第7話 帝国の勇者様
新区画の件に関しては無事お話も終えました。
お二人のお話はとても要領が素晴らしく、こちらの質問にも良し悪しを含めて包み隠さず説明していただきました。
王国では小さなことさえ隠してしまうことがあり、そのせいで交易に支障を来す場面も多くあったので。
やましいことは隠したい気持ちは分かりますが、見栄だけでは国を運用していくのは不可能です。
外交に大切なのは信頼を築くこと。
相手の心内は見えるわけではありませんので、交渉前に情報収集はもちろんですが、どんな意図を持って交易を望むかを見極める必要があります。
良いことばかり話していても、返って何か裏があるのではないかと勘ぐられたら元も子もありません。
なので、こちらのデメリットもきちんと提示しつつ、相手の意図を探りながら交渉するようにとお父様やオリバーさんにたたき込まれてきましたので。
「そうだ! エリナさん、私の息子に会ってくださらない?」
「え?」
念には入れて記された内容を一字一句確認をし、特に問題点や不利になるような文章がないことが分かれば書類にサインをしていたら王女様から提案された。
「もしかしたら、結婚だってするかもしれないですし、何より貴女が新区画を担当するにあたってお目付役を用意しないとと思ってね」
「そのお目付役が……『勇者』様ですか?」
お目付役の件は事前に聞いていましたけど、まさか『勇者』様が担当するとは驚きです。
「そう! ほら、入ってきなさい!」
「し、失礼します」
王女様に呼ばれて部屋に入ってこられたのは、夜明けに近い青ずみ始めたような長髪をした女の子でした。
片目は前髪で隠れており、恥ずかしいのか顔を朱に染め、丈の短いメイド服を着ては、少し蒼い瞳に潤んだ光をあふれさせながらもじもじとされています。
あれ? 婚約相手は女の子ですか? でも、確か息子様と……?
「アイラ王女……? この方は?」
「ほら、自己紹介しなさい!」
「は、はい! ボクの名前はニコラ・リーンベルトと言います! お、お初にお目にかかります。エリナ・ノワード様! 以後お見知りおきを!」
まだ光を含まない繊月が透き通るような白い指でスカートの裾を摘まみあげ、女性のみが行うカーテシーをされました。王女様は至極ご満悦で皇帝陛下はため息を吐かれながら首を振っていました。
これは一体どういうことなのでしょうか?
間違いなくニコラ様は男性であられますけれど、どういった経緯でメイド服を着させられているのかが大変分かりません。
失礼なことを申し上げるなら容姿も相まって可愛らしいのです。こんなこと口を避けてもいえませんし、ましてや顔を熱した鉄のように真っ赤にしている本人が聞いたら泣いてしまう。
「えっと、王女様……ニコラ様のあの服装は一体?」
「私の趣味!」
「え? 趣味?」
「そう! 趣味!」
予想の斜め上の返答に私は固まりました。
王女様の趣味にケチをつけるつもりは毛頭ありませんが、些かニコラ様が可哀想な気がします。確かに髪や顔立ちから少女のようなあどけなさがあるけれど、服装まで女性ものを着させるのは本気過ぎて若干引きます。
「許してくれ。私の妻は自分の息子に女の子の服装を着させるのが楽しいのだ」
ああ、皇帝陛下……謝らないでください。顔を見れば分かります。大変苦労されているのですね。
「うぅ……恥ずかしいです」
「良いわ! その恥ずかしがる表情!」
ニコラ様には催淫作用でもあるのでしょうか、王女様は良質のウィスキーでもなめたように高揚されているのが少し怖いです。
「えっと、皇帝陛下……。王女様はいつもニコラ様をあんな風に?」
「ああ。私たちの間には中々子だからに恵まれなかった。しかし、女神が見捨てていなかったのかようやく授かったのだ。髪の色は妻に似ていて、顔立ちは私の幼いころにそっくりだがな。しかし、容姿があんな風なのが悪かったのか、それはもう――」
皇帝陛下は何かに魂を奪われたかのように虚ろな目をしていました。
お話の前半はしみじみする内容でしたが、最後の方は語るのを止めて息子をからかう妻を見ているだけでした。
なるほど。その先はあれを見て察しればよろしいのですね。
「どう! 私の息子は可愛いでしょう!」
「えっと、なんて言うか……」
王女様に圧倒されてしまう。彼女の言うとおりニコラ様は、とても可愛い方ですけれど、殿方に可愛いというのは矜持を傷つけるようで気が引けます。
「もしかして、ニコラを気遣って言い出しづらいのかしら?」
「あの……その……」
王女様の観察眼はとても鋭く、私の表情か雰囲気から意図を読まれるとは流石としか言いようがありません。
こうなってしまっては隠しているのは余計に失礼なので、私は素直にお答えしようとしたら、それすらも読んでいたのか話し出す前に言われてしまった。
「ふふ、優しいのね。ニコラも男の子だから可愛いよりかっこいいと言われる方が良いものね」
「そうだと思い返答を渋りました。お許しください」
言いずらいことを王女様が言葉にしてくださいましたが、これ以上お手を煩わせるのもまずいと思い、私はすぐさま謝罪をしました。
「良いのよ。息子を思ってのことなら咎める必要もないわ。良かったじゃないニコラ?」
「は、はい!」
リーンベルト家の方々は仲睦まじくてうらやましい限りです。
私のお母様がもし生きていたら、お父様と共にあんな風に笑って過ごせる未来もあったのかもしれませんね。夫婦仲は、周りの闇がベッドの中に入り込んできて熱を奪っていくかのように冷え込んでいました。
私も妹とはすれ違いばかりで、本当のところ一緒にいるのが億劫でした。不真面目な人を見ていると、真剣に取り組んでいる自分は何なのかと見失います。あんな風に生きられたら楽とは思いつつも、わがままばかりで他人に迷惑をかけたくない自分の間で揺らいでいた。
私はもっとお父様に甘えるべきだったのでしょうか……。
ノワード家の長女として恥じない生き方を心がけ、殿下との婚姻話が来た際は、自分を律して王妃としてふさわしい姿であろうと意気込んでいたけど……。
どれだけ努力していても、『聖女』がないだけで全てを失う。
自分は僅かながら妹に嫉妬をしていたのも事実です。だから、婚約破棄を言い渡された日、私は目の前が土いじりをした後の爪のように真っ暗になりました。
「エリナ様、大丈夫ですか?」
「え?」
「泣いていますけど……」
「あ、あの……ご、ごめんなさい」
あれ? おかしいな……泣くつもりなんてなかったのに……。
「良いんですよ! ボクだって辛いことがあれば泣きます。というか、散々お母様にいじめられていますから。エリナ様が味わった苦しみは、貴女にしか分かりません。だけれど、今まで頑張ってきたことを理解している人はたくさんいます! だから……もう我慢しないでください」
「私は……私は……」
胸の中の熱いものをいっきに吐き出すかのように大声をあげて泣いた。ニコラ様が優しく抱きしめてくださり、私が泣き止むまで胸を貸してくださった。
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