第3話 氷の皇帝は、占いを信じるタイプらしい

 

「あの……なぜ求婚なさったのか、理由をお聞きしてもいいですか?」


 不本意な婚姻を承諾するのだ。それなりの理由を答えてもらわなければ納得できない。


「傾倒する占い師に、結婚しなければ一年以内に死ぬと予言された」


 ――それだけ?

 突拍子もない回答に拍子抜けしてしまう。


(陛下、占いを信じるとか意外すぎるんだけど?)


 問題はそこではなく。たかが占いで結婚をしてしまう行動力には驚きだ。しかし――自分も似たようなものなので何も言えない。リナジェインが宮殿にいたのは、他でもなく占いの導きだ。不法侵入は捕まったら即刻死罪だが、荷馬車に隠れたていたら奇跡的に検問所を通過できてしまった。


 無事に侵入できたはいいものの、つぎはぎだらけの粗末な服を着ていたリナジェインは、不審者と見なされてすぐに捕らえられた。庭園で衛兵と揉めているところを、シュナが助けてくれたのだ。まあ、その後に第二の災難『最恐の求婚』が待ち受けていたのだが……。


「なんだその腑抜けた顔は」

「い、いえなんでもございません。ではなぜ私などをお選びに?」

「……お前が五十七番目だったからだ」

「――と申しますと?」

「吉数字だ。私は今日、五十七番目に目に止まった女人を妃にすると決めた」


(まさかの無作為!? 妃をそんな、おみくじみたいな感じで選んでいいの?)


 色々と突っ込みどころが多すぎて困惑する。


「お前こそなぜ宮殿にいた?」

「実は、行方不明になった兄を探していて……。私も占い師を頼ったんです。そうしたら、「宮殿に行けば見つかる」との助言を頂戴しまして。……ですが無駄足でした」


 婚活しに来た訳ではなかったのに。兄を見つけるどころか、不本意にも側妃になってしまった。やはり、占いなんてあてにならないのかもしれない。


「いや、そうでもないかもしれんぞ」


 シュナは間近に詰め寄り、リナジェインの顎を指で持ち上げた。


「仮とはいえ、お前は妃になるんだ。私が兄を探してやる」

「……!」

「人探しなど、この私にかかれば造作もないこと。この国で私ほどの適任は他にいないのではないか?」


 シュナはこの国で最高権力者の皇帝だ。彼が一言命じれば、たった一人を探すためにあらゆる組織を動かせることができてしまう。リナジェインがひとりで無闇やたらに探すよりもよっぽど効率的だ。


(願ってもない申し出だけど――それより)


 ありがたい申し出に乗じようとしたが、頷くより前に、違和感に気づく。


「陛下から……"死の匂い"が、します」

「なんだと……?」


 顔を近づけられて、強く彼から感じた異臭。それは、死が近い人間が発する匂いだった。


 リナジェインには、生まれつき不思議な力がある。それは、死の匂いを嗅ぐ力と、病や怪我を癒す力だ。失った命を蘇らすことはできないが、大抵のものは治せる。人買いなどに目を付けられないよう、これまでひた隠しにしてきた異能だ。


「お、おいお前、何を――んぐ!?」


 シュナの頬を両側からがっしりと掴み、鼻先を近づけて、すんすんと匂いを嗅いだ。


(返り血を浴びていたからそのせいかと思ったけど、これは――陛下の匂い)


 よく見ると、凄い油汗をかいていて、顔も青白い。息も荒くて、見るからに具合が悪そうだ。起きているのがおかしいくらいに。


「陛下、どこかに怪我をしていらっしゃいますね」

「……貴様は一体、何者なんだ?」

「話は後です。今は私の質問に答えてください」


 放たれる死の匂いは、話している間に強くなり続けている。それはつまり、刻一刻と命が削られているということだ。悠長に話している暇はない。リナジェインが迫ると、シュナは伏し目がちに答えた。


「……腕の切り傷が原因だ。剣身に毒が塗られていたらしく、発熱が続いている」

「解毒はしていないのですか」

「毒の特定ができていない。宮廷医からは手が施せないと言われた」

「……なるほど。患部を見せていただいても?」

「ああ。構わない」


 袖を捲ると、鍛え抜かれた腕があらわになった。二の腕あたりに包帯が巻かれており、それを取ると深い切り傷があった。「失礼します」と言って鼻を近づけた。


 すんすん。――臭い。


(もってあと数日程度……)


 小さく息を吐き、まっすぐシュナを見つめた。


「その占い師の言葉、あながち間違っていないかもしれません」

「……どういう意味だ?」



「――私なら、あなたのお命を救うことができるということです」


 玲瓏と告げた言葉に、シュナは目を見開いた。

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