第6話 スコーク7500

 何らかの事件が起こればなんて、不謹慎極まりない思考回路だが、今のジンにとっては心にずっしりと重くのしかかる、逃げたくなるような大きな悩みを綺麗さっぱり洗い流せるかもしれないイベントなら、むしろ大歓迎。かなり自分勝手なご都合主義で他力本願の極みでもあり本来ならよしとしない選択だが、それしかないなら縋りたい。そんなぐらぐらな心境のジン。


「もしかしたら、な気がするね? 行ってみる? パパ」

「お、おぅ、行ってみようか」


 向かう先はどんな修羅場かもわからないのに、今のジンにとっては、差し込む一筋の希望の光に思えてくるから不思議だ。どうにもならない、鬱蒼うっそうとした気持ちだったのが、少し軽快さを取り戻す。くすぶっていた眼の奥にも、キラリと光が差し込まれたような気がして、頬が少しだけ緩む。不謹慎であることは重々承知だが、渇望する、今の悩みを払拭してくれるスーパーイベントなのではないか? という期待感には抗えないジンだった。


「中央のパーティションでいったん身を隠して、見えにくくするシールドと防護シールドで身を包もう。通路は狭いからできるだけ最小限な纏い方ね? よし、中央まで進もう」

「りょ」


 自分達の座席をスルーして進むから、ソフィア達が何かを言い掛けるが、右手で抑えるようなジェスチャーでやり過ごし前へ進む。ソフィアの姿を瞳に映したせいか、進みながらなぜかふと蘇る昔の記憶。ソフィアと繋がりを保てている状況なら、口に出さずに会話ができたことだ。今のような他人がたくさんいてしかも静寂が保たれる状況では、迂闊な会話は御法度だから、あると便利な能力だ。そうこう考えているうちに中央パーティションに到着し、身を隠しながら前方の様子を探りつつ、ひとつマコトに提案を持ちかける。


「なぁ、オーラの触手を互いに繋いだら、無言でも会話できそうな気がするんだが」

「あ、それいいね? やってみようか」


 『聞こえる? パパ……おーい、ぱぱぁ? ぱぁぱぁ? ぱぱーっ! ……』


「うーん。聞こえてないみたいだね。前にママがマコの作ったソアに繋がるとき、マコの生体エネルギーはマコそのものって意識で慈しむ気持ちを持ったらうまくいってたから、パパもそんな感じの気持ちを持ってくれればうまくいきそうな気がするんだけど」

「なるほど。慈愛の心。マコトそのものか」


 ソアとは、マコトのママ、ソフィアの分身体の呼称のこと。魔女はオーラから創り出す、透明だが物理的な硬いシールドでその身を防護し、同じく透明ですり抜けるが見えにくくするシールドでその身を隠すことができる。漆黒の魔女の血を色濃く受け継ぐマコトは、しっかりとしたイメージがあれば、自身のオーラからなんでも器用に創り出せる才覚を持つ。特に西遊記の話に出てくる孫悟空の筋斗雲や如意棒の模倣品の作成に始まり、分身の術に着目すると、そっくりな分身体の作成とそれを操るスキルまで編み出す始末だ。


 そのときの分身体作成は、家族全員にも波及し、それぞれソフィアがソア、ケインがけい、マコトがこと、イルが瑠衣るい、ジンがヒトシ、とのネーミングで分身を呼び分けている。ちなみにケインはイルの母親で、ソフィア達の血脈と重なる遠い親戚だ。ギャング壊滅事件からジン達と同居することになり、家族同然の間柄として、イルはジンを親しみを込めてパパと呼ぶが親子ではない。またイルはソフィアとジンが崇拝したい位、大好きでもある。


 そういえば初めて出会ったばかりの無言で意識を通じ合えたあのときも、とソフィアへの愛おしさや一生守るとの誓いを強く思って放ったことを思い出すジン。右手をポンと叩き、以前の記憶と重ねながら、ジンは早速試みる。


 『パパの大事な大事なマコト? 愛してる。パパだよ? 聞こえるか? ……』


 次第に同調が整うかのように、ジンの声がマコトの脳裏にフェードインしてきた。


 『……ぁぁああっ、聞こえてきたよ、パパ。あっ、デヘヘ。普段は言ってくれない言葉だからか、独特の響き方するからか、心がくすぐられる感じ。すごく照れちゃうね? ニヘヘ』


 ジンにもマコトの返事の声がフェードインしてきた。何やら心を擽る効果エフェクトがかかるようだ。


 『……ぉぉおおっ、パパにも聞こえてきた。そういうことか。成功だな? って、あれ? 言ってなかったっけ? マコトはパパの大切な宝物だって、あぁそうか、心の中だけか?』

