第七件 報告連絡そうなんだ

当初の予定通り、記録を纏める。


事の次第を皇帝陛下へと奏上そうじょうするために。


事が事だ、迅速かつ正確に伝える必要がある。

自身の身体がどうとか、考えている暇などありはしない。


かなり無茶な諜報活動の反動で身体はガタガタ、栄養失調寸前だが関係ない。

その状況を見たのは自分しかいないのだから、やるしかない。


ないない尽くしだが、責任ばかりが有りまくり。


リティはもはや泣きたい衝動に駆られていた。


「まったぐむぐむ、面倒なもぐもぐ、事にがつがつ・・・・・・むぐっ!」

「あー、あー、無茶に詰め込むから。ほら、お水ですよぅ~。」


コップに注がれた水を差しだしたエル。

それを手繰たくる様に奪い取って飲み干した。


そんな漫才をしながらも、書類作成の手は止めはしない。


公爵別邸で騒動を起こしてしまった以上、コンスタンツェが何かする可能性もある。

それよりも早く、少なくとも陛下への報告だけは行わなければ。


さもなくば、我が首は。


命を懸ける無茶をする決断は早くとも、流石に命は惜しいのだ。


「よしっ、これで完成です!」

「んじゃ、便りを飛ばしておきます。」


机の上に置かれた鳥かごの扉を開け、エルは小さな鳥を指に留まらせて取り出した。


見た目はツバメ。

体色は銀で眉間から背中に黒の一本筋。

風切り羽の先に黒の波型模様。


伝書のための特殊な鳥の魔獣である。


その胴に筒状に丸めた手紙を括り、窓から外へと飛び立たせた。


かの鳥の行き先は皇帝の執務室だ。


一役人風情ふぜいが皇帝を直接訪問するのは不可解な行い。

そのため、皇帝からの呼び出し、という形を取るための一手間である。


翌日には使いの者がやってくるはずだ。


つまり、それまでは時間があり、一旦休憩出来る、という事である。


「ふう、休憩ですね。・・・・・・と言いたい所ですが。」


リティは部屋の隅に置かれた鞄に視線を移す。

鍵をかけられたそれの中身は、書類などではない。


下水道で発見し、回収した少女の遺体である。


とむらってあげたい所ですが、もう少し待ってもらわなければ。」

「ですな。扉の鍵閉めて、結界と浄化魔法を発動っと。」


かちり、と鍵をかけ、エルは壁に手を突く。

魔力をほんの少し流し込むと、室内が淡く緑に光った。


外部からの侵入を防ぎ、内部の情報を外に出さない。

部屋その物に施した結界である。


同時に室内を浄化する魔法も稼働させる。


本来は室内の汚れを落としやすくするために埋め込まれている掃除用の機能。

それに滅茶苦茶な改造を施し、いまや簡易要塞のような堅牢さとなっていた。


リティの仕業である。


「さて。」


がちゃり、と鍵を外し、鞄を開く。


強い冷気と共に、腐り落ちた少女の残骸が顔を出した。


臭気は酷く、部屋に死臭が漂う。

だが、部屋に施された浄化魔法がそれを打ち消した。


「死因を調べさせて頂きます、失礼します。」


皮手袋をはめ、少女の額に人差し指を突く。

そして力を込めて押し込んだ。


ずぐっ、という腐肉を裂く嫌な感触。

そしてすぐに硬い物に当たる。


リティは指先に魔力を集中し、頭蓋骨を破砕した。

そのまま、指の根元までを差し込んだ。


ぐにゅり、と柔らかい感触が指を包み込んだ。

脳である。


「何度やっても慣れませんね、これは。」

「慣れちまったら、それはそれで問題だと思いますけどねぇ。」

「それは、まあ確かに。」


異常な事をしながら世間話をすると言う、実に妙な光景。

精神をマトモに保つためのすべである。


差し込んだ指から探知魔法を送り込む。


記憶を引っ張り出す事は出来ないが、何が死に繋がったかは分かるはずだ。


「死の直前に苦痛は無し。筋弛緩きんしかんと心停止、眠るように亡くなったようですね。」


身体と脳の僅かな痕跡を読み取り、リティはそれを口に出す。


その言葉をエルが紙に記し、少女の最期の訴えを文字とする。


そして、ずぼり、と指を引き抜き、少女を再び鞄に仕舞い込んだ。


「ドルネノ草を大量摂取させ、過剰な鎮静を招いた、と言う所でしょうか。」

「可愛い顔してやる事がえげつねぇな、あの公爵令嬢。」


うひぃ、とエルは肩をすくめる。

リティも同感であった。


だが、不明点はまだある。


「少女が小柄とはいえ、お嬢様が死体を運べるでしょうか。誰にも見つからずに。」

「あー、確かに。となると、昨日の黒狼とかが共犯っすかね?」

「部外者が関与した、というよりは近習に共犯がいる、と見るのが自然でしょう。」


手袋を外しながらリティは言う。


