丘の上の女

@togotakano

壱.


 美しいものは、あるべきところにあるから美しいのだと思う。美しいものは、見るべきものが見るから美しいのだと私は思う。


 3年前の今頃といえば、私たちの誰しもが残暑に名残を感じていた。この年は私たちのどの瞬間を摘んでも新鮮な年だったと思う。日差しに照り付けられる日々が急に来なくなったかと思えば、既に冬に入ったような風の強い日々に変わってしまっていた。例年には無い印象的な日が続いていた。気づかないうちに空は乾き出して、いつの間にかその年の秋風がやってきて私の唇を割っていた。私が2回目の3回生をやっている年の秋の事だった。その時の私は、悪友らさえいれば、実家のガレージから引っ張り出してきた古いカローラでどこまでも走っていける、そんな風に思っていた。私含め三人全員が落第生である故に学校に居場所がないからこそ、ポンコツのカローラで走り回っている時は学校の奴らは知らない、未開の世界に飛び出している様な気がしていた。また私たちは皆SF小説やオカルトやらの超常現象の類が好きで、落第生というきっかけで集った仲をさらに強固に結びつけてしまった。やはりポンコツ同士は相性が良かったのかもしれない。

 この頃私達がよくやっていた遊びはというと、専らいわくつきの場所を尋ねることだった。街で有名な廃墟なんかを周っては、悪ふざけして帰ってくる事に熱中していた。そうやってテレビや雑誌なんかで奇怪な話や霊現象なんかを否定する事で、学校で落第生の僕らは科学者の様な、理系学生の端くれである事をなんとか自覚することができたのだ。この頃は皆卒業するか、誰かが辞めてしまうか、そんな日が来るまでこんな事を続けるつもりだったのだろう。今となればそう思う。

 実験で教授に鼻をへし折られた帰りといえばいつも私達は屯していた。その日も実験室から出て誰が声を上げたわけでもなく、自然に、引き寄せられるように面子は揃った。

「ちょっと面白いとこ見つけてきたんだ。」

 そう原田は意気揚々と言った。この男こそ私の悪友の中で最もネジが飛んだ男であり、この遊びを始めた張本人である。

 彼が言うには、学校の最寄り駅を越えて農道を3キロも進めば古い登山口が見えてくるらしい。そこからハイキングコースを登っていけばキャンプ場跡地があり、そこで一夜滞在する中で、赤い姿をした女に追いかけ回されるという噂話だった。私はありきたりな話すぎて既に興醒めしていた。尋ねれば案の定、ネット掲示板で適当に見つけてきた話だった。まあ家で寝ているよりは良いかと、私達は銘々の自宅に帰って一泊分の支度をして、その赤い女とやらに追いかけ回されに行くことにした。全員恋人なんかいやしないのだからちょうど良いさ、そんな風に思っていた。

 山梨の田舎で育った私にとってキャンプは慣れっこだった。そんな車持ちの都合の良い男が道具を一式積むと、落第生を回収しに夕暮れの街に繰り出していった。


「この前のプログラミング演習の時にさ、ヒットしちゃったもんで是非とも皆さんにお供してもらおうと思ってな。」

「おいおい、今季もまたプロ演落とす気でいるのかね。」

さすが由緒ある酒蔵のご子息は我々愚民共とは余裕が違う。期限一杯に卒業さえすれば良いと言うお考えのようだ。

「ほら、見えただろ。さぁさぁ、そこの急登山道を右折したまえ!。」

私はわざと急ハンドルを切って未舗装の坂を駆け上がって行った。気の弱い田村は私の隣で少し小さくなるとてすりにしがみついていた。この気が弱い彼は優秀な奴だが、口をきけずに損をする性分だった。必然的に仲間になったし、優秀な頭脳が私たちの触媒となって働くことさえもあった。ただこの時の彼が委縮した形をみて、いつもとは違う、スピードによる恐怖だけではない不安に満ちた表情が印象的だった。私の気にしいな性分のせいかもしれない。私も一抹の不安を抱えていた。それなのにあの時は私は車をふかして、考えるのを放棄して、目の前に広がる旧登山口の異質な暗がりに吸い込まれて行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る