代理日誌(108クエクトメートル波動研究記録委託)

宮塚恵一

概要(2023/03/24)

 2023年3月24日金曜日。私が大学院時代、研究をしていた工学研究科の助教からメールが届いた。

 以前、私が研究していたDNA損傷修復タンパク質の研究について、話を聞きたいから少し時間がほしいとのこと。私自身は院で大学という場所からドロップした半端者だし、研究に手伝えることなどないと思ったし、生活も仕事もある。断りの返信をしたが「ならこちらから都合の良い時間に出向く」というので、流石に私も忙しい日常の中時間を作り、駅前のスターバックスで待ち合わせをして会うことになった。


 助教は私が修士課程時代に教示いただいた頃と様子は全く変わっておらず、まずは近況報告を始めた。私が当時付き合っていた彼女と同棲を続けていることや、就職活動で就職した企業は退職し、今は学習塾の講師をやっていることなども話す。

 それを聞くと、助教は「正に理想の記録係だ」という。何のことかわからずに、どういうことかと聞く。

 すると「ブログでもなんでも良いから、研究内容をリークしてほしい」と言う。

 正直なところ、それでも全く意味がわからなかった。助教が言うところでは「大学の研究ではない」「以前、君達がサークルで行っていた方の趣味の話なんだ」と、メールに書いていた私を呼び出した理由や今までの話は全て前置きでしかないということを語り、ようやく本題を切り出した。


 「サークルで行っていた方の趣味」。それこそ研究でも何でもない。ただ、とある研究について面白そうな論文を皆で読み合い、それについてのレポートを作成するという学生のお遊びだ。私はそこで記録係を仰せつかっていたので、荒唐無稽なサークル生の机上の空論を、細かいところまで鮮明に、とまではいかないがよく覚えている。形ばかりの論文を書いて、それが研究誌に掲載されたりすると皆でお祝いしたりもした。

「論文の書き方なんてもう忘れましたよ」と私が答えると「そうじゃない」と食い気味に応答された。必要なのは、助教達が行っている研究が外に話として存在している、その事実だけなのだと言う。私以外の何人かにも話をしているらしく、私は数えてから十二人目なのだとも聞いた。だから、うまく検索したら私と同じような身の上を語って、傍目には電波ちゃんな文章を発信している人間の記録が複数、あると思う。


「研究の仔細を鮮明に理解している必要はない。ただ、我々の成果がどこかに微量にでも形として存在していれば良い」とのこと。


 そういうことなので、私自身もこの日誌を読者に向けて詳しく書く、ということはしない。ただ、インターネットに助教や研究仲間からもらった研究データや口述記録を、本当に「メモ書き」程度に残すだけだ。

 普段発表している小説や日記とも違うものなので、評価等も必要ない。


 ただ、この文章が存在していることに意味がある。

 

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