20話


—今度の土曜日に、あけみちゃんのプレゼントを選ぶのに付き合ってくれない?

—わかった。バイトのシフト空けとくよ。

—……最近のそうちゃん元気ないけど、なにかあった?

—なんにもないよ。


 僕はみなもとともにアウトレットモールに立っていた。喧騒の中、どこを見回しても人ばかりだ。行列に並ぶカップル、雑貨屋を物色する同性の友達同士、トイレを待つ家族連れ……こんなところにいるはずもないのに……。

「そうちゃん、目の下にクマができてるよ?大丈夫?」

 みなもが僕の顔を覗いた。

「ああ、ゲームのしすぎでうまく眠れてないだけだよ。大丈夫」

 僕がいうと、みなもは首を傾げるが、

「ゲームのしすぎはダメだよ。はやく寝なくちゃ」

「どー森はやめ時がわからなくなるんだよ」

 現実逃避で始めたスローライフゲームも魚コンプと虫コンプをし始めると、途端にハードワークゲームに変わるのだから恐ろしいものだ。

「みなもだって去年の夏休みにはにわコンプリートに躍起になって、徹夜しまくってたじゃないか。あの地獄に付き合わされたこと忘れもしないぞ」

 あんなしょーもないデザインで鳴くハニワの何がいいのか全くわからん。寝落ちしそうになるたびに、通話越しで起こされる辛さはもはや拷問だ。

「そうちゃんだって、家具コンプしようとしてたじゃん。そっちの方が地獄でしょ」

 みなもの痛烈なカウンターにぐうの音も出ない。ここはひとつ、話題をすり替えよう。

「ところで、あけみちゃんのプレゼントって何にするんだよ?」

 僕が訊ねると、みなもは、あっ逃げた。と呟いた。

「うーん。もうソフトボールはやってなさそうだから、その辺は除外かな」

「なるほどねぇ」

「とりあえずブラブラ見ていこうか」

 僕らはあてもなく歩き始める。結局プレゼントを探すと言いながら、自分たちの見たいものをウインドウショッピングしていた。みなもと話していると、不思議と心が落ち着いてくる。最近、張り詰めっぱなしだった心が安らぎ、まるで、肩の荷が降りたような感覚だ。

 ……アテナのことは忘れてしまおう。だいたい、幽霊なんてろくな存在じゃないのだ。呪いだの、祟りだので、人を振り回すだけの厄介者なのだ。だから、もう、どうでもいいんだ。

(そうそう。それでいいんだ。今はみなもの相手をしろよ。みなもは悪くないよ。アテナみたいに振り回さないし、優しいし、僕に尽くしてくれる)

 ……お前は誰だよ。

(もうひとりの僕だよ。本心か建前で言えば、本心の方だね。アテナの埋め合わせにみなもを選ぶのはいいセンスしてると思うよ)

 埋め合わせとか言うなよ。みなもに失礼だろ。

(いいや。埋め合わせしようとしてるね。お前は無意識に順番をつけているよ。アテナが1番。みなもが2番目ってね。今までもそうだったじゃないか。そしてそれは悪いことじゃない。物事に順番をつけるのは当たり前のことなんだよ)

 そんなくだらないこと言うなよ。

(くだらなくないよ。お前、実際のところ、みなもの好意に気づいているだろう? なのに、それに答えないってどうなのさ)

 それは……それはわかってるけど……僕は他人の好意に応えられる自信がないんだ……褒められても、優しくされても、期待されても、それに対して、どう応えればいいかわからないんだよ……。

(いいや、違うね。本当はみなもに対して嫉妬しているだけなんだ。みなもと自分を比べると、劣等感を感じるから、みなもと向き合わないだけさ……)

 頭の中で循環する自問自答が僕の視野を狭くさせ、心の中に自己嫌悪だけを残した。

 

