『ある日、アイドルのライブ会場に一匹のエイリアンが侵入した』 ~美少女アイドル×殺人エイリアン~

大和田大和

第1話 えいりあんず あさると


――『その日のライブはいつもと違った。アイドルのライブ会場に一匹のエイリアンが侵入したのだ』



ステージに立つといつも緊張する。

とちったらどうしよう?

みんなが喜んでくれなかったら?

そんな弱気なことばかり考えてしまう。


だけど、私を見上げてくれる人たちと目が合うと、そんな不安は消えていく。

ああ。アイドルになってよかったなって思うんだ。



私は、ステージ上から満員の客席に、

「みーんなー今日は来てくれてありがとううううっ!」


スクリーンには、私の姿が映し出された。

右下には、私の名前『YUMEKA YUMENO』。

肩まで伸びたウェーブのかかった黒い髪。

赤い瞳には、黒く濁った野望が沈んでいる。

ステージ上の立ち位置は、センター。


続いて、他のメンバーの右京が映し出された。

グレーのロングの髪。

星形の髪留め。

ステージでは私の右に立つ。


そして、右京の双子の妹である左京が映し出された。

赤いロングの髪。

月形の髪留め。

ステージでは私の左に立つ。



――そして、最後のメンバーがスクリーンを飾る。

名前は、『GIGI』



すると、ステージ裏から一匹のエイリアンが出てきた。


全身が光沢のある漆黒。

磨き上げられた鋼のような甲殻。

ムチのようにしなる尻尾の先端はブレード状になっている。

背中には、背骨に沿って剣角が並ぶ。


エイリアンのギギは、口を頭まで開き、内部の肉を広げた。

臓器が見えて、消化器が顔を出す。

ピンク色の肉の中に、螺旋状の牙が並ぶ。

中心からは、花が開くように四本の触覚がうねりながら飛び出た。


そして、


「ゴギャアアアアアーーーー!」

身も凍りつくような野太い咆哮が会場に轟いた。


その叫び声を聞いて、満員になった会場が喜びに悶えた。

「きゃあああああ! ギギちゃん! こっち見てえええ!」


肌にまで浸透する恐怖。

鼓膜を叩く不快な鳴き声。

視神経を焼くほどの不気味な姿。


そのどれもに、人々は歓喜した。


最後のメンバー、ギギの立ち位置は、私のすぐ後ろ。

……ギギは、世界最高のアイドルだ。


=====



あれはうーんと昔のこと。幼稚園の時。


意地悪な男の子が、私に言った。

「どけよ夢野! お前はアイドルにはなれない!」


「どうして?」


「ああいうのは、選ばれた特別な子がなるんだよ! お前はそばかすだらけで可愛くないし、太っている」

「そうだ! そうだ! 分相応にただ眺めるだけにしておけよ」

「言えてる。お前なんかに何ができるんだよ……! えっ?」


そして、私をからかうように

「ゆーめのゆめの! ゆめのゆめ……! 夢野の夢はアイドルになること! だけど現実は残酷でした。彼女の夢は、夢のまた夢。叶いませ〜ん」


私は思い出せばいつも泣いていた。

人生では、幸せなことよりも辛いことの方がもっとずっとずっと多かった。


私が泣いていると、私の一番の親友が慰めてくれた。

あかりちゃんは、いつも優しくて私を庇って助けてくれる。

この世には、意地悪な人がたくさんいるけど、そうでない人もいる。

彼女だけは、私の味方だった。

「夢ちゃん……大丈夫? あんな奴ら気にしなくていいよ!」

私の肩に手を当てて、優しく私にこう言った。

「私たちピアノもお歌もダンスも何をやってもビリッケツだね? どうせ何をやってもダメなんだし、ダメなままでいよう! その方が楽だよ。ずっとお友達でいようね?」


あかりちゃんはいい子だ。とっても暖かくて、彼女と一緒にいると心が温まる。

だが私は、彼女の小さな手を力一杯叩いた。


そして――

「うるっせえええええええー! ならお前はずっとダメなままでいろ! 

みんなにバカにされて、笑いものにされて! 

いつも自分に自信がなく、惨めな思いばかりして!

そうやって一生、変わらずバカにされていろっっっっ!」


突然の怒号に、

「ちょ……いきなりどうしたの?」


私は涙を自らの袖で拭った。

嗚咽を飲み込み、拭う側から溢れる涙をこぼす。

「私はごめんだ! もううんざりなんだよ! 

他人が活躍しているのを、ただ眺めているのが……! 

