03_カカノ村

 上野たちは、カカノ村にたどり着いた。カカノ村は、山の下部に空いた切れ目にある村だ。村の至る所に巨大なキノコが生えており、村の人々は、巨大なキノコを改造した家に住んで生活している。


 上野たちが村に着く頃には、日は沈みすっかり真っ暗になっていた。キノコは、発光しているため真っ暗になっても、明るい。


 上野は、村の光景を眺め佇んでいた。


 私、ここに来たことがある。


 見覚えがある。この村の風景、雰囲気。


 夢で見たような曖昧あいまいな記憶だけれど、これだけは分かる。


 私は、この村にいた。


「どうしたんだ?村を眺めて突っ立ったりしてよ」

 

 プクロウは、上野が呆然ぼうぜんとした様子でいることが気になり話しかけた。


「う、うん……。なんかこの村に来たことあるなって思って」

  

 二人が話していると、レオが夜空に浮かぶ月を見ながら言った。


「空を見てみろよ。夜空に浮かぶ月がきれいだ」


「ちっ、何が月がきれいだ。ロマンチストがりやがって」


 プクロウは、小さな声で呟いた。


「焼き魚にしようか」


 レオは、背中の聖剣を抜いた。


「すみませんでした。調子乗りました」

 

 身の危険を感じたプクロウは、魚の胴体から生やした下半身を使って、レオに土下座し謝った。


「この世界にも、月があるんだ……あれ、前にもこんなふうに誰かと月を見たことがあるような……一体、誰と……そうだ、美和だ」


 上野は、夜空に浮かぶ月を見て昔の記憶が蘇ってきた。


 そうだ。私は、ここで美和と出会った。


 彼女と出会った夜もこの日のように月がきれいな夜だった。


 村で今にも倒れそうな美和を運んで、確か向こうの方に向かったはず。


 上野は、おぼろげな記憶を頼りに、美和をかつて運んだであろう場所まで歩き始めた。


「どうしたんだよ、あかり。そっちになにかあるのか」


 何処かに行こうとする上野を不審に感じ、プクロウは、彼女に話しかける。


 上野は、記憶をたどるのに必死でプクロウの声が聞こえていなかった。真剣な表情を浮かべ、一人で道を進む。


 こっちだ。


 この道の先に、美和を運んだ。


 道の先には……。


 カカノ村の細長い道を進んだ先に、上野は、枯れ果てたキノコを見つける。そのキノコは、かつて人が住んでいたと思われるが、長年放置されて黒くしぼんでしまっていた。


 上野は、枯れ果てたキノコを見て佇んだ。頭に蘇る記憶に当惑する。


 私は、ここで生まれた。


 私を産んだ家族と一緒に住んでいた。


 でも、おかしい。


 ここは異世界、ここではない世界でずっと生活してきたはずなのに……。


 そういえば、母親に聞いたことがある。私は養子として育てられたと。


 本当は、私……。


「この場所が気になるのか」


 レオが、上野の肩を叩き話しかける。


「ええ、私、ここに住んでいた気がするの」


「おかしなことを言うな。確か、この家の家族は、100年前に亡くなっていると聞いたことがある」


「えっ……」


「ここに住んでいたのは、なにかの間違いじゃないか」

 

「そうなのかな……」


「まあ、俺はそれよりも、茨の城に行きたいって言ってた話の方が気になるよ。えっと……」


「私は上野あかり。あかりでいいわ」


 上野が笑顔でレオにそう言った。レオは、また恥ずかしそうに目線をそらし呟いた。


「う、上野あかりというのか。いい名前だ……」


「えっ」


「あああ!!!あ、あかり……茨の城に行く理由を教えてくれないか」

 

 上野たちは、村の広場で焚き火をしながらお互いのことについて話し合った。レオは、上野の話を聞き、だいたいは、状況を理解してくれたようだった。


「まさか、あかりは異世界から来たんだな」


 プクロウは、焚き火で焼いたキノコを串に刺して食べながら話した。

 

「うん、異世界から来たなんて信じられない話だと思うけれど」


「噂では聞いたことがあったけど、ほんとに異世界の住人がいるとは知らなかったよ」


 レオも、上野が異世界の住人と知って驚いている。


「元の世界に戻れたらいいんだけどな。レオは、元の世界に戻る方法を知っていたりする?」

 

 上野の問いかけに、レオは首を横に振った。


「知らない。異世界の住人がいるというのも、噂程度でしか知らなかったからな」

 