 『タハハ、嬉しいし、これからは心で繋がるからいっぱい聞けるのかな? おっと、脱線してる場合じゃないね。それじゃあ、今からはこの念波みたいなのでやりとりするんだよね』


 初めての試みとなる念波だが、ジンの思いがこもる言葉の場合、何とも言えない不思議なエフェクトがかかることに、早速気付いてしまったマコト。急ぎの今は掘り下げたりしないが、続く会話の中でまた聞けるかもしれない、と期待を偲ばせる。


 『そうだな。ここからはステルスシールドと、硬質化シールドを纏って隠密行動だな?』

 『りょ』


 シールドを纏うと駆け出しながら打ち合わせる。浮力も纏い通路の人を避けての無音移動だ。


 『どうやら先頭あたりが殺気立ってるな。ファーストクラスか、コックピットか』

 『おー、コックピットかぁ。マコも入ってみたいなぁ』

 『お? 興味があるなら、ことが片付いたら、パイロットさんにお願いしてみるか?』


 飛行機を操り、自由に大空を舞う。パイロットはマコトが憧れてやまない仕事だったから、今回も空の旅が楽しみで仕方なかったが、まさか夢のコックピットを目にする機会に恵まれることは想定外だ。ジンの一言できらきらな情景が脳裏に舞い降りる。考え事をしながらでは、通路の人や物にぶつかりかねないから、ジンの肩につかまりひらひら浮遊に切り換えるマコト。


 『え? そ、そんなことができるの? できるなら是非是非お願いしたいなぁ』

 『わかった。じゃあ、ちゃっちゃと片そうか』

 『うん』


 近付くにつれ、状況が少しずつ明らかになってくる。向こうは客室から見えない位置でパーサーを拘束して、これから何かを始めようとしている雰囲気だ。ひとまず音漏れと人の行き来を断絶するよう、ジンはパーティション入口をシールドで塞ぐ。ここからは歩いて詰めていく。


 『あー完全にハイジャックでコックピット狙いか。全部で8人、皆銃所持と。先に危なそうなヤツから片そう。スチュワーデスさんを人質にしている2人でオレが左、マコトが右ね』


 『OK。問題ないよ』

 『まず銃を弾き飛ばそう。さっきのやつから左4人はパパ。残りはマコト、やれるか?』

 『問題ないよ。えっと如意棒で瞬間8連発。先に銃の叩き落としに4発、次にお腹か足に4発。たぶん一瞬かな?』


 念話を交わしながら、両手をグーパーした後、リレーのバトンくらいの如意棒を顕現。シュシュッと少しだけ伸縮させて感触を確かめるマコトとジン。


 『お? 要領わかってるね。パパも同じ方法だ。じゃあ準備はいい? せえのでやるぞ?』

 『いつでもOKだよ』

 『行くぞ! せえの!』


 カカカカン!

 ダダダダダダ!


「うゎっ」「うぐっ」「な、なにが?」「敵か?」「ぐぇっ」


 イメージ通りの如意棒捌きができたようで、8人とも崩れるようにバタバタ倒れる。


 『よし、拘束するぞ。オーラで縛れるか?』


 帯状のオーラを生成し、手は後ろに足は膝を折り、両手両足をシュルッと一瞬で巻き付け硬質化。目を見開き、状況が飲み込めないパーサーの2人は今はスルーだ。


 『OK。DIY! 拘束完了』

 『うゎ、もう一人いた。パパがやる』


「何だ? 騒がしい……」

 ドスン「ぐぇっ」


 伸びる如意棒が腹部にクリーンヒットすると、気絶してど派手に倒れ込むが、拘束済集団の上だから問題無さそうだ。ただその衝撃で何人かの意識が戻りそうだ。


 『あぁ、そうそう。さっきの銃も混ぜ込んどいて』

 『りょ』


 そこらに転がる銃を軽く蹴散らし、カチャカチャ音に紛れるよう手持ちの銃をさりげなく混ぜ込む。よしうまくいったか? この瞬間に悩みの種からの開放感でジンは安堵の息を漏らす。


 『それから、ここはオレが押さえとくから超ダッシュでジェイムズ呼んできてくれるか?』

 『超ダッシュなの? 人使い荒いなぁ。けど急ぐのは確かだし、まぁいっか。行ってくる』

 『おぉ、済まんな。あ、パーティション入口は都度塞いでな?』

 『りょ』


「うぅぅ、いたたた。いったい何がどうなってるんだ?」

「それがさっぱり……」


 ほとんどが気絶している中、意識の戻った二人の犯人は狐に摘ままれたような表情で小声で会話を始めた。奴らにはまだジンもマコトも見えていない。


 『うるさくなりそうだから、口も塞ぐか』


 ひゅんひゅんひゅん!


 オーラから紡ぐ帯状のものを瞬時に生成しながら犯人の口に高速で巻き付ける。


「うわっ、もご」


 と、すーっと姿を現すジン。


「スチュワーデスさん、お怪我はありませんか?」

「ひゃ!」


 突然の出現に驚きつつも、慌てて口を両手で塞ぎ、トーンを落として答えるパーサー。


「……あ、だ、大丈夫です。あの、何が起こったのかさっぱりですが、あと2名中にいます」


 コックピットの中の犯人を示唆するパーサー。そこへジェイムズが駆け付ける。


「はぁはぁ、今度は何が起こっ……」

「シー! もう二人いるらしいから、こいつらの拘束をお願いします」

「わ、わかった」


 訳のわからない状況だが、流石は現職警察官。為すべきを理解した後の動きは的確だ。


「マコト? こっち来て」

「りょ」


 『マコト? コックピットに二人いるらしいから突入する。パパの陰から、必要なら援護をして欲しいけど、頼めるか?』

 『OK! アハハハ、楽しいね』

 『あぁ、気は抜くなよ?』

 『わかってるよ』


「スチュワーデスさん? 身を隠しながら扉を開けれるかな?」

「わかりました。大丈夫です。じゃあ、開けますよ?」

「あぁ、お願いします」


 ガチャン


「何だ? 開けるなと言ったはずだが?」

「そりゃどうも」


 カン! ガン、ガガン。


 またも如意棒の瞬間伸縮で、銃を弾いたあと、強めに二人の犯人の腹部に強烈なインパクトを一発ずつ。もしかしたら内蔵がヤバいかもだから、あとで癒やしが必要そうだ。


「ごほっ」

 ドカッ。


「うぐっ? だ、誰だ……ぅぅ……」

 バタン。


 ハイジャック犯は二人とも、倒して気絶させることができた。今の内に、と拘束するジン。

 コックピットでは、若い副操縦士コパイが腕や足を撃たれて、壮絶な痛みからか、気を失っているように見える。そこへ機長席のパイロットから彼我を問われる。


「君は何者だ? ハイジャック犯ではなさそうだが。あぁ私は見てのとおりこの機の機長だ」


「あぁ、通りすがりの者です。ジン イチノセと申します。事情は存じ上げませんが、ピンチかと思い、倒してしまいました。間違っていませんか?」


 話しながらも重傷と思しき副操縦士コパイの様子が気にかかり、舐めるように身体の状態を見回す。それとは別の懸念として、慌てて制圧したものの目に映る状況はハイジャックだが、本当にそうかが気になり始めるジン。もしも今がハイジャックの渦中なら、手っ取り早く確認するにはATCトランスポンダーを見れば一目瞭然のはず。中央パネルあたりを探す。あった、これだ。スコークは「7500」を示している。OK、機長はハイジャックと認識して発信していることが判る、っとジンは自分の状況認識が誤りでないと知り、安堵の息を漏らす。


「あぁ、そうなのか? 助かったよ。ありがとう。君の認識で間違ってないよ。ハイジャック犯達に脅されていて副操縦士コパイが一人を押さえ込んだんだが、もう一人に撃たれてしまったんだ。まぁ、急所は外れているようだから、おそらく大丈夫だとは思うんだが……」


「えぇ、撃たれたところは確かに急所から外れているようで、そのほかには目立った外傷も見当たりませんね。ただ、何か違和感を感じます。顔色もかなりおかしいですし、呼吸はしてますが、かなりか細い気がします。到着までにあとどれくらいかかりそうですか?」


 状況の認識合致と副操縦士コパイの状況が知らされるが、目に映る副操縦士の状況と機長の見立ての違いを感じるジン。もしも危険な状態なら手当を急ぐ必要ありと時間を確認する。


「あと8時間くらいだな」


「あの、揉み合いになったときか、倒れたときにどこかを強打してはいませんでしたか?」

「あぁ、そういえば見ていないが、鈍い音とともに倒れた気……もしや頭でも打ったのか?」


 詳細は不明でも、危機感が拭えないジンは、良くない予感を訴え認識の共有を図る。


「わかりません。ですが、急がなければ取り返しの付かないことになりそうな予感がします」

「それは困る。彼は将来が有望なだけでなく、勇気や優しさも備える素晴らしい人物なんだ。それに新婚さんで懐妊されたばかりだ。彼の命がかかるのなら、どこへでも緊急着陸ダイバートするぞ」

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