 僕はフードコートで、ペニーロイヤルティーを座って飲む。

「うーん。なんかピンとくるものがなかったね」

 みなもはうどんを啜りながら言った。

「思えば、あけみちゃんのことを深くは知らないからな」

 僕も肘をついて考えていた。

「そうだね。だけど、いきなり凝ったものを渡すのもどうかと思うし……」

「まあ、最悪ビレバンでオモシログッツを渡せばいいだろう」

 僕が言うと、みなもも頷き、

「そうだね、そうし……」

 言いかけて、言葉が止まった。目線が僕の後ろで釘付けになって、震えていた。

「どうしたんだよ?」

 僕は振り返ると、やっすんが後ろの席に座ろうとしていた。

「やっすん!」

 思わず立ち上がって、叫んだ。

「おわっ。びっくりした」

 男は僕の方を見て驚いていた。

 僕はすぐに人違いをしたことに気づいた。

「あっ、ごめんなさい」

 僕が謝ると、男は怪訝な顔をして、別の席へ移動した。みなもも気まずそうな顔をしていた。

「そっくりだったね」

 僕は取り繕うように言うと、みなもも頷いた。

 アイツは2年前に死んだはずなのに、生き返ったのかと思った……僕は、アイツと大喧嘩したまま、仲直りできないままに、病気で死んでしまったアイツに……今だに腹を立てている。どうして、病気のことを僕には最期まで隠していたのだろう? 運命はなんであんなに明るくていいヤツを連れて行ったのだろう?

「……ちょっとトイレ行ってくる」

 僕は席から立ち上がった。

 しばらく彷徨い歩いて、ベンチに腰を下ろした。僕は頭を抱えた。こんなことをしてもどうしようもないことはわかっているが、頭がパンクして、思考を拒否している。先日といい、さっきといい、どうして死人に振り回されなくてはいけないのだろう。

「そうちゃん、どうしたの?」

 みなもがやってきた。

「………………」

「トイレは反対方向だよ?」

「………………」

「……私がそうちゃんにやっすんの病気の話をしなかったこと、怒ってる?」

 不意を突かれた質問に、一瞬固まってしまう。もう過ぎた話なのに、今さらどうこうできるわけでもないのに……まだ心の隅で、割り切れない想いを抱えている。みなもがやっすんの病気のことを話してくれたら、僕は彼と仲直りすることができたのかもしれないのに、やっすんは自分の病気のことをみなもにだけ話し、僕には言わないように口止めをしていたのだ。そして、みなもは律儀に秘密を守ったせいで、その機会は失われたのだ。彼女は彼女で、板挟みになっていて、みなもは僕に病気のことを話すべきだと思っていたが、やっすんとの約束もあるから下手に言えない。そんな状況で動くことは難しい。

「怒るわけないだろ? むしろ、やっすんの秘密を最期まで守ってたじゃないか」

「うん。そうだけど……」

「もう過ぎた話だよ」

 僕はみなもに有無を言わせず遮った。この話で、みなもが負い目を感じることはないと僕は思っている。そもそも、やっすんが病気を隠したのが原因でこうなってしまったのだ。だから、僕はやっすんが許せないし、だから、僕は……もう一度……やっすんに会って話がしたい。

 不意にひとつのアイデアをカオスな頭の中から探り当てた……いや、僕が本当に探していたのは、きっかけだったのかもしれない。


§


 僕らはあけみへのプレゼントを抱えて、帰り道を歩いていた。

「そういえば、そうちゃんはコソコソ隠れて何買ってたの?」

「うん? ちょっとね」

 僕は茶を濁すと、

「そのバンダナはそうちゃんには似合わないよ」

 みなもはあっさりと言い当てた。どこで見ていたんだろうか? 抜け目のないヤツだ。

「そうちゃん。最近、ずっと隠し事してるよね?」

「してないよ」

「してるよ。流石にわかるよ。ずっと一緒だもん。何考えてるかわかるよ」

 みなもは僕の顔を覗き込んできた。

「……あの幽霊がそうちゃんに付き纏ってるんでしょ?」

 アテナのことを言われて、心臓が飛び出そうになった。

「……そうちゃん最近すぐ帰るから、気になって追いかけてたんだ。それで、あの幽霊と一緒に美術店に行ったところを見ちゃったんだ……」

 僕はため息をついた。みなもに何て言えばいいかわからなかった。

「……ずっと幽霊に付き纏われて、怖くならないの?」

 みなもは僕の袖口を軽く掴んだ。

「怖くない! そんなんじゃないんだ!」

 僕は我を忘れて、手を振り払うと、みなもは驚いた表情をしていた。僕も自分でしたことに驚いていた。

「あっ、ごめん……」

 僕はみなもに謝った。

「その……事件の調査をしてるんだ」

 僕は話しを切り出した。

「事件って?」

「あの肝試しに行った館で一家が殺された事件だよ。みなもも覚えているだろ?」

「……と言うことは、それはそうちゃんに取り憑いているアテナさんの為?」

 みなもの言葉に驚いて、固まった。僕に取り憑いている化け物の正体を知っていたのか?

 僕の反応を量ったみなもは、

「やっぱりそうだったんだ……」

「……アテナが僕に取り憑いて、事件を解決してくれって頼んできたんだよ」

「……じゃあ、あけみちゃんと仲良くしてくれってのも、アテナさんの頼み事だったの?」

 僕はみなもに言われ、答えに窮した。そういえば、みなもにはやっすんをあけみに重ねてしまったからって、ポロっと出てしまったことを思い出した。どうしてあんなことを言ったんだろう。

「……実はそうなんだ。本当にごめん」

 僕が謝ると、みなもはしばらくなんとも言えない顔をしてから、

「別にいいよ、そんなこと。私はあけみちゃんは笑顔を取り戻せたから、それで満足してるんだ」

 みなもは言った。僕は彼女の優しさに胸が締め付けられた。

「そう言ってくれて、本当にありがとう」

「じゃあ、そうちゃんは、そのバンダナをどうするつもりなの?」

 あらためて、みなもは聞いてきた。

「アテナは、僕の願いを……叶えてくれるかもしれないんだ……その代償だよ」

「それは、やっすんに関係していること?」

 みなもの言葉に僕は頷いた。

「やっすんにもう一度会えるかもしれないんだ」

 僕がいうと、みなもは黙ってしまった。そして、彼女は頬に一粒の涙を伝わせる。

「どうしたんだよ?」

「……そうちゃんごめんね。やっぱり、あの時、話すべきだった。ごめんね」

 みなもが言葉を口にしたとたん、彼女の涙が堰を切って溢れ出した。

「あの時、どうしていいかわからなかったんだよ。だけど、そうちゃんに言うわけにもいかなくて……」

 みなもは言葉の端を震わせた。

「……気づいてやれなくて、ごめんな」

 僕はそっと、みなもの頬に伝う涙を拭うと、その生々しい温かさに驚く。人の悲しみはもっと冷たいものだと思っていた。

 彼女はしばらく泣き続けた。


 ——そうちゃんが私の家の前まで、送り届けた後。再び涙が溢れ出た。行き場のない苦しみが、私の心を蝕んだ。そうちゃんはアテナのことで頭がいっぱいで、私のことは見ていない。本当は嘘つかれたのも、悔しいはずなのに、私だって結果的にそうちゃんを裏切った過去があるから、何も言えない……。

 やっぱり、私はそうちゃんが好き。私の運命を変えてくれた、そうちゃんが好き……今の私を作ってくれたそうちゃんを手に入れたい……。

 

§


 僕はみなもを家に送り届けた後、館へと向かった。居るとしたら、ここだろう。地面がすっかり夕焼けに染まっていた。僕はアテナが初めて頼みごとしてきた時を思い出していた。不意に、袋に入ったバンダナの重みを感じた。こんなものを持って行って何になるんだ? それに、アテナになんて言えばいいかわからない。僕はあの日の喧嘩に対する答えなんて何も持っていない。だけど、僕だって男だ。一度決めたことは、最後までやり遂げたい。

 僕はアテナの部屋の前まで行った。深呼吸をして、部屋の扉を開けると、アテナはベッドフレームに腰掛けていた。彼女は僕の方を見て、驚いた顔をしていた。

「!」

 久しぶりに見る顔に、言葉が出てこない。いつもなら、何かかける言葉を思いつくのに……。

「びっくりした……」

 アテナは言った。しばらくの沈黙の後、

「……あのさ」

 僕が口を開こうとすると、アテナは遮った。

「ごめんなさい。私は、あなたにヒドいことをしたわ」

 アテナは頭を下げた。

「確かに、最初はあなたのことを利用しようとしていたわ……だから、私はあなたに関わる資格なんてないの……」

 アテナの申し訳なさそうにしている顔を初めて見る僕は、こんな時にも関わらず、アテナもこんな顔をするんだと思った。

「資格なんて、他人が仕切ったただの枠組みだよ。お前はどうしたいんだ?」

 僕が言うと、アテナは意外そうな表情をした。

「どうしたいって?」

「おまえは事件を解決したいんだろ?」

「うん……」

「なら、僕が絶対に解決してやる」

「えっ?」

 アテナは驚いた。

「そのかわり条件がある。おまえの事件の犯人を見つけてやるかわりに、おまえに頼まれて欲しいことがあるんだ」

 僕はアテナにスマホの画面を見せる。画面にはやっすんと僕のツーショット。

「この写真に写ってる幽霊を探して欲しい。コイツはもしかしたら幽霊になってるかもしれないんだ」

 アテナはスマホの画面に目線をやった。

「……この人はほんとうに幽霊になってるのかしら?」

「わからない」

「わからないって……せめて、目撃情報とかないと……」

 アテナは首を傾げた。

「僕だって事件の情報は少ないよ。ほとんど無いに等しいぐらいだ。だけど、僕はおまえの事件を絶対に解決してやる。だから、おまえはコイツを絶対に見つけ出してくれ。いいな?」

 僕が言うと、アテナはしばらく沈黙したが、やがて、

「……わかった」

 アテナは頷いた。

「じゃあ、帰るぞ」

 僕はアテナに言った。振り返って扉に手を伸ばすが、彼女がついてこようとする気配がない。振り返ると、彼女は僕を見つめていた。

「帰らないの?」

 アテナは拍子抜けしたのか僕に訊いた。

「帰るって、おまえも一緒に帰るんだよ。早くこいよ」

 僕が言うと、アテナは一瞬驚いて、そのあと、俯いた。

「どうしたんだよ?」

「いいえ。何でもないわ。早く行きましょう」

 アテナの声が一瞬震えたような気がした。

 僕は部屋を出た。その後にアテナも続いた。結局、持ってきたお詫びの品を渡すタイミングを測り損ねたので、玄関を出たタイミングで、袋をアテナに差し出した。

「ん」

「なにこれ?」

「先週はその……出ていけなんて言って悪かった。そのお詫び」

 僕は袋から、バンダナを取り出した。

「その……毎日、白い三角のヤツじゃ飽きるだろうと思って、頭に巻くやつ買ってきた。よかったら使ってくれ」

 僕が言うと、アテナは目を丸くし、そして、笑い出した。笑いだすと、しばらく止まらなかった。

「なに笑ってるんだよ。人が真剣に選んだのに……」

「だって、私、幽霊だから、頭に巻けないわ」

 僕は言われてハッとした。そうだ。コイツは幽霊だから、現実の物に触れることができないんだ。僕は耳が熱くなるのを感じた。

「でも、気持ちは受け取っておくわ。ありがとう」

 アテナは笑顔で言った。

「でもさ、おまえ、制服は着てるじゃん。アレはどうしてだよ?」

「ああ。たぶん、親族の人が、葬式の時に棺桶に制服一式も入れてくれたからだと思うわ」

「じゃあ、これを御焚き上げすれば、アテナの手元に届くんじゃないか?」

 僕が言うと、アテナはハッとした。

「確かに」

 僕らはさっそく、厨房からマッチを取ってきて、庭でバンダナを燃やした。

「あっ。さっそく届いたわ」

「えっ?」

 僕はその光景に驚いた。突然、空からダンボール箱が落ちてきて、中に僕の買ったバンダナが入っていた。……そんなアマゾンの宅配みたいな感じで、届くんだ。

 さっそくアテナは、バンダナを細くして、カチューシャのようにして頭に巻いた。

「どう? 似合ってるかしら?」

 アテナはその場でくるりと回った。

「……うん。いいんじゃない?」

「ちょっと。ちゃんと褒めなさいよ」

 アテナは言うが、僕はどうしてか照れてしまって、まともに目を見ることができない。

「……よく似合ってるよ」

 僕が言うと、アテナはまあ、それでもいいわと言った。

「じゃあ、帰ろうよ」

 僕は先に歩き始めた。後ろから、

「でも、初恋の人がつけていたものをプレゼントするって、どうなのよ?」

 アテナはいったい何を言いたいのかわからなかった。

「はあ? いきなり何言ってるんだよ?」

「漱石の初恋の人は魔女のキキだもんね」

「キキはバンダナじゃなくて大きなリボンだ。二度と間違えるなよ。クソニワカが」

 駿はやおが作った魔女がいろんなところに荷物を配達する神映画を、幼少期の僕は何度も見返すぐらい大好きだった。なんなら13歳になると、箒に跨がれば、空を飛べると本気で思っているぐらいだ。まだ飛べてないけど。そして、いまだに、キキと結婚できると本気で信じている。ていうか、どこからその情報を仕入れてきたんだよ。

「ほら、さっさと行くぞ」

「…………本当は、漱石のせいで成仏できないんだよね」

 アテナは小声でボソボソと言ったが、何を言ったか聞こえなかった。

「えっ? 今度はなに?」

「何でもないわ。あっ、ほらジジよ」

 アテナは庭にうろついていた、黒い野良猫を指差した。

「アホか。ジジはもっとちっちゃくて可愛いだろ。あんなに太ってて、ふてぶてしい顔していないよ」

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