第5話 心を悩ますもの

 それから、日本で食事会をすることだけ決めて、ジェイムズは自席に戻っていった。もちろん市長とのファーストコンタクトがメインの目的となる。日程や内容は後日決定することとし、連絡方法だけを取り決め、情報交換のみを行った。


 サトルはもう少し見ていたいらしく、傍観者として暫く留まることになり、残るザック達との話を詰める。もちろん今後のことを言い含めるという目的もあるし、彼らは日本に着いた後の行動は無計画のはずだから、それらをどうするかという話も忘れてはならない。だが、今の最重要課題、それは機内に持ち込んだ銃をどうするかだ。


「じゃあ、ザックと他の人達? もう死ぬなんて考えてはいない、という理解でよいかな?」


「はい。今までは遅くとも一年後には、家族ひとりすら生きているイメージを思い描くことはできませんでした。まだ終わってはいませんが、ジンさん、あなたに出会えて光明が差してきていることを実感しています。一年後に家族がひとりも欠けることなく慎ましくも幸せに笑い合っているイメージが持てるようになりました。本当にありがとう。みんなも同じだよな?」

「あぁ、みんな同じ思いだ」「「「同じく」」」「以下同文!」


 一番重要なことが決着し、皆の表情にきらめきが戻ったことを嬉しく思うジンだが、抱えていた大きな気掛かりを聞ける段階だと判断し、おもむろに尋ねてみた。


「そ、そうか。それが聞けて安心したよ。ところで日本に着いてからのことは……当然何も考えてはいなかったよね?」

「あ、あぁーっ、そそそ、そうでした。日本の地を踏むことは想像もしてなかった。片道切符のつもりだったし、もしも失敗して最悪自害も妨げられても、そのときは警察に拘留されるだけだし、その後も隙をみて自害するチャンスはいくらでもあると思ってたんだ。だから金も持ってなければ、当然帰るチケットもないんだった。ど、どうしよう」


 やはり、と心で呟きながら、ある意味期待を裏切らなかったことが微笑ましく思えるジンは、どうしてあげるべきかを思案しながら語り出す。


「やっぱりそうだよね? うーん。まぁ、仕方ないか。市長関連では当事者として居てくれないと困ることと、せっかく日本に来たのに何の思い出も作らず帰すのも気が引けるから、滞在中の住まいと食事、それから帰りのチケットはオレが何とかするよ」

「そそ、そんな、申し訳ないです。初夏だから野宿も平気ですし、水さえあれば二週間くらい食わずとも平気です。その間にどこかの工事現場の仕事などでチケット代くらいは……」


 期待を裏切らないザックたち。微笑ましさを超えてジンはだんだん楽しくなってきていた。


「まったく! ホントに日本に降り立たない気、満々だったんだな? S国が真夏なら、北半球の日本の季節は?」

「え? 夏じゃないんですか?」

「真冬だよ? 野宿なんて自殺行為だと思うぞ?」

「え? えぇぇぇ!」


 声に出しては失礼だからと、笑いを必死に圧し殺すジン。ふと行き当たる現実を言葉にする。


「あーーっ、そうか、そうだった。慎ましすぎる毎日が当たり前なら、国外に出る想定もなければ、興味もないだろうし、まだ学校教育もほとんど整わない環境で育ったのなら、そういう知識すら持ってなくても無理はないのか。うーん、よし! 決めた!」

「な? 何をですか?」


 何かをしてあげないことには収拾が着きそうに無いこと、自身も多忙だが、そんな中でも何とか出来そうな道筋が何となく見えてきたジンは一つの決断を返す。


「あぁ、君らの都合もいろいろとあるだろうが、君達はこれから1ヶ月オレが拘束する!」

「え? えぇ? えぇぇぇ? こ、困ります。家族のもとに早く帰らないと」

「いや、困らないはずだよ? だって君らは帰らないつもりだったんだろう?」


 楽しみながらも、こんなにも素朴なヤツらだからなんとかしてあげたい気持ちが高鳴るジン。


「そ、そうですが、無事や、未来が明るいことを一刻も早く家族に伝えたいんです!」

「うん。いい心掛けだね。でもそのくらいなら、電話でことは足りるだろう?」

「でも、うちには電話なんてありませんから」


「だよね。でも、それなら電話のあるところに行けばいい。今回、無事にことが片付いたなら、ジェイムズに頼んで君らの家族に警察署まで全員出頭してもらおう。それで日本から電話して、皆の家族と思う存分話をすればいいよ。そして日本で色々学んでから帰ることを伝えるんだ」

「そ、そんな方法が……」


 何とかしてあげたい気持ちが加速するから、話しながらもどんどん思いつくアイデアを展開していくジン。一つ一つが想像すらできない夢のようなジンのアイデアに絡め取られていくザックたち。普段の生活からは望みようもない幸福感に纏われどこか夢見心地のようだ。