だが、誰が共犯であるのか、はさして重要では無いのだ。


「近習が共犯、という手札が有れば十分です。揺さぶりに使って頂けるでしょう。」


冷静にリティは言い放つ。


コンスタンツェを皇帝が詰問きつもんする際の手札になれば十分なのだ。

痛い所を突く、その痛点つうてんを作れれば良いだけなのである。


「おーこわ。お嬢様に同情しますね、いや、別にそんな事も無いか。」


へっ、と鼻で笑いながら、エルは結界を解除する。

部屋を包んでいた光は消失し、元の薄暗い部屋ゴミ箱へと様変わり。


落ち着く我らが居場所ある。


「お声がかかるまでは待機ですね、本日はこれで解散としましょう。眠い。」

「お疲れ様っす。そんじゃ。」


部屋を出て扉を閉じ、二人は職場を立ち去った。




翌日。


リティは一月半ほど前と同じ場所で直立不動となっていた。


彼女に前には執務机を挟んで男が座る。


金色の髪は短く揃えられ、紫の瞳は鋼の意思を表すが如く濃い色を湛えている。

若き頃よりは細くなったとはいえ、武芸百般を修めた身は今なお偉丈夫いじょうぶ


上は、赤の布地に金の装飾、二つの金ボタンが三列縦に並んだダブルブレスト。

下は白のズボンを履いている。


足元は金紐きんひも金釦黒革の乗馬用のような脹脛ふくらはぎ丈のブーツ。


ゴルベルト帝国皇帝にしてグローニヒ王国国王。

二重帝国の手綱を握る稀代の傑物。


マクシミリアン・フォン・ゴルベルト=グローニヒ、その人である。


「なるほどな。良く調べてくれた。」


報告書をざっと一瞥いちべつし、皇帝は言葉を発する。


時間にして一分程度だったはずだが、リティの体感時間は一時間は下らない。

緊張の極みである。


「お役に立てて光栄です。」


その言葉を出すので精いっぱい。

公爵別邸へ潜入した時よりも、今の方がずっと恐ろしい。


眼前に座る祖父ほども年の離れた人物は、指先一つで自身の命を奪える人物なのだ。


「嫌な予感ほど当たるものだ、残念だが。」


皇帝は嘆息する。

その目には諦観が混じっているようにも見えた。


「リティーレヒ・フォン・ラントヴィルツ。」

「はっ。」


名を呼ばれ、リティはこれ以上伸びない背筋を伸ばす。


「そなたにもう一つ、めいを与える。」

「なんなりと。」


心中では、もう勘弁してくれ、と嘆きながら、リティは応じた。


「皇太子にコンスタンツェとの婚約破棄を宣言させよ。」

「はっ。・・・・・・・・・・・・え?」


咄嗟に返事をしたが、疑問が湧いて頓狂とんきょうな声を出してしまった。

しまった、と思ったが後の祭り、どうしようも無いため、そのまま押し切る。


「お、恐れながら、陛下。殿下にお命じなされればよろしいのでは・・・・・・。」

「当然、そう思うであろうな。」

「し、失礼いたしました!」

「よい、疑問はもっともである。」


死んだ、リティはそう思った。

だが、皇帝は寛大にも彼女をゆるす。


「あやつは素直。だが、コンスタンツェに関してはかたくななのだ。」

「頑な、とは?」

「誰にも渡さぬ、口は挟ませぬ、という態度なのだ、余に対してすら、な。」


驚きだ。


柔和で人が良いと噂の皇太子が、威風堂々たる皇帝に歯向かっているとは。

しかし、コンスタンツェに対してのみ、というのは多少不可解である。


「愛ゆえに、と思っていたが、そなたの報告で疑問を覚えた。」


皇帝はリティが提出した書類に視線を移す。


「皇帝と公爵が反目し合うは帝国に乱を呼ぶ。」


すっ、と目を瞑ってから開き、リティを直視した。


「余が決めた婚約を余が覆すわけにはいかぬ。公爵の面目めんもくは立たせねばならん。」


ああ、そう言う事か、とリティは思い至った。

それに気付いていながら、皇帝は最後まで言葉を繋げる。


「皇太子の機嫌を害し、婚約を破棄された。であればせき彼方あちらの娘にある。」


怖ろしい事である。


公爵は、不名誉を自身の責任とは出来ない事からコンスタンツェを切り捨てるはず。

つまり、帝国のために公爵令嬢一人を生贄に捧げるのだ。


だが、本人も自身よりも若い子爵家の娘の未来を奪っているのだ。

因果応報である。


「子爵家の娘をあやめたはその理由となろう。ゆえにその方に任せる。」


皇帝の視線はリティから動かない。


「そなたを皇太子ジークハルトの教育係に任ずる。上手くやれ。」

「はっ、かしこまりました!」


リティは皇帝の目を真っすぐ見て返事をした。


内心は大嵐である。

まだ自身の首は安全では無いようだ。

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