妖とかみなり
守破屋敷
妖とかみなり
スライムのような粘り気、明らかに毒のある色、とてもこの世のものには見えない黒紫色の生き物にナイフを刺す。四肢がなければ意識もない、よくわからない、ただただ気持ち悪い物体。
ナイフを抜くと刺した部分から液体が勢いよく飛び出してきて来ている服を紫色に染める。これは後片付けが大変そうだ。
「これで三万か。……何やってんだろ、俺」
大都会の路地裏で一人つぶやく。
二宮健司はいわゆる妖怪ハンターだった。父親が代々妖怪ハンターの家系の人間だった。健司はこれといった夢もなかったため、なんとなく妖怪ハンターになった。けれど、これが稼げない。一回の依頼につき三万。月に十件依頼があれば三十万。すごい簡単なお仕事だ。これだけ稼げればどれだけよかったか。妖怪ハンターという仕事はほとんどの人が知らないマイナーなものであり、実際は月に五件もあれば多い方で健司は家賃二万円のボロアパートから出世することができていなかった。
――ピコン。
「お、依頼か? 今月これで六件目、今月はなかなか調子がいいな~」
健司は軽い気持ちで依頼のメールを開いた。依頼はインターネットで募集している。
『たすけて』
「……ッ!」
メールはたった一言しか書かれていなかった。しかしその一言が依頼主の緊迫した状況を物語っていた。
妖怪はほとんど人に害を与えないものがほとんどで、そういうやつは無視すればいい。しかし、時々少しの知能を持って生まれてきて人に危害を加える個体が生まれる。
「うん。これは見なかったことのしよう。こんなメールは削除さくじょ。こんなのただのいたずらに決まってる……」
メールをゴミ箱に入れようとする健司の手が止まる。
アブラゼミの声がやけに大きく聞こえる。壁に張り付いているのかもしれない。
「健司ってやさしいよな。困ってる人に必ず手を差し伸べる」
これは過去の記憶だ。いつのことなのかはわからない。
「そんなことねーよ。ただ、気に食わないだけ。自分の周りに弱くて、泣いてるやつがいるのが少しむかつくだけ」
「そうかなー。それでも人を助けるのってすっごく勇気がいることなんだよ。それをできる健司はやっぱりすごいよ」
これは誰なのだろうか、健司にはわからなかった。健司にとって大事な人、それでも全く思い出せない。存在が夢のようにあいまいだった。けれど、その言葉だけはなぜかはっきりと覚えていた。
「俺はそんなすごい奴じゃないよ」
「もー、そんなに卑屈にならなくてもいいのに」
健司は横に立つかつての親友が輝いて見えた。
気づいたときには健司はたてつけの悪い扉を押し開け走り出していた。
――俺は今でもあいつの背中を追っているのか。
どこにいるかもわからない依頼主を探しに。
遠雷が聞こえる。これは一雨降りそうだ。
「助けてくださり。本当にありがとうございました」
依頼主は簡単に見つかった。妖怪も意志を持たない低級で、何のために自分は走ってきたのだろうか。夕立のせいで来ていた服が濡れただけ。
「それでは依頼料をいただきます」
「三万円ですよね」
健司はもらったお札の数を数える。
「三万ちょうどです。ありがとうございました」
「こちらこそ、本当にありがとうございました。死ぬかと思いました」
「あなたが出会った妖怪は低級ですので、あなたに危害を加えることはありませんよ。次からは無視してくれれば大丈夫ですよ」
「そうなんですか! よかった~」
「それでは、僕はこれで」
「あ、ありがとうございました」
妖とかみなり 守破屋敷 @morihayashiki
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