「それに君達はそれぞれの家族の家長か一番の稼ぎ頭なんだろう? 君達不在で暮らしも困窮してるかもしれないから、その出頭時に渡せるよう送金しておけばいい。直接は難しくても、警察署を経由するなら安全に渡せるし、君らの留守中も家族は不安なく暮らせるはずだ」

「あぁ、ズズ、どうしてそこまで……ズズ」


 ふわりとした空気の中にあっても、生きていくために不可欠なお金に関しては敏感に反応するザックたち。残してきた家族への意識が高まり、これから先、きちんと暮らしていけるかという最大の不安までも取り除こうとするジンに、目頭が熱くなり、心の奥のぐずつきが止まらない。


「あ、いや、乗りかかった船だ。せっかく日本に来るのなら、S国での未来にも役立てる知識や経験をたくさん身に付けて帰った方がいい。それならせめて1ヶ月位はいないと何も得られないと思ったんだ。ただ遊ばせるつもりはないよ? 強制労働だからね、覚悟してね?」

「わ、わかりました。今ある命だけじゃなく未来までも、ズズ……みんなもそれでいいか?」

「「「「ええ、願ってもないことです!」」」」

「ということなので、私達に依存はありません。ですが、い、一体どのような労働が……」


 救いの手を差し伸べられ、何でも受け入れる覚悟のザックたちだが、強い語気で強制労働と言われれば、芽生える不安が尋ねずにはいられなかった。


「うーん。まだあまり考えてないけど、まずはオレ達の引っ越しの手伝いをしてもらうことと、オレの仕事の手伝い。あとは日本語が話せなくてもできるアルバイトを探してみるよ。アハハハ、強制労働って言ったから身構えてるんでしょ? 過酷なものはないから安心して!」

「ほっ……はい。わかりました」


 ザックと一同は、息を漏らし、胸を撫で下ろす。


「それから、一番肝心なことなんだが、この銃をどうするかだ」


 大事なことだからと、そう言い放ってまずは気を引き締めるジン。続けてその処分を尋ねる。


「まず聞いておきたいこと。帰らない覚悟だったのなら、捨ててもかまわない、でいいか?」

「はい。かまいません。戻されても使うことはないし、これを売ることもその分どこかで不幸を生み出すのならあってはならないことだと思います。捨てられるのなら捨ててください」


 捨てても良い意思確認が取れたところで、ジンは今後も踏まえた思考の在り方を説く。


「わかった。その考え方が大事なんだからな、忘れるなよ? それと今回は市長対策もあるし、深く思い詰めた上での過ちと考えるから何とかするつもりだけど、銃や刃物の機内持ち込みは明らかな罪だから、罪は贖う必要がある。かといって後で自首しろとは言わないから、償う気持ちで、せめて誰かを助けたり家族を大事にするとかで埋め合わせることを期待するよ」

「はい!」


「まぁ、オレも罪を隠蔽する罪を背負うわけだから、心が痛いけどね」

「申し訳ありません」


「ふぅーっ、後は捨てるだけか。どうしたものかな~? 日本入国の荷物検査は通らないだろうし、うーん。このまま飛行機に残したって大問題になるだけだし、やっぱりあれしか……」


 小声で呟くジン。方策は定まらないが、今はいったん飲み込み、ザック達に指示を伝える。


「じゃあ、あとはこのまま日本に到着したら、到着ロビーで集合ね?」

「「「「「了解です」」」」」


「じゃあ、解散。静かに、目立たないように席に戻るんだよ?」

「承知しました」


 ジンはマコトに向き直り、小声でアイデアを請う。


「マコト? 銃の件、空港の入国審査をなんとかパスするしかないんだけど、最後の手段しかないかな? 何か良いアイデアはない?」

「最後の手段って?」


「カチカチ音がしないようにうまく包んだ上で、見えにくくするシールドに包んで、魔力で空中を移動させれば、仮に金属探知機のゲートがあってもその上を通過させるなら、人目に付かずにパスできるかも? って思ってるけどどうだろう?」

「うーん。見えにくくするけど全方位から絶対見えないかどうかは微妙だよね? いっそのこと、ホントのハイジャックでも起きれば、そいつらに擦り付けられるのにね?」


 マコトのそんな言葉は、この状況を解決に導ける究極の打開策に思えたが、ひとつ起こりかかったその手の事件を、今まさに自ら潰したばかりで、そうそう起こるようなものではないから、と、そんな思いは胸に仕舞い込むジン。


「うーん。席に戻ってゆっくり考えるか」

「じゃあ、この銃は見えないように包んで持って行くね?」

「あぁ、忘れ物は無いようにね」


 今一度、振り返って現状復帰完了を確かめると、遮蔽シールドも除去し客室に向き直るジン。


「うん。バッチリだよ……」


 ……あれっ? と、遠くの方で緊迫した空気のような、何か違和感を感じ取る二人。


「……ん? なんか前の方が騒がしいね? まさかね」

「いや、ほんとにまさかだな」

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