28話
さくらから警察署の見取り図を貰い、意気揚々と家に帰った僕は、自室へ飛び込んで、しばらく小躍りをした。
「なにしてるの?」
部屋にいたアテナが怪訝そうな顔をむけていた。
「おわっ、びっくりした」
普段のアテナならやっすん探しに出ている時間なので、居ないものだと思っていた。
「居たのなら、先に言えよ」
僕は、アテナのことを強く意識してしまい、顔をまともにみることができなかった。そのせいで、僕の視線が勝手に彼女のほっそりとした首元、鎖骨へ、やがて胸の緩やかかカーブへと視線が落ちてゆく。
いや、そんなところを見ても仕方ないだろと思って、僕は視線を逸らした。
「だって、帰ってくるなり踊り出すんだもの。ハカの練習? ラグビーの試合にでも出るつもり?」
「ちがうちがう。これから、事件の証拠を手に入れるんだよ」
僕がいうと、アテナは顔を明るくさせた。
「どうやって手に入れるのよ?」
「警察署に忍び込むんだよ」
僕が言うと、
「なるほど。こっちから尻尾を捕まえに行くわけね」
アテナは悪い顔をした。
「ああ。まだ具体的な作戦は何もないんだけど」
「なるほどね……」
アテナはそう言って、何か思いついたような顔をした。
「それなら、漱石のお父様に何か作って貰えば? 発明家なんでしょ?」
アテナの言葉に僕は指を鳴らして応えた。
「グッドアイデアだ」
ヤケクソになって警察署にサイバー攻撃を仕掛けるぐらいにバカな親父なら、何かいいものを作ってくれるかもしれない。
§
僕らはさっそく親父の研究所を訪れた。玄関を開けて、応接室へ向かうと、親父が出迎えた。
「おお、久しぶりだな。そーちゃん」
親父は研究者らしく、白衣と髭を蓄えている。
「この人がお父様なのね」
アテナは近づいてジロジロと観察するが、親父はその存在にまったく気付いていない。
「久しぶり。家にはいつ帰ってくるんだよ?」
「今作ってる試作品のテストが終わったら帰るつもりだよ」
親父の後ろに、もうひとり研究者がいた。
「紹介するよ。大学で降霊術を研究している摂津教授だ」
「よろしく」
摂津教授も同じく白衣を羽織っているが、知的で誠実そうな顔立ちをしている。大学で降霊術みたいなしょーもない研究をしているなんて、とても思えない。まあ、そんなことはとりあえず置いておいて、
「頼みがあるんだけど」
僕は切り出した。
「おっ。どうしたんだ?」
「ちょっと作って欲しい道具があるんだ」
僕が頼むと、
「おお、構わないぞ。その代わりに、今からちょっとした実験に付き合ってくれないか?」
親父が言った。
「いいよ。その代わりに道具を作ってくれよな」
僕は親父と摂津教授に連れられて、試作室へ入った。
「なんの実験のかしら?」
アテナは言うが、僕は首を傾げた。まあ、ちょうどいいや。警察に忍び込む道具を先に要求すれば断られるかもしれなかったしな。
§
試作室に入ると、ものものしい機械類が並べられた部屋の中央に椅子がひとつ置いてあった。その上に頭を覆い被すヘルメットが付けられている。
「コイツが試作品だ」
親父が椅子を指差した。珍しくまともそうな機械を作ったと僕は思った。いや、普段がキモすぎるから、目が狂ってしまっているだけで、この機械もロクなものじゃないだろう。見た目に騙されてはいけない。
「降霊マシーンだよ。イタコと同じ要領で、死者の魂を生きている人に憑依させる機械なんだ。名付けて、誰でもイタコ体験機1号だ」
親父は自信に満ちたCEOのような口調で語った。
「へえ。すごいね」
僕は感心する素振りを見せるが、内心、もう胡散臭いと思っていた
「これで、偉人の魂を憑依させて、歴史の口頭伝承や検証を可能にしようというのをコンセプトに作ったんだ。だけど、生きている人の意識はそのままなはずだから、肉体が乗っ取られるとかそういうのはないはずだよ。たぶん二重人格のような症例に近い形で、死者が現れるようになっているはずだ」
摂津教授が補足する。
「そーちゃん。ちょっと座ってみてくれ。10分ほどアインシュタインを降霊させてみよう」
親父が椅子を指差した。
「本当に大丈夫なのか?」
「ああ。数式も証明して間違いないはずだし、理論は完璧だ」
親父は言った。まあ、彼がそういうなら間違いない。彼が作った数あるキモい発明は安全性や使用感に関しては、群を抜いて素晴らしいことを僕は知っている。
僕はさっそく、マシーンに座った。親父がスイッチを押すと、頭にヘルメットが降りてくる。目の前で夥しい量の数式が流れてゆく。
「あっ。ヤバっ。設定ミスった」
親父の不穏な言葉が聞こえた気がした。
「えっ?」
突然、目の前が真っ暗になった。
§
……目を覚ますと、僕は椅子とは離れた場所に立っていた。
「大丈夫か?」
親父の声が聞こえる。
「うん。意識ははっきりしてるわ」
僕は自分の声を聞いた。自分の声?
よく見ると、自分が椅子に座っているのが見える。
「あれ?」
自分の体を見回してみると、紛れもなく自分のものだ。だけど、色が半透明になっているような……。
「でも、降霊はできなかったらしいわね。失敗したのかしら」
僕が父さんに話しかけていた。僕? もうひとりの僕? 僕がいる!
「いや、降霊設定じゃなくて、魂の入れ替え設定になっていたんだ。それに、魂のパルスの閾値と呼び出しの地域設定が狂っていただけだ。もし仮に別人の魂が入っていたとしても9時間ほどすれば出ていくから、心配はしなくていい、けど。本当にそーちゃんだよな?」
父さんは心配そうに僕に訊ねた。
「もちろん。私は塚本漱石よ。間違いないわ」と僕は答えていた。
オイオイオイ。僕の肉体が誰かに乗っ取られている。
「おまえ、誰だよ!?」
僕が叫ぶと、僕だけがこっちを向いてニヤリと笑った。「あ」「え」「あ」と口をゆっくりと動かした。
アイツ、アテナか!? もしかして、僕たち、入れ替わってる!?
「じゃあお父様。もう帰るね」
アテナは跳ねるように、部屋を出た。
「おい、作って欲しい道具があるんじゃないのか?」
「今度でいいわ」
「いやいやいや、勝手に帰るな! 体を返せよ!」
僕はアテナの後ろを慌てて追いかけた。
————————
「塚本さん。被験者が女言葉になっていましたけど……」
「ああ。摂津くんも気づいていたか。たぶん機械を体験した副作用だろうな。論文に書いておこう」
§
「ちょっと、どこ行くんだよ?」
研究所を出た僕は自分に話しかけた。
「久しぶりの身体よ。視界が私と全然違うわ」
アテナは僕の体をベタベタ触っていた。
「話を聞けよ!」
「ちょっとぐらい良いじゃない」
「よくないよくない」
僕が否定するが、アテナは自分のパンツの下を覗き込んでいた。
「ああ。これが……」
「そんなところ見るなよ!!」
「だって、男の身体になるなんて、滅多に体験できないもの。ちょっとぐらいいいじゃない」
「アホか。滅多じゃなくて、絶対に体験できないだろ」
いや、僕が言いたいのはそういうことじゃなくて……。
「それよりも、良いアイデアを思いついたのよ」
アテナは僕を遮るように言った。
「藪から棒に何だよ?」
「漱石が幽霊になったのなら、道具を作ってもらうまでもなく、資料室に入るのは簡単じゃない?」
「ああ。なるほどな……」
言われてみれば、壁をすり抜けて、資料室で証拠を見た方が爆裂に速いし、証拠も残らないから簡単だ。
単純すぎて気づかなかった。アテナにしてはいい考えだ。
「なら、善は急がないとね」と、アテナは言った。
——今、思えばどうしてあの事を忘れていたのか、自分はつくづくバカだと思う。
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