。空があったり、走る車があった。何気ない風景もある。道に生える雑草もアートスティックに撮影したり、子供の笑顔の写真もあった。とことん、負けている。僕が自分に限界や制限を掛けて、雁字搦めにしている。村本くんの写真は自由でリアルという芸術が詰め込まれていた。

次の写真を見た時だった。

僕は驚いて、カメラを落としそうになった。


「母さん」


家の中で死んでいる母さんだった。驚いたのは、母さんの死を写真で見たからではない。村本くんの写真は芸術だったからだ。僕も母さんを撮影した。僕の写真には、悲しみでいっぱいだった。単に死が転がり、死体を撮影しただけだった。村本くんの写真は、母さんの死を芸術の昇華している。必死に生きた人の最後の足掻きが表現されている。戦争で亡くなった人を撮影している写真を見た時の衝撃だった。バックボーンがしっかりしている写真だ。母さんの死体の写真もその感覚に酷似している。死んでいるのに生き生きと新鮮さがある。まるで映画の1シーンを切り取ったみたいだ。この写真に羨望してしまっている。村本くんの技術に羨望して、自分自身に絶望した。感激から奈落の底に落とされた様だった。気分は沈む。ここでカメラを置けば良かったけど、次に進んでしまった。いや、進むべきなんだ。終われない。技術とは無から湧き上がるモノではない。模倣だ。盗むしかない。自分を奮え立たせ、瞼を開けた。1枚の写真には小さな女が座っていた。全面真っ白な部屋で窓も無い部屋だ。ずっとここに居たら、上も下も左も右も見失う様な部屋だ。そこに小さな女が座っている。ピントを敢えて合わせていない。不思議な1枚だった。変な感じだ。魅入られる写真だ。僕は次に進んだ。


「神下」


思わず声が漏れた。彼女の笑顔が画面一面になっている写真だった。僕にいつも見せていた笑顔。でも何処か寂しげで、何処か不安げ。正解をいつもいつも探している。不器用で真面目な笑顔だ。

彼女は彼に撮影して貰ったんだ。この笑顔が出来るなら、村本くんに彼女を任せるのも良いのかもしれないい。安堵をして、次に進んだ時だった。


「………」


絶句した。声も出せずにカメラのモニターに釘付けだった。彼女は裸で村本くんに抱かれている写真が飛び込んで来た。カメラの画角からカメラを固定して、セルフタイマーで撮影しているみたいだ。裸の2人が抱き合い、絡み合い、僕の見た事の無い表情をしている神下 恵。頬を赤らめ、苦しそうに叫んでいる様子だ。こういう写真が、何枚もあった。

彼女。いや元彼女と表現した方が良いのか。セルフでリベンジポルノを体験した気分だ。でも僕も男なんだろう。NTR系で興奮している。

神下は何故、村本くんみたいな人と身体を重ねたんだろうか? やはり僕が理由で彼に逃げてしまったんだろうか? だったら僕が悪く、僕が理由だ。何も言えない。彼女を責めれない。責めるなら僕の日頃の行いだ。

数十枚に渡る村本くんと神下の行為。興奮を覚えて、写真はまた場所を変えた。

学校の風景だ。夏休み前の風景だ。僕がインフルエンザで存在しなかった時間。村本くんは何気無い風景を撮っている………いや、これは違う。様々の生徒が出て来る。スクールカーストの上の方の生徒も居る。俗に勝ち組のイケメンとギャル達。彼はこの手の連中には嫌われていた。なのに、撮影を可能にしたという事は僕のポジションを奪ったんだ。卒業アルバム用の写真をたまに頼まれたりしていた。学園祭や体育祭。平凡な日常も撮影対象だった。僕がトレンドマークにしていた一眼レフカメラ。速攻で撮影出来る様にぶら下げていたんだ。

それを……いや。止めよう。実力が伴い現実とインフルエンザの不運が重なったんだ。村本くんが悪いんではない。

ん? これは?

日坂 ひなただ。あの日、海向 なぎさにあのOLさんの事を聞いてくれて言われて、そのままになってしまった。彼女は立ち直ったんだろうか? まだ悲しみの中で座り込んでいたら嫌だなぁ。

また次の写真を見る。


「え? 彼女も」


神下 恵と一緒で日坂 ひなたも産まれた姿で、乱れていた。

どういう事だ? 村本くんは確かに写真の実力はある。神下は良いとして、日阪までこういう関係値になるんだろうか?

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