私は絶対にアイドルになってやる! 

努力して……努力して、それでもダメならもっと努力してやる! 

誰よりも努力して、世界最高のアイドルになるんだ!」


傷ついてもいい!

泣き崩れても構わない!

どれだけ辛くたっていい!

ダメなままでいるより、その方がいい。


傷つかないように、逃げ続ける人生より、

傷だらけになっても、前を向いてやる!


「私は……絶対に、トップアイドルになってやる!」


夢を叶えたトップアスリートや、芸能人は、幼少期から夢を口に出していた。

本能で感じていたのだ、

どんな大きな夢でも、

どれだけ偉大な目標も、

口にしないと何も始まらないと。


『僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。』鈴木イチロー選手の小学校の卒業アルバムより。

『僕は大人になったら世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。』本田圭佑選手の卒業アルバムより。

『これからは誰にも負けようないように、苦しい練習も絶対諦めずに全力で取り組んでいこうと思います。

夢は世界チャンピオンになることです。夢に向かって一歩一歩頑張っていこうと思います』錦織圭選手の卒業アルバムより。




私の唯一の友達を切り捨ててから、私はダンスと歌の練習に明け暮れた。

――なぜアイドルになりたかったのかって?


きっかけはほんの些細なこと。

その日も、私はテレビに齧り付いて大好きなアイドルの踊りを見ていた。彼女はいつも自信たっぷり、容姿もスタイルもダンスも歌も完璧で私とは対局にある存在だった。

テレビの中のアイドルがある日こう言った。

【私は自分に自信がありませんでした】

【えっ……?】


【昔の私は太っていて、暗くてみんなに嫌われていじめられていた。

だから私は努力した。

誰も私の夢を応援してくれなかったけど、自分で信じた。

そして、今こうして夢は叶った。

だからテレビの前の自信のないあなた? 

どうか自分を信じて。あなたや私のように、どこにでもいる普通の人にでも必ずチャンスはあるわ】


彼女の言葉が衝撃だった。自信満々でみんなの人気者。そんな彼女も私と同じだったんだ。


そして、時代は過ぎ、世は第二次アイドル戦国時代。メタバース、NFT、Youtubeなどによりアイドルは形を変えていった。

中には、一切顔を出さずに活動するVtuberという存在も生まれた。中身と人柄のみで判断される画期的なシステムだ。

様々なテクノロジーに後押しされ、誰もが輝けるようになったのだ。


時代は来た!


そして、私は血の滲むような努力を辛抱強く続けた。

辛いことがたくさんあった。

何度一人で膝を抱えて泣いたか思い出せない。

だが、やめたいとは一度も思わなかった。

やがて14年の月日が流れて私はアイドルになった。夢はついに叶ったのだ。努力は報われたのだ。


私は間違っていなかったのだ。

誰だって、十分な時間を正しい方向に努力すれば目標を到達できる!


バカにしてきた奴ら全員を見返して、

『お前はアイドルにはなれない』と言ってきた奴らに証明したのだ! 私には能力があると!