「そうなんだ。美和なら知ってたりするのかな」


「何で、そう思うんだよ」


 プクロウは、キノコをもぐもぐと口の中で噛み砕いている。


「なんとなくそんな気がするの……」


「なんだよ、それ」


「美和ってさっき言ってた茨の城にいるっていう女性か」 


 レオは、上野に尋ねる。


「ええ、そうよ」


「俺も実は、茨の城に行く予定なんだ。村の人々にバラを咲かす茨の女王を倒すためにな」


 茨の女王……前に聞いたことがある。


 確か、世界樹の切り株でモクモクが話をしていたような。


 上野は、モクモクとの会話を思い出す。


「……バラか。茨の女王は、茨を操り世界にバラをばら撒いているからな」


 プクロウは、レオのいうことに心当たりがあるようだった。


「聞いている感じたと、ただのバラではなさそうね」


「茨の女王が操る茨の棘にさされたものは、頭にバラのような花が咲いて、覚めない眠りについてしまうんだよ。俺の親も……茨の棘にさされてしまって、ずっと眠ったままなんだ」


 レオは、悲しい表情を浮かべ答えた。


「だから、茨の女王を倒そうとしているのね」


「ああ、茨の女王を倒せば、バラも消えて眠りから覚めるはずだ。俺は、ずっと女王を倒すことを考えてきた」


「そうなのか。女王は茨の城にいるんだろ。ササッと倒しに行こうぜ。俺の仲間も、女王の茨で眠らされている奴らがいるからよ」


 プクロウは、茨の女王を倒すことに乗り気になる。


「それがそううまくは行かないんだ。案内したところがある。付いてきてくれ」


 レオは、カカノ村の奥のほうに移動し始める。


「なんだろ……」

「なんだ……」


 上野とプクロウは顔を見合わせて、とにかくレオのあとをついて行くことにした。


 レオのあとをついて行った上野たちは、村の奥にある洞窟の中を進んだ。洞窟の中でも、キノコがところどころにあるため、真っ暗ではなかった。


 洞窟のさらに奥に進むと、巨大な茨が道を塞いでいた。上野たちの前を歩いていたレオは立ち止まる。


「見ての通りだ。実は、茨の城に行く道が茨で塞がってしまってるんだ。城に行くには、この茨をなんとかしないといけない」


 レオは、上野たちの方を向いて言った。


「まじかよ。その聖剣の力で、燃やしたりできないのかよ」


 プクロウは、レオの聖剣を指さした。


「俺も何度か試して見たけど、だめだった。茨は、切っても燃やしても、すぐに再生してしまうんだ」


「じゃあ、ここを通る方法はないってこと?」


「いや、あるにはある。解呪かいじゅの魔法を使えば、茨を消滅しょうめつさせることができるはずだ」


 レオは、上野に答えた。 


「解呪の魔法……。まだ茨が消えていないということは、その魔法を使える人がいないということなのかな」


「茨の魔法が強力過ぎるんだ。生半可な解呪の魔法では効果がないんだよ。茨の魔法に対抗できるとしたら、かつて茨の女王から村を守った魔法使いの力を使うことくらいかな」


「魔法使いの力?どういうことだよ」


「このカカノ村から少し離れたところに沼地がある。そこに、伝説の魔法の杖が刺さっているんだ。その杖を使えば、強力な魔法を使用できるはずだ」


「伝説のとか言われると、胡散臭うさんくさく聞こえるな。でも、まあ、その方法しかね~のか」


「魔法の杖が、刺さっている沼地の場所を教えてもらえると嬉しい」


「おい、まさか行く気なのか。沼地へ」


 レオは、心配そうに上野に尋ねた。


「ええ、杖がないと、茨を消滅させられないんでしょ。じゃあ行くわ。美和が助けを待ってる」


 上野は、なんとしても美和を救い出そうとする覚悟を示す。


「美和とかいう女性のこと、まだあまり思い出せないんだろ。どういう奴かも分からない女性のために、どうしてそこまでするんだ」


「まだ、はっきり思い出せないんだけど、美和が助けを求めてきた時、何が何でも助けたいって思えた。だから、きっと、美和とは親友だったんだろうなって思ってるの」


「そうか、止めてもあかりなら、一人で行くんだろうな。沼地の場所を教えていいけれど、条件がある。俺もついていく」


 レオの言葉を聞いたプクロウが反応する。


「えー、ついてくんなよ。俺が上野についていくんだから」


