35話


 次の日、学校に行こうとすると、みなもが家の前で待っていた。

「おはよう、そうちゃん」

「おはよう」

 僕ら一緒に歩き始めた。

「そういえば、今日から……」

「そういえば、やっすんに……」

 話題がバッティングしてしまった。

「そうちゃんからどうぞ」

 みなもに先を譲られたので、先に話し始める。

「そういえば、やっすんに会ったらしいね?」

 僕が切り出すと、

「そうそう、そうなんだよ!」

 みなもは忘れてたと言わんばかりのリアクションを取った。

「前にそうちゃんに頼まれたさくら先輩の除霊しようと思ったら、やっすんが取り憑いていたんだ。そのことで昨日、電話したのに出なかったけど、何してたの?」

「ああ、昨日やっすんに会ってたんだ。それで、仲直りしてから、あいつは成仏したよ」

 僕が言うと、みなもは胸を撫で下ろした。

「そっか。よかった。私もやっすんと話したかったけど、アイツ、私の顔を見るなり、すぐに逃げ出したんだ。除霊されると思ったのかな?」

「あいつ、女の子ばかりに取り憑いていたらしいからな。みなもにストーカー扱いされるかもって思って、逃げ出したって言ってた」

 僕が言うと、みなもは、

「なるほどね。やっすん、女の子大好きだったもんね。私も気をつけよう」

 微妙な表情を浮かべた。その後、少しだけ微笑んだ。

「……でも、やっすんらしいや」

「うん、最後までやっすんはやっすんのままで、安心したよ」

「そういえばさ。ニュースで見たよ。三ノ宮家強盗殺人事件の犯人が逮捕されたって。犯人は少女Aって言ってたけどさ……」

 みなもは話を切り出した。

「あけみちゃんのことだよ」

 僕が言うと、

「えっ?」

 みなもは驚いた表情を浮かべた。

 僕は事件の全容をみなもに話すと、彼女の顔が曇っていった。

「それは本当なの?」

「うん。残念だけど本当だよ」

「……そっか」

 みなもはしばらく黙った。彼女の中で事件の犯人があけみだと受け止めようとしている部分と、信じたくない部分が交差して、暗雲が立ち込めていた。みなももあけみとの関わりの中で、様々な印象を抱えたはずだ。あけみが許されないことに手を染めてしまい、それをどうすることもできない無常、それを受け止める勇気、あけみはこれからどう変化するだろうという不安……彼女の中で感情が複雑に交わっているのがわかった。

「……あけみちゃんが犯人なのは残念だよ。でも、許されないことをしたんだから、ちゃんと罪を償ってくれればいいね」

「僕もそう思うよ」

「あけみちゃんはきっとひとりぼっちだったんだろうね。悩みとか誰にも話せなかったから、きっと間違えちゃったんだ……私たちと話していても、あけみちゃんの素の部分って、なんか見えなかったもんね」

 みなもに言われてみれば、そうかもしれないと思った。僕にナイフを突き立てたあのあけみが彼女の素の部分だとしたら、なんて凶悪なんだろう。

 だけど、その時も、あけみはずっと、僕にちょっとだけ縋るような目をしていた。だから、あれも彼女の本性ではないだろう……本当のところは、あけみは心の底では誰かに助けてほしいとずっと思っていたのかもしれない。その相手は誰でもいいわけじゃない。だけど、誰かに助けてほしい。そんなジレンマがずっとグルグルと彼女の中を巡っていたのかもしれない。

「じゃあ、そうちゃんに取り憑いていたアテナさんも成仏したんだ?」

「まあな」

「じゃあ。そうちゃんもやっと肩の荷がおろせるね。楽になったでしょ?」

 みなもの言葉で、歩みが止まった。パンドラの箱のように、心の中で仕舞い込もうとしていた思い出や感情が一斉に飛び出した。

「……おまえに何がわかるんだよ」

「えっ」

 みなもは驚いた。

「もう、いいよ」

 僕は元きた道を引き返した。

「ちょっとそうちゃんってば、どこ行くの?」

「付いてくんな!」

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