私は今日もステージに立ち、眼前の観客に、

「きょーは来てくれてーーあーりがとおおおおおっーーー!」

すると、大歓声と会場を震わせるような賑わいの代わりに、パラパラとまばらな拍手が沸き立った。

会場にいるのは、たった4名のファンだけ。


ステージは東京で一番狭い場末の小スタジオ。そこすら埋まらなかった。

現実は厳しかった。……私には才能がなかったのだ。


ライブを開くたびに、所属事務所は赤字を出し、グッズを売るたびに損失となった。

握手券も写真撮影も誰も来てくれない。


有象無象のアイドルが生まれては、消えていく時代だ。

テレビに映るのは夢が叶った人たちばかり。その影には、幾千もの燃え尽きた星達がいたのだろう。その人達にスポットライトが当たることはない。


ライブが終わり楽屋で、

私と同じグループの右京が

「今日もだめだったね……たはは」


それを聞いて、左京が、

「ちょっと! 右京! 笑い事ではありませんよ! 大体あなたがダンスをミスしたのが原因ではなくて?」



右京と左京は双子のアイドル。姉妹でアイドルになったんだ。だが、今の時代その程度では何の個性にもならない。

「二人ともやめろっ! 見苦しい責任のなすりつけ合いしか……」


「はい! そこでストップや!」

楽屋にいつの間にか入ってきていたマネージャーだった。

短く刈り込んだ黒髪。

細長い切れ目。

少し強面だが、いい人だ。


「夢叶。今回のライブでも数字を出せんやった。だから、約束通り次のライブが最後のチャンスや。

だが現実的には、もう詰んだようなもんやな。だからせめて最後まで悔いが残らんようにしぃや。喧嘩なんかしても、お前らはここで解散や」

死刑宣告は、冷たく私の心に刺さった。


「どうにもならないんですか?」


「無理や……」

「そんな……」


「みんな本当に努力したな。本当に頑張ってきた。それはわいもよう見よった。だがお前らには才能がなかった。それだけや……」


すると、楽屋から後輩グループの『トゥィンキー・トゥィンクルス』の三人が来た。

私たちより後発の世代で、アイドルに何よりも必要な『数字』を出せている。


クスクスと笑いながら、

「どいてくれます〜〜? 才能のない元先輩方?」

「あ! まだ現役でしたっけ?」

「でももうすぐいなくなるんでしょ?」


マネージャーは、

「おい! やめんか! 先輩には敬意を払いい」

「はーい。すいませーん」


そして、リーダーのミルクミントが私の元に近寄ると、

「そこ私の席です。どいてもらえます?」

私が何も言い返せずにいると

「……さっさとど・け! 邪・魔!」


私たちが部屋から出ると、すれ違い様に、小声で

「バイバーイ産業廃棄物さん」


ドアがバタンと閉まると、中から聞いたことがないような嬉しそうなマネージャーの声がした。

「この間のライブ! 大盛況やったで! 流石、超新星トゥィンキー・トゥィンクルス! これならトップアイドルも狙えるんちゃうかっ?」


私たちと会話するとき、あんな風に嬉しそうなテンションだったことはない。


「クソっっっ!」

私はそばにあったゴミ箱を思い切り蹴飛ばした。


=====

その時だった、夜空を彗星のようなものが横切った。

星の海を分断し、ソレは地球にひっそりと着陸する。

大地を溶かし、球体の宇宙船から白い煙が出る。

そして、中から黒くて長い尻尾が見えた。尻尾をフリフリと動かしながら、中身は森の中に消えていった。

=====


家に帰る途中、頭の中に声が響く。

【お前には才能がない】

何度も何度も言われた言葉だ。


最初は自分に自信があったのに、言われるたびに心がすり減っていった。

気づけば『お前には無理だ』が『私には無理だ』へ変わってしまった。


どうせまた失敗する……いつの間にか、そんな言葉が常に頭に浮かぶようになった。


小さい時は、そんなことなかった。

他の子と同じように、自分が大好きでいつも誇らしかった。

だけど、高学年になり競争が始まり、他人に冷たいことを言われ出した。

きっとその頃から、私には自分に自信がなくなったんだ。


そんな時に思い出すのが、アイドルの言葉。

【アイドルは人を笑顔にするためにいる! だから泣くな! 怖くても笑顔でいろ! 前を見ろ! 目の前にあるのは、ピンチじゃない……チャンスだ!】



「……見てろ……私は絶対にトップアイドルになる!」

私の背後にいる右京が、

「やっぱり私たちには無理なのかな……たはは」

「私の前で泣き言を言うなつってんだろ! 右京! またぶん殴るぞ!」

「夢叶! やめてください! 週刊誌にでも撮られてご覧なさい! もうおしまいですわよ?」

と、左京。


「フン! どうせ次のライブの後、お前らとはもう他人だ」


「まだ次のライブがありますでしょ! そこで挽回できれば、まだチャンスが……」

私は左京に近寄り、胸ぐらを掴むと、

「どうやってやるつもりなんだよ! えっっ? ライブは赤字! マネージャーからは死刑宣告! 後輩にすらナメられて!」


「痛い! 手を離してください!」


「ちょ、二人ともやめてよぅ……仲間なんだから。ね?」

私は手を離すと、

「私はお前たちを仲間だと思ったことはない! 最初から今までずっと!」


「え……?」


「右京は、いつもヘラヘラして失敗しても笑っている! それに体重管理もろくにできねーのか! また太ったぞ! 左京は、運動神経がないくせに、ダンスを練習してこない! そもそも……」



「もうやめてッッッ! 最後くらい仲良く……しようよ……」


「チッ! 足手まといどもが……」


私はまだ諦めてない……! 絶対にアイドルになってやる!





