紡がれた糸の先に爪を立てて
レイノール斉藤
人形を売る町 ボルドー
1-1
人より羊の方が多い国があるというのは聞いた事があるが、人形の方が多い町は初めて見た。
「最初は皆びっくりするんだ。それを眺めるのが楽しみでもあるんだがな。ガハハ!」
「あれ、全部売り物なんですか?」
「ガハハ! 全部じゃないぜ。この町は『人形に魂を込める事ができる町』で有名でな、各家の門戸に昔の家人の人形を置いてるってわけだ。そうやって家を守ってもらうんだな」
「へぇ。この家にもあるんですか?」
「ガハハ! 勿論だ! 俺の爺さんの爺さんのその又爺さんのでな、見ていくか? この辺がまだ荒れ地だった頃にやって来てな…」
「あ、今時間が無いので、また機会があれば」
「ガハハ! そうか! じゃあまたな!」
豪快過ぎる営業スマイルと、興味の無いこの町の歴史まで聞かされそうになるのを回避して保存食糧の調達を終えた僕は、とりあえず訪れた町、ボルドーを一通り周ってみる事にした。
土を固めただけの路を三十分程歩き回り……なるほど、確かに各家の前に等身大の人形が立っている。騎士風だったり、狩人風だったり、その見た目も様々だ。そうやって家の発展に貢献した先祖を祀っているのか。
いや、死んだ後も魂を閉じ込められて家を護る役目を強制されているという見方もできるか?
まあ、それはそれとして、どの人形も実に精巧に出来ている。ちょっと遠くから見ると人間と区別が付かない。この町の職人の技術力の高さが窺い知れる。
「……ん?」
そこまで考えて、ふと気付いた。三十分くらい町を見てきたが、工房的な建物を見ていない。居住地とは別にあるんだろうか?
そうこうしている内に、大きな倉庫の様な建物が見えた。実用性を重視した四角い武骨な造りで、二メートルほどの高さの中には格子状の蓋付きの木箱に収められた人形が所狭しと置かれている。なるほど、こっちが売り物というわけか。大きさも雰囲気もバラバラで、各地から様々な需要があるという事が窺い知れる。
「お若い旅の人。何か気に入ったのはあるかい? 何なら買っていかないかい?」
欲しがっているように見えたのか、そこで倉庫の持ち主と思われる中年で細身の男の人が目ざとく話しかけてきた。
「いえ、僕にはこれが有りますから」
肩に乗せている三十センチ弱の人形を指さして言う。店員はそれで引き下がる様子は無く、こちらの人形を鑑定士よろしくマジマジと値踏みして、
「でも、随分ボロボロで汚いねえ。どうだい、そろそろ買い替えたら? なんせこの町の人形には魂が宿っているからねぇ」
「それ、他の人も言ってましたけど、魂が入っていると具体的にどうなるんですか?」
「おっと、こりゃぁ口が滑っちまったなあ」
わざとらしくニヤけ口を押さえながら店員は続ける。
「買わない人にこれ以上は教えられないなあ。なんせ大事な飯の種だからねぇ」
「……そうですか」
興味を引きそうな言葉だけを並べて、実際見ると大した事は無く、時間どころか路銀まで無駄にする経験がこれまでも何度もあった。どの道お互いにこれ以上は時間の無駄だと悟ったのか、歩き去っていく僕の背中に更に声が聞こえてくる事は無かった。
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