ファイン・ライン・ビトイーン

古川

1


「人生は一生じゃ足らんので」


 と、六人の鈴木が言う。

 やりたいことを全部やり切るには一生では短すぎる、という意味みたいだ。


「なるほどーだから分身したと」

「そうだ!」


 六人の鈴木は同時に喋るので、六つの声が同時に僕に迫ってくる。鈴木一人でも威力があるというのに、✕6どころかいろいろかけられて単体の六万倍くらいの勢いになってるからすごい。


「これなら一気に六人分の人生を同時に、別々に生きることができるのでだいぶ効率的。これでいろいろやり尽くそうという計画だ。すげぇ! さすが俺!」


 天才だ!と胸を張る鈴木に、僕はわー、と歓声を送りながら拍手する。

 鈴木は確かに天才だった。自転車を永久機関搭載の完全自動運転モードに改造したり、ピアニカによるラ・カンパネラで聴衆の胸を震わせすぎて局地的地震を引き起こしたり、掌猫術を確立して第五次南北猫大戦を完全無血で終結させたり、花咲か爺さんの粉の再現に成功して校庭の桜を年中満開状態にさせたりした。そんな鈴木だから分身くらいお手の物なのだ。


 分身たちはさっそく自我を持ち始めたようで、各々好き勝手なやり方で教室を出ていく。ドアを突き破って走り出ていく者、窓から飛び立って空を行く者、床を打ち砕いて階下へ降り立つ者、天井を破って真上に突き抜ける者、残像を残して一瞬で消える者など、様々にそれぞれの人生を生き始めた。鈴木はそれらの鈴木を見送った後、うんうんと満足気に頷いた。


「残った鈴木はなにするの?」

「ふふん。俺は普通の男子中学生として普通に生活するんだ!」

「え? それでいいの? なんか意外な選択だなぁ」

「そうか? なんでだ?」

「だって好き勝手したいから分身作ったんでしょ? 本体こそすぐ飛び出していくと思った」

「ふふふ、いいかよく聞いてくれ! 見ての通り俺は天才だ。これまでこの天才性を思う存分発揮して好き勝手やってきたわけだけど、今俺が求めるのは、普通だ!」

「ほう。普通」

「そう、普通だ! ちょうどお前のような普通の人生こそ、今の俺が望むものなんだ」

「なんで? 僕なんか普通っていうか、全体的に平均より下めっていうか、だいぶいまいちな部類だと……」

「そう言うと思ったぜ! お前のそういう自尊心が低いところとかも凡人っぽいよな〜。天才の俺にはない感覚だぜ!」

「だからその天才の鈴木がわざわざ僕みたいなのを目指す必要なんかないじゃん」


 そこで電子音が鳴る。鈴木は、お、さっそく俺くん二号からの連絡、と言いながら右腕の手首に付けた小型端末を指先でぴゅっと触り、空中ディスプレイを展開してツタタタと操作、よっしゃ俺くん二号が合成触媒実験に成功した!人工光合成もすぐこそだ!惑星地球化計画着々と進行中だぜ!と叫んでからディスプレイをしまい、また僕に向き直る。


「普通がいいんだ。もちろん、俺は俺の天才性でまだまだ遊ぶつもりでいる。そのために分身を作ったんだしな。そうしながら、普通の人生も送りたい。俺は俺の興味のあることはひとつとして取りこぼしたくないんだ」

「へぇ〜。天才の考えることは不思議だなぁ」

「お前の言いたいことはわかるぞ。お前は勉強もできないし身体能力も低いし顔も別に良くないし鈍感だし間抜けだしすぐ腹壊すし」

「ひどい言われようだけど全部あってるから反論できないなぁ」


 へへと笑うしかない僕を鈴木がへへへ!と笑い飛ばした時、僕と鈴木の間の空間に矢文が飛んできて鈴木が人差し指と中指でぱしっと挟んで止めた。鈴木は折り畳まれた紙を開き、やったぜ、餅つきにおける究極の最適解が判明した!全人類が餅ベッドで安眠できる日も近いってもんだ!やってくれるぜ俺くん四号!と叫んでから、また僕に向き直る。


「そう、お前はただの凡人だ。でもおもしろい奴なんだ!」


 へへん、と自分の自慢話でもするみたいに胸を張る鈴木。ただの凡人の僕には、いったい僕のどこがどうおもしろいのかわからない。でも、天才におもしろい奴認定されるのは、きっと特別にすごいことなんだ。事実、鈴木と無重力遊泳をしたあの日から、僕の毎日はずっとおもしろい。

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