◆御狐様オーバーライド!

浅川さん

1章_鳴りやまない電話

1-1(プロローグ)

 電話が鳴っていた。


 東京の郊外にあるちょっとしたオフィス街。その一角にある雑居ビル。窓の外は手を伸ばせば手が届く距離に隣のビルがみえる。それほど大きくはない一室。

 室内には二台の事務用デスクと来客用ソファーが二台、来客用テーブル一台が置かれているだけの小さな事務所だ。

 室内の蛍光灯はしばらく交換されていないようで、チカチカと点滅している。そんな薄暗い事務所で、一人の女性が眠っていた。彼女は黒い皮のソファに横たわり、毛布に包まっている。近くにはスマホが落ちていて、どうやら画面を見ているうちに寝落ちしたようだ。こんな事務所には不釣り合いなほどの美貌と美しい金髪が毛布の隙間から覗いている。彼女はまだ小さく寝息を立てている。ここが彼女の仕事場であり、家だった。

 

 電話は鳴り続けている。


 だが、彼女は起きる気配がない。身動き一つせず、大口を開けて眠っていた。


 電話は鳴り続けている。


 今時珍しい黒電話が、この事務所で一番大きなデスクの上で鳴っている。特に手入れはされていないようだ。これは彼女がリサイクルショップで500円で買ってきたものだ。これを選んだ理由は安いから。ちなみに名前があり、「黒豆」という。


 電話は鳴り続けている。


 黒豆は軽快なリズムでベルを鳴らし続けている。音もクリアでそれゆえに少し耳障りだ。


 電話は鳴り続けている。

 電話は鳴り続けている。

 電話は鳴り続けている。

 電話は鳴り


「いい加減諦めろー!!!!」


 流石にうるさかったのだろう。ソファーで寝ていた女性は飛び起きて黒電話の受話器を手に取ると、そのままフックスイッチに叩きつけた。その衝撃でだろうか。どこかで皿が割れるような音がした。鳴り続けていた電話はようやく沈黙した。


「はあ、最悪の目覚めだ……なんでまたこんな時間に………」


 文句を言って、彼女は肩口ぐらいまでの美しい金髪の頭をぼりぼりとかきながらソファーにかけてあった黒い革ジャンを羽織る。そのまま少しよろけながら簡易的なキッチンに向かった。キッチンには単身者用の小さめな冷蔵庫と電子レンジが置かれている。コンロは無いので火を使う調理はできない。流し台には使用済みの食器が洗われないまま積み重なっている。そろそろ一週間分溜まるので洗い物もしなければならないと思ったが、こんな時間から洗い物をする気にはなれなかったので、彼女は見ぬふりをした。

 彼女が冷蔵庫を開けると、中にはブラックコーヒーのペットボトルが山ほど入っていた。というかそれしか入っていない。そのうちの一本を取り出すと豪快に飲む。冷たいコーヒーが寝起きの体に染み渡る。半分ほど一気に飲み干したころには表情が変わっていた。


「はぁあぁ、やっぱカフェインは最高。染み渡るぅ~」


 彼女はカフェイン中毒者だった。カフェインを摂取すると頭が冴えるし、頭痛も消える。心拍数が上がり、生きてるという実感を与えてくれる。自分の血肉はブラックコーヒーでできていると言っても過言ではない。と、彼女は思っている。

 一息ついた彼女はペットボトルを持って、さっきまで自分が眠っていたソファーに腰かけた。とりあえずスマホの通知チェックでもしようかとスマホを手にしたその時だった。


 再び電話が鳴った。


 彼女は黒電話の方を見る。

 そして壁にかかっている時計の時間を確認する。三時二十一分。午前三時。深夜だ。しかし電話は鳴り続けている。



「なんだか、ややこしいことに巻き込まれている気がするね。これは」


 こんな時間になる電話がいい知らせなわけがない。

 少し待ってみたが電話が切れる様子はなかった。どうやら何が何でも電話で伝えたいらしい。ため息を吐いて、少し諦めたような、疲れたような表情で彼女は受話器をとった。


「はい、キュービック・ルーブ探偵事務所の仙狐せんこでーす」

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