そして――最悪な空気のまま、最後のライブの日になった。


楽屋では誰も口を聞かず、事務処理のように支度をした。

ステージに上がると、観客はいつもよりも多かった。ラストライブとのこともあって、ライトな層の人たちが足を運んでくれたのだろう。

中には、ビデオカメラで私たちのライブを撮影してくれている人もいた。(普段は誰も撮りたがらなかった)


――ここで数字を出せなければ終わる。

そして私は力一杯歌った。

「今日は、きーてくれて。あーりがとーーっ!」

喉が張り裂けるくらい心を込めた。

才能がない私にだって、必死で努力すれば結果が出せるんだ!

証明するんだ、私には価値があるんだ!

私はその辺にいる能無しどもとは違う! 私は特別なんだ!


だが、一曲、一曲と進めるごとに勇気は消えていった。

観客のテンションは、次第に減っていき、『こいつらまじか?』と顔を引き攣らせていった。

右京と左京は完全に戦意喪失。やる気のない歌声と覇気のないダンス。


手拍子や拍手も減り、まるで私だけが一人でライブをやっているようだった。


あれだけ一生懸命頑張ったのに、

あんなに努力したのに、

春から冬まで頑張って、朝から晩まで駆け抜けて、

誰よりも、必死で努力したのに、

……もう終わりなんだ。


私は、何者にもなれないんだ。

才能のない人は、初めから何をやっても無駄なんだ。



――その時だった。

観客の中に、悲鳴が走った。

張り裂けるような声と共に、『何か』がこちらへ向かって突進してくる。

「え? ……な、なに? どうしたの?」


客を押し退け、黒い何かが走ってくる。

それは全長2メートルほど、四足歩行で長い尻尾がある。

背中には背鰭のようなものが、背骨に沿って生えている。

頭部には、エリマキトカゲのようなヒレが四つ。

口には、鳥類のようなクチバシがある。

「な、なんだっこいつ?」


そして、その獰猛な肉食獣は、私に向かって襲いかかってきた。





見たことがない黒い獣は、私の右腕に噛み付いた。

クチバシの内側にも歯があるらしく、それらが腕に食い込む。

「ぐっ!」

私は思わず握っていたマイクを落とした。


獣は、私の腕から離れると、落ちたマイクをバラバラにし、周囲をキョロキョロと見渡し始めた。

――くそ! 何なんだこいつっ! 見たことがない生き物だ!


私の頭の中は完全にパニック状態。

その場にいる全員が、打ちのめされたように放心している。目から入ってくる情報が脳のキャパを完全に上回った。

――どうする? 背を向けて、逃げたほうがいいのか? 目を合わせたほうがいいのか? 逸らしたほうがいいのか? どうする? どうする? どうするっっ?


体の中は、アドレナリンで燃え盛る。渦巻く炎が、皮下で蠢く。

身体中の汗腺から冷たいドロドロした汗が吹く。

足の間隔はなくなり、冷たい棒が二本股から生えているかのようだ。

――怖い! 怖い! 怖いっ!

本物の恐怖が、体を貪る。今すぐ背を向けて逃げてしまいたい。


こんなとき、普通の人ならどんなことが頭に浮かぶのかな?

大好きなお母さんの顔?

仲のいい友達?

それとも学校の先生?


私には、どれもいなかった。

代わりに浮かんだのは、アイドルのライブのスピーチだった。


【アイドルは人を笑顔にするためにいる! だから泣くな! 怖くても笑顔でいろ! 前を見ろ! 目の前にあるのは、ピンチじゃない……チャンスだ!】 


私は、恐怖を飲み込んだ。喉の奥に、黒い膿を押し込み、前に一歩出る。

ある出来事が起きた時、人間にその出来事を改変することはできない。


できるのは、起きた出来事の捉え方を変えることだけ。


目の前で起きたのは、まごうことないピンチだ。だがそれは同時にチャンスでもある。



【一度でも逃げれば、一生逃げ癖になる! 進めっ!】

いつも何かに怯えていた。失敗することか、恥をかくことか、その両方か。


【お前は負けたくないから頑張っているのか? それとも勝ちたいのかっ?】

気づけば負けることが、何かを失うことのように感じていた。

「私はどんな手を使ってでも、勝ちたい……!」


【最後まで諦めない人だけが、前に進める! 恐れるな! 恐怖はお前の力でねじ伏せろ! 今だっっっ! 手を伸ばせっっー!】


私はゆっくりと黒い獣に腕を伸ばした。

「こんにちは、今日は私のライブに来てくれてありがとう。あなたのお名前は?」


それが『アイドル』と『エイリアン』のファーストコンタクトだった。



【夢を叶えるためなら貪欲になれ! なんでもしろ!

全てのチャンスを掴め! 全部利用しろ!

……それでも足りないくらいだ。夢野夢叶】



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