第14話 約束を破ったお仕置
断罪を行った日から、皇宮の使用人たちの態度が百八十度変わった。リナジェインを主として認め、恭しく接する。食事は毎度食べきれないほどのご馳走で、部屋はいつも塵一つなく掃除された。……というか、これまでの待遇が異常すぎたのだ。
当初は専属侍女三人を探す目的で始めた活動だが、思わぬ副産物をもたらした。三人目の侍女についてだが、本人きっての希望もあり、虐げられていたメアリーにすることにした。転職先の斡旋を約束したものの、リナジェインにはなんの人脈もないので、自分の傍で働かせるなら手っ取り早い。しかし、しばらくは実家で休ませることにした。ゆっくりと休養を取り、心身ともに回復してほしいと思う。当面の生活費や、弟の治療費は、慰謝料として支払っておいた。
そして、メアリーが実家に帰る前。最後に会ったとき、彼女の――死の匂いは消失していた。
◇◇◇
「側妃殿下! おはようございます!」
「おはようございます」
「そこで何をされているのですか?」
「見ての通り、洗濯のお手伝いです」
「ええっ!?」
濡れたタオルを絞りながら満面の笑みを向けると、下女は困惑した。
今日は、お仕着せではなく、ドレスを着て下女たちの働いている場所に赴いた。皆、リナジェインの姿を見ると嬉しそうに歓迎してくれた。リナジェインの牽制のおかげで、上級メイドたちは、下女に下手に手出しできなくなり、そのおかげで、リナジェインはさながら救世主のように敬われるようになった。
それから、下女を侍女に取り立てたことで、自分も出世したいと思う者たちが、やたらとリナジェインに媚びを売ってくることも。冷遇されるよりはずっといいが、立身のためにへつらわれるのは寂しくもある。
「殿下に下女のような真似はさせられません! 我々がやりますので」
「いいえ、これで結構楽しいんです」
今日は暇潰しに、洗濯を手伝っていたのだが、リナジェインの周りに、下女たちが仕事の手を止めて集まってきた。下女として働くのは結構楽しかったのだが、ここまで顔が知られてしまった以上、下女と働くことはもうできない。
すると、一人の下女がバスケットを持ってやって来た。
「側妃殿下、あの……先日お話していたラズベリーが菜園で沢山採れたので、よろしければ」
「わ……本当だ。こんなに沢山もらっちゃっていいの?」
「もちろんです! 殿下は私たちの恩人ですから」
ラズベリーをくれた彼女は、いじめの参考人の一人でもあり、友人の一人でもある。ラズベリーを収穫したら、蒸留室でジャムを作るのだと言っていた。お裾分けしてくれるという約束したのだが、覚えていてくれたらしい。それにしても、皇宮の菜園で採れた果物を勝手に讓渡するのはどうかと思うが、大目に見るとしよう。
バスケットの中のラズベリーを摘み、ひと口口に入れた。
「酸っぱ!」
思わず変な顔になってしまう。彼女は、しかめっ面のリナジェインを見て、くすくすと笑った。リナジェインも釣られて笑う。
「これは、ジャムにするのが良さそうだね。でも、分けてくれてありがとう」
「いえ。殿下に話しかけていいものか、悩んだんですけど、笑っていただけて嬉しいです」
「これからも遠慮なく話しかけてくれると嬉しいな」
「はい……!」
彼女は嬉しそうに笑った。もう一つ、酸味の強いラズベリーを摘み上げる。口に入れようとしたとき、横から男が割り込み、リナジェインの手からぱくっと横取りされる。
「酸っぱいな」
「……!」
目の前で身をかがめ、こちらを見下ろすのはシュナだった。まさか、宮殿の片隅の洗濯場に皇帝が来るなど、全くの予想外だった。
「ひゃあっ! で、出たっ!」
「化け物でも出たような反応だな」
突然の登場に驚き、リナジェインは尻もちを着いた。
「このような場所で、側妃が何をしている?」
「えっと……それは……」
「その顔をするということは、後ろめたいことをしている自覚はあるのだな」
リナジェインはすっと目を逸らし、とぼけた顔をした。しかし、顔からだらだら汗が流れている。シュナが言う通り、悪いことをしている自覚はある。下級メイドたちと働いていいのは、専属侍女三名が決まるまでという約束だった。リナジェインはその約束を堂々と破り、ドレスの袖を捲り上げてせっせと洗濯をしている。
「陛下こそ、なぜこのような場所にいらっしゃったんですか」
「お前の影に付けた者から、先程報告を受けた」
リナジェインは顔を上げてきょろきょろと辺りを見渡したが、影といわれる護衛役は見当たらない。皇帝に雇われるのだから、流石の潜伏力だ。
「労働を認めるのは、侍女を見つけるまでという話だったはずだ。それに……私の知らない間に、色々と好き勝手やってくれたようだな」
皇宮の使用人を、十数人解雇した件はもう耳に入っているらしい。しかし、間違ったことをしたとは思っていない。
「今朝、ルナウド子爵家から謝罪文が届いたぞ」
「怒って……おいでですか」
逸らしていた目を戻すと、迫力がある無表情に、心臓が縮み上がった。
(怖っ! 顔怖っ……)
皇帝の貫禄に、リナジェインは屈服した。
「申し訳ございません! 勝手な真似をしたこと、誠心誠意、お詫びいたします! 私が全面的に間違っておりました…………!」
なけなしの信念がすっかりどこかに消えたリナジェインは、地べたに正座し、今にも土下座せんと両手を前に突き出した。――が、シュナにその手を取り上げられる。
「よせ。ただ、驚いただけだ。この短期間で使用人たちの不正の証拠を集め処断し、皇宮の膿出しと統率を図ったことを」
「……では、怒ってはいないんですか?」
「ああ。大義だった。お前は何も間違ったことをしていない。むしろ、不当な扱いを受けた弱き者を救ってくれたことに感謝している。私だけでは、宮殿の端まで目を配ることはできないからな」
まさか、褒められるとは思っていなかった。拍子抜けしてぽかんと口を開いてきると、いたずらに彼が囁いた。
「だが、約束を破ったことは罰を与えなくてはな」
「ひっ、ご、ご慈悲を……」
「断る。早く立て」
「嫌ですっ!」
言うことに従って着いて行ったら、何をされるか知れたものではない。きっと身ぐるみ剥がされて鍋でぐつぐつと煮た後、家畜の餌になるか、数々の拷問の果てに八つ裂きにされて家畜の餌になるに違いない。
「強情な女だな。約束を破っておいて往生際が悪い」
いやいやと抗議するが、シュナはリナジェインの華奢な身体をひょいと横抱きにした。いわゆるお姫様抱っこというやつだが、気分は処刑台に連行される罪人の気分だ。全くロマンチックではない。しかし、下女たちは妃を横抱きにする美丈夫の姿に、色めきたっている。うっとりしていないで、誰でもいいから早く助けてほしい。
「どこに連れていくおつもりですか!? 家畜の解体所ですか!?」
「いや、厨房で釜茹でにしてもらう」
「ひえぇ……」
「冗談だ。阿呆め」
一体どんな罰が待っているのだろうかと頭の中でぐるぐる迷走している内に、連れてこられたのは庭園のガゼボだった。
屋根の下のベンチに座らされたかと思えば、なんとシュナがリナジェインの膝の上に頭を乗せて横たわった。いわゆる膝枕というやつだ。
「しばらく私の枕になれ。それが罰だ」
リナジェインは目を瞬かせた。
「へ?」
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