第11話 2024年2月27日

 昨日、母方の祖母が身罷った旨の連絡を受けた。連絡を受けたのが昨日で、実際に亡くなったのは一昨日だ。そして明日葬儀へ行く。

 祖父が亡くなった時ほどの動揺はない。祖父の時はもっと唐突だった。しかし、祖母はずっと施設に入っていて、娘(すなわち俺の母)の顔も識別できないほどに耄碌していたのである。当然、俺のこともわからなくなっていた。だから、この経緯は当然のことだ。

 俺の祖母について俺が覚えていて、かつ、書きやすいことを書いておこう。

 彼女は、俺が彼女の家で寝汚く昼寝をする時はいつもタオルケットを腹に掛けてくれた人であった。彼女は俺にナスの味噌炒めの作り方を教えてくれていた人だった。俺が通っていた大学のイラストサークルで描かれた俺の肖像画を(勿論贔屓目をこめて)美男子だと言ってくれた人であった。彼女は韓流の俳優とそのドラマを好んで観ていた。

 もっと思い出せることがあったはずだ。たとえば、小さい頃の俺が昼寝をする時いつも空調の温度を気遣っていてくれたことだとか、俺の兄弟であるところの飼い犬の写真を誉めそやしていた瞬間だとか。でもこうやって文章を書いている間にも様々なことが色褪せていくような、一方である種の記憶だけが濃くなっていくような不思議な認識が続いている。

 またちょっと話を変える。俺はこの2、3年でウクライナ関連の戦、パレスチナ関連の戦火に起因する多くの戦没者の亡骸の写真や動画を見た。やめろということはできない。戦をするもしないも指揮官の心のうちのことだ。

 とにかく、明日、生で祖母の亡骸を見ることになる。死について考えることは避けられない。何か書くほどの思いがあればいずれ書くだろう。

 とにかく、祖父も祖母も逝った。俺が死の道へ向かっても寂しい思いをすることないと予測してもよいだろう。死んだ先には親族がいるのかもしれない。祖父に会ったら平手で将棋を勝ちたいし、祖母には彼女が子供の頃に体験したという夏の新潟の海の話を聞きたい。海辺がそばにある生活とはどういったものなのだろう?隣人の生活音がうるさいとかそういう馬鹿げた話でもいい。たとえ今後の役に立たなくても交わしたい言葉がある。交わしておけばよかったと思う言葉はあまりない。中身はともあれ、会話をしたいと思うかどうかだ。いずれも、もう終わった話だが、少なくとも、俺の黄泉路の先に退屈はない。

 生きるのは辛いが、死ぬこともさほど悪くない。生きても死んでも良いのだ。そう思えばこそ越せる今日があるというものだ。

 いずれ死ぬ時まで適当に生きていようと思う。退屈が過ぎたら祖父母に会いに行ってもいい。俺は生きる自由があるのと同じだけ死ぬ自由がある。

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