「ありがとう。プクロウ、ついてきてくれるのね!」


「へへ」


「だめだ!俺がついて行く!プクロウ、お前は、森に帰れ。お前じゃ、あかりになにかあっても守れない」


「嫌だね。俺は、お前が上野に何か変なことをしないかってほうが不安で仕方ないぜ」


「何言ってるんだ!変なことなんてするわけないいだろう!!」


「へっ、どうだか」


「まぁまぁ、みんなで行こう。そのほうが楽しいと思うし」


 上野が、そう言うと、レオとプクロウは、お互いに顔を背けながら、言った。


「あかりがそう言うなら仕方ないな」

「あかりがそう言うなら仕方ないな」


 二人の言葉、完全にハモってる。なんだか、かわいい。


 上野は、頼もしい二人が付いてきてくれることになり、嬉しかった。


 沈んでいた日が再び上り、大地を照らす。一晩、カカノ村で過ごし溜まっていた疲労感も一気に吹き飛んだ。


 早速、レオに魔法の杖があるという沼地まで上野たちは案内してもらった。カカノ村から山に沿って北に進むと、谷間があり、その先に沼地があった。


「ここが沼地か。ここに魔法の杖があるのね」


 あたり一面、沼地になっており、どこを歩いたら良いのかひと目では分からない状況だ。沼以外は、枯れた木や岩がところどころあるだけだ。沼は深く、落ちてしまえば命はないだろう。


「ああ、そうだ。だが、俺も、魔法の杖がどこにあるのかは知らないんだ。村の奴らから、沼地で見たっていう話だけ聞いただけだからな」


 プクロウは、沼地の周囲を見渡し言った。


「沼地にあるって知ってるなら、ささっと手に入れたらいいのによ。俺なら即刻取りに行って、売りさばくぜ」


 レオは、プクロウの発言を聞いて、呆れた表情を浮かべる。


「プクロウ、お前な……。売り物じゃないぞ、魔法の杖は」


「でも、確かに、魔法の杖が刺さってるのが分かってるなら、取りに来る人がおかしくはないわね」


「うーん、まあな。魔法の杖を取りたくても、取れない理由があるとか……」


 上野とレオが話していると、プクロウが向こう側を指差し言った。


「あそこだ。あそこに魔法の杖が刺さってるぜ!」


「ほんとだ。あんなところにあるのか」


 プクロウが指差した先には、周りに沼地に囲まれた岩があり、そこに魔法の杖が一つ突き刺さっている。


「沼地に囲まれてる。なかなか苦労しそうね。プクロウなら飛んでいけるかも」


 上野は、どろどろとした沼を見ながら言った。


「おーよ。俺に任せとけ!お前ら俺の背中に乗りな」


 プクロウの指示に従い、上野たちはプクロウの背中に乗る。プクロウは彼女たちを載せて勢いよく助走をつけて飛行する。


 このまま、魔法の杖のところまで行ってほしいけれど……。


 なんだか、嫌な予感がする。


 上野はなんとなく沼地に漂う邪悪な気配を感じ取り、不安になる。


「ゲロゲロ、ゲコゲコ」


 嫌な予感がした直後、カエルの鳴き声がした。

 

「まずいぞ。この鳴き声は、大蛙だ!」


 レオは、大蛙の鳴き声を聞き周囲を警戒する。


「レオ、危ない!!」


 上野は、何かがレオの背中に向かって伸びていくのを見て叫んだ。


「なっ!?」


 後ろから、攻められたレオは、ちょうど死角で伸びてきたものが見えなかった。レオの背中に、伸びたのは大蛙の長い舌だ。舌の先端が吸盤のようにひっつき、彼を引きずり落とす。


「レオ!!!」


 上野は、大蛙に引っ張られていくレオの手をとっさに掴んだ。


 すごい力……。


 腕が引きちぎれそう。 

 

 でも、離す訳にはいかない。


 レオが沼に落ちてしまう。


 上野は、必死にレオを助けようとしていた。細長い腕が引きちぎれそうになっても、手を離そうとはしない。


 レオは、上野の様子を見て叫んだ。


「あかり、手を離してくれ!このままだと君まで沼に落ちてしまう」


「でも、離せばレオは沼に落ちてしまう。最後まで諦めないで!」 


「あかり……」


 どうすればいい。


 考えろ。考えれば、何か光が見えてくるはずだ。


 そうだ、この手で行こう。


 上野の決死の一声で、レオは冷静に状況を分析し、考えを巡らせる。その結果、危機的な状況を乗り越える解決策が、頭にパッと浮かんだ。


「プクロウ、頼む。俺の背中の聖剣を