第15話 欲しい称号
話が落ち着いたところで今度はジェイムズがハイジャック犯達の拘留について話を切り出す。
「あぁ、機長? 忘れてはならない問題は犯人達の拘留です。私も別の警護任務を帯びて搭乗しているので、そちらを放り出して見張るわけにはいきません。そこで相談なのですが、警護と見張りが同時にできるよう、席を移動してもかまいませんか? ただ、空席も少なく他の乗客も嫌がるでしょうから、いろいろと難しいのですが、幸い本日のファーストクラスのご利用はないように見えます。私と部下と警護対象の3名でファーストクラスに移動して、通路は広いですから、犯人達は縛ったまま転がしておけると思いますがいかがでしょうか?」
「うーん、なるほど。一般の客席で隔離拘束するには、12名は多すぎるし、もしも他に協力者がいたならば、そしてもしも簡単に拘束を解かれでもしたら、他の乗客に危険が及ぶ可能性はかなり高まる気がするな。片桐君、今日のファーストクラスは利用者無しなのか?」
「はい、今日はありません」
利用状況が許すことを確認できた機長は、提案を了承する旨を笑顔で返す。
「わかった。それなら、先ほどのジェイムズさんの案でいいよ。ファーストクラスを勝手に使うとなると、上がうるさいのだが、乗客の命と、航空機そのものも失うところだったんだ。ごり押しは通るだろう。もし、それでごねるようならそんな会社には私も興が削がれるというもの。折角の拾った命だから別の生き方も悪くないしな」
ジンは報告係と思われる2人が含まれていないことに気付き、増員訂正を求める。
「あ、機長? もう2名、拘束が増えるかもしれません。ジェイムズに尋問してもらって、問題なさそうなら客室に返すかもしれませんが、さっき冒頭で説明した別の怪しい2名です」
「そうか、最大14名だな? 承知した」
今度は機長が、さらなる提案を追加する。
「それとその案の3名にジンさん達の一行も加わって欲しいのだがどうかな? そうすれば大人数の犯人達に対する監視の目も、いざという時の戦力も増えることになる」
「あぁ、それはとても良いアイデアです。ジンさん達がいるのなら、もう安心感が絶大です」
突然のファーストクラスご招待に喜ぶジンだが、嬉しさ9割、気掛かり1割で微妙な表情だ。
「え? オレ達も? ファーストクラス? 一生、縁のない世界だと……うぅ、食指が動くなぁ。ただなぁ。このタイミングで市長と同席するなんて想定外過ぎて、段取りが……うーん」
「あー、そこに引っかかってるのか。確かに段取りも何もあったものじゃないが、考えようによっては、役人不在で市長にダイレクトに伝えられる絶好の機会だし、今やれば日本での余計な段取りが減るし、ザック達は必要なときに呼べる。難しく考える必要もないのでは?」
二人の会話の隙間に、やや痺れを切らし気味の機長が割り込む。
「ひとまず、その方向で検討してくれるかな? 私は事態終結で進めるけど問題ないよね?」
「はい、問題ないかと。ただ、ハイジャックも
「いや、あいにくそのような装備はないが」
ならばと、ジンはポケットから衛星携帯電話を取り出しながら尋ねる。
「では、私の衛星携帯を使ってもかまいませんか?」
「ほお、あなたはそんなハイテク機器を持っ……というか日本はそんなに進んでいるのか?」
「あ、いや、まだ日本でも販売されてなくて、検証目的で預かっているだけです。それほど秘匿性能が高いわけではなく、世間的に非認知な分、漏洩しにくいかもと思っているんです」
「なるほど、使うことはかまわないが、電子機器への影響は未知数だから、日本の管制区に入るまでなら、最小限の通話を許可しよう」
「わかりました。逐一の確認はしたうえで、通話してみます。そこで、日本の内調にテロ組織のこと、それが狙う重要人物、それから、犯人達の引き渡しと、異能者の扱いについて尋ねるので、それらを伏せた、それ以外の情報の報告は機長の方でお願いします」
ジンの言葉に驚く機長。目を大きく見開き、ジンを見据える視線が鋭い。
「な、内調? もしかして内閣情報調査室のことなのか? 一体あなたは何者なんだ?」
「あぁ、よくご存知ですね? 私自身は内調とは関係ないのですが、兄が属しているので、連絡が可能なんです。もぅ、ここだけの話で。できれば隠しておきたいことなので」
「わ、わかった。あなたには驚かされっ放しだな。あなたは軍人のようには見えないが、自衛隊で飛行訓練し資格を持ってるというのは、もしかして関係があるのかな?」
機長はこれまでの会話で感じ取る僅かな違和感を
「いや、さすがですね。機長には敵いません。私の一族は昔から国の中枢に近い人物が多くいて、それで優秀な兄も内調に進むことになったわけで、私も小さい頃からいろいろと叩き込まれました。高校生の頃には特別枠で訓練を受けさせられて、そのあと資格も取ったわけです。ただ、私はそれほど優秀ではなかったため、まぁ、落ちこぼれなんですね。大学卒業後は自由な道を進むことを許されて、いくつかの企業の特殊な用途の調査を委託されてS国に滞在して今に至ると、あ? 余計なところまで話しちゃいましたか? 忘れてください」
内調との関わりが判明することで収まりを見せる機長の違和感。視線は和らぎを見せる。
「そ、そうなんだな。なるほど。さっき聞いた話も合わせて、いろいろと合点がいったよ。ただ、あなたの一族では落ちこぼれと判断されたかもしれないが、それはきっとあなたの優しさが、冷徹な判断をしなければならない性格の仕事には向いていないと判断されたからじゃないかな? しかし、その結果、赴くことになったS国であなたはソフィア王女と巡り会い、結ばれた。あなたのその人智を超えた力はその結果なのではないかと推測するが、違うかな?」
話していないことまで推理が及ぶまるで名探偵な機長。恥ずかしさで視点が定まらないジン。
「う! や、これ以上は丸裸にされそうで、ちょっと怖いですね? もう大体はご推察の通りです。まぁ、この力を得たおかげで今日も死なずに済んだわけですが、何かが一つでも欠けていたら、こうはならなかったことを考えれば、運命の怖さを感じずにはいられないですね」
「あぁ、全くだな。あなたも数奇な運命を辿られたようだが、そんなあなたに今日このとき出会えた、こんな運命的な巡り合わせに心から感謝せずにはいられないよ。本当にありがとう。それに、今やあなた自身の力は、一族の本家の誰よりも上回ってしまったのじゃないかな? その人智を超える力もそうだが、N国王室の一員でもあるのだろう?」
勢い余って、おしゃべりが誓いを踏み越える機長。一瞬遅れて気付き慌てるジン。
「ん? あ! シー!」
「え? あぁ、彼には言ってなかったのか? 済まない。秘匿を誓ったばかりなのに……」
「はは、もう遅いよ、ジンさん。さっきも王女のワードが出ていただろう? それにしても驚きが連続し過ぎていて、どう驚いていいかもわからないくらいだよ。まぁ、詳細は追い追い教えてもらう必要はあるがな?」
「あははは、まぁ、そういうわけで、私の電話の後に機長は連絡をいれていただけますか?」
「あぁ、わかった」
ジンは衛星電話で内調の兄に連絡し、テロ組織と日本での活動、怪しい動きの調査と牽制、特に着陸進入経路上の不審な活動、テロの標的となるような重要人物が搭乗者にいないか、犯人の引き渡し、異能者の調査可能機関やその扱いなど、情報共有と方向性の確認を行った。
機長は、事態終結の報告と、日本での犯人引き渡し準備の依頼について、交信を完了する。
「話を戻すけど、ジェイムズさん、事件解決にご協力いただいたこと、機長としてお礼を述べさせてください。本当にありがとうございました」
「いえ、私は何もしてないのでお礼など要りませんよ。私はジンさんが制圧した後に呼ばれて、犯人達の拘束と尋問を行っただけですから、そのあとの騒動もただ見ていただけですし」
「いえ、そんなことはありませんよ。確かに制圧したのはジンさんかもしれませんが、後のことをあなたに任せられるから、ジンさんはコックピット内の制圧にかかることができたのだと思います。そのあとの騒動でも、あなたに任せたいからソフィア王女があなたを迎えにきた」
機長は、ジェイムズとジンを交互に見た後、話を続ける。2人も相互に見合わせる。
「それにおそらくですが、ジンさんは先ほどの話のような事情があればこそ表舞台には出たくないのではありませんか? そうであれば、しかるべき職業のジェイムズさんが制圧した、そういう事実の方が収まりもいいし、手柄になりあなたのメリットは大きいと思います。反対にジンさんは世間からの注目は避けられるのでいろいろと都合が良いのではありませんか?」
自身へと配慮する機長にジンは嬉しくなり、ジェイムズに向けてジンはテンポ良く続ける。
「おぉ、機長さん。驚くほど察しが良くて助かります。そういうわけでジェイムズ? すべてあなたの手柄にしてもらいたいな。幸い、ここにいる面子しか真相は知りませんからね?」
「いや、手柄になるのは、自分の評価が上がって立場も強化されるから、願ったり叶ったりなんだが、嘘を並べることは性に合わないから、私には難しい気がするよ」
やはり口下手な堅さが滲むジェイムズだが、ならばと、完遂への要領を説くジン。
「お? さすが副署長に昇任しようとするお方はお堅いですね? それに嘘を言わなければいいだけでしょう? ジェイムズは、このハイジャック事件、いち早く駆け付け、周囲とともに制圧、捕縛、尋問を行った。っという事実のどこに嘘がありますか? もしも突っ込まれたら、素早く動いたら捕縛してました、だけですり抜けられると思うよ? その、口下手そうに、そういう一点張りを貫くだけで、万事うまくいくと思うな」
大勢の前での発言はジンも不得意なはずだが、自身が矢面に立たない前提なら調子がいい。
「うーん。そういうものなのか?」
「うん、そうそう。大丈夫大丈夫!」
「いや、その軽い口調が不安を助長している気がするんだが?」
「あれっ? オレのこと、友だちだって言ってた割には、なんか信用薄い感じだね?」
友だちの肩書きを盾に本当に調子のよいジンだが、認められたいジェイムズは案を返す。
「うっ、わ、わかったよ。じゃあ、たまたま同機に乗り合わせた友人と共に事態解決に取り組み、制圧を果たした。友人について聞かれたら、プライベートなので教えられない、っていう感じならいいか?」
「おぉ、上出来上出来。やればできるじゃない。ジェイムズ?」
「うぅ、妙な『してやられた感』が拭えないのだが……」
無理矢理仕立て上げた感のジンだったから、ご褒美は考慮済だ。
「うん、大丈夫だよ。その代わりと言ってはなんだけど、今まで明かせなかった秘密も併せて教えるよ。もちろん守秘義務よりも固い誓約はしてもらう必要はあるけれど、これで名実ともに友人、というか、もう、親友にも近い感覚だね」
「ぅぐっ、親友か、今のオレにとっては一番欲しい称号のような気がするよ」
「そうなの?」
「そりゃそうさ。今まで知り合ったどんなヤツよりも強く優しく格好いい。オレの中ではヒーローなんだよ。ジンさんと知り合ってから、腐った組織がみるみる健全化するわ、オレの立場がグッと上がるわ、今日なんか命まで救ってもらうわ、人智を超えた力を見せつけられるわ、日本の人脈もさることながら、N国王室? もうそんな内情を知るものなら、世界中から繋がりを欲しがると思うよ? オレはミーハーではないつもりだが、ジンさんに関してだけは、もうゾッコンなんだ」
ここまで親密になれたからこそ、他人行儀ではない、素の思いを語るジェイムズ。
「ありゃ? オレにはそんな趣味はないんだが、まぁ、信用に値する男だと思うから、なんかあったときは助けて欲しいし、信頼してるよ?」
「それは警察の立場のオレだな? まぁ、善処はするが、法は曲げるつもりはないぞ?」
「あぁ、それは充分わかってるつもりだし、だからこそ信頼がおけるんだ。ただ、余所者には世知辛い対応も多いからな。そんなときに頼れるヤツがいるといないとでは大違いなんだ」
「あぁ、そういうことなら任せてくれ」
「おぉ、心強いな」
「じゃあ、移動するとしようか?」
一区切り着いたところで、ジンとジェイムズは、改めて拘留監視の任に就くことを宣言する。
「では、機長? ジェイムズのところの3人と、うちは大所帯で私を含めて5名ですが、ファーストクラスに移動して、犯人達の尋問と、拘束・拘留の任に付きます」
「よろしく頼みます。あぁ、ジンさんはあとで手が空いたら、副操縦士がお話ししたいそうなのと着陸進入前の警戒について話したいから、またここに戻ってきてはくれないだろうか?」
「承知しました。それではまた後ほど」
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