海外研修の飛行機で

ろくろわ

ご利用は計画的に

 二十一歳の夏。

 私は初めての海外研修に少しの期待と大きな不安を抱えていた。この不安は日本を離れることに対するものでも治安を心配するものでもない。単純に英語力とお腹を壊していたことによるものだった。


 私の英語力は中学二年の時に英検五級を合格点ぴったりにとった程の実力だった。

 英語を話される方の言いたい事は何となく分かり、ヒアリングは何とかなるのだが、それ以外の英語が読めない、書けない、喋れない、の三重の不安があった。

 そしてもう一つの心配ごとが。それは研修四日前に決起会の名目で仲の良い同期三人で食べた鳥刺しが見事にあたっていた事だ。嘔吐こそ無かったものの、おトイレとは既に親友レベルのお付き合いになっていた。唯一の救いは出発前には随分と腹痛は治まり、親友から三つ隣のクラスの同級生くらいの距離に変わっていたことだ。


 これなら何とかなる。


 と思っていたのだが、そう思うにはまだ早かった事を私はのちに知る事になる。そうこの二つの不安が飛行機の機内でちょっとした事故を起こすのだった。


 初めての国際線機内はちょっとした広さがあり、キャビンアテンダントも海外の方だった。そんな事も知らない私は機内に備え付けられたテレビで映画を見たり、知識だけの「ビーフorチキン」を実践でき、満足していた。ドリンクを聞かれ「アッポゥー」と答えて違うものが出てきた時は己の英語力の無さを改めて痛感した。


 そんな状況を楽しんでいた時、例の親友がお腹のドアをノックしてきたのだ。それも少し激しめに。


 事前に場所を確認していた私は焦ること無く目的の所に向かうことが出来た。トイレの中に入り、用をたしながら、ふと船以外の動く乗り物のトイレに入ったのは初めての経験だなと、思い出の一ページに書き記し、そして全ての用事を終わらせた時、事故がおきた。


 流し方が分からない。


 パッと見てもどこにもレバーが無い。

 周りには英語で書かれた説明文なのかも分からない文字の羅列。狭い個室の中をくまなく見るも、流せるものにまるでピンと来ない。頭はフル回転し、古今東西のトイレの流し方を思い出していた。


 レバー式。

 ボタン式。

 ひもを引っ張る式。

 自動洗浄式。


 だがレバーやひもは見当たらず、時間が経てども流れる様子はなかった。残るはボタン。私はずっと気になっていた赤いランプのついた大きなボタンを見ていた。

 もうこれしかないだろう。

と私はそのボタンを押したが相変わらず流れる様子は無かった。しかし私はすぐにそのボタンを押したことを後悔した。

 個室のドアがノックされ何やら女性の声で英語が聞こえた。聞き間違えでなければ沢山の英語の中に「きゃないへるぷゆー」があったように思う。

 

 そして状況から私は全てを悟った。

 

 先程押したボタンは急病等の際に外部に助けを呼ぶボタン。そして今ドアを叩いているのはキャビンアテンダントさん。

 私は息を飲んで黙り込む。しかしこれが更なる状況の悪化を作り出す。

 最早、キャビンアテンダントが何を話しているのか英語は聞き取れないがちょっと「緊急なのでは」と言う緊迫感が伝わってきた。

 そりゃそうだ。トイレから助けてくださいと連絡が来て、鍵のかかっているトイレに向かい大丈夫ですか?と聞いているのに返事がなければ倒れているのではと思うのは当然だ。

 私は話している英語は一切分からないものの、そう状況判断し最終手段を取ることにした。


 勢いよくドアを空け、心配そうなキャビンアテンダントに一言「ノーサンキュー」と知ってる英語で話し、席に戻ったのだった。


 本当にご免なさい。


 流し方が分かりませんでしたが、あのまま個室の中に引きこもっていると大事おおごとになるビジョンしか見えなかったのです。


 個室に残された私の沢山の親友とキャビンアテンダントさん。


 そんな少し迷惑をかけてしまった初の海外研修飛行機機内のお話でした。



 綺麗な話でなくて本当にご免なさい。



 了

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海外研修の飛行機で ろくろわ @sakiyomiroku

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