常夏の冷たい君へ

小夏てねか

プロローグ

 水面を突き破る音と共に、私の身体は温かい海へと吸い込まれた。徐々に水泡が消え、水中メガネ越しに冷たいグランブルー色の世界が見える。外から見た時は、暖かなエメラルドグリーンだったのに……。まるでお色直しのように、その姿を変える。そんな海を愛おしく思いながら、下へ下へと潜った。


 ここら一帯の海は、比較的浅い。ものの数秒で、底へと辿り着いた。そこに広がるは、色鮮やかな珊瑚礁さんごしょうの絨毯。そして私を迎え入れるように、色とりどりの可愛らしいお魚さん達が泳ぎ回っていた。

 毎度の事ながら、目の前に広がる景色の美しさに興奮を覚える。呼吸ができないから息が弾むことは無いが、代わりに心拍数が上昇しているのが分かった。


 首に下げていた水中カメラを静かに構える。そして手慣れた手つきでシャッターを切り始めた。一枚、また一枚と、手早く丁寧に。この感動を、少しでも多く地上へ持ち帰りたいという一心で。


 しかし、そんな至福の時は無限に続くわけでは無い。私は人間。意識を保つ為には酸素が必要だ。現に今、身体が息苦しさを感じ始めている。あぁ、もう少し、もう少しだけ潜っていたいな……。そんな後ろめたい気持ちを胸にしまいつつ、キラキラと輝く海の天井を目指すことにした。水面が近づくにつれ、海水温が上昇していく。そして――。


「――ぷはっ!」


 眩い日差しが降り注ぐ海面へと顔を出した。パタパタと立ち泳ぎをしながら水中メガネを外す。そして撮影した写真達を、一枚一枚念入りに確認し始めた。……うん、大丈夫。我ながら完璧に撮れているな。


 満足感に浸りながら、目の前に広がる水平線を見つめる。周囲に島陰は見えない。ここは日本から遥か南西に離れた小さな島。気候も日本本土とは大きく異なり、この辺の海では一年中、真夏のような気温が続く。――そう、あくまでもこの辺の『海』では……。


 ゆっくりと後ろを振り返り、島の方を向く。そこには何度見ても奇妙で、神秘的で、そして非現実的な光景があった。

 まるで暖かさを微塵も感じさせないほどに、真っ白な雪が降り積もる。道路も、家も、山も……全てが雪化粧に覆われており、日の光を反射してキラキラと銀色に輝いていた。


 周囲の暖かな海から切り離されたような島。これが私の故郷『トコナツ』という島の、現在の姿。初めて見る人は目を疑うと共に、口を揃えてこう言うのだ。


――まるでスノードームみたいだ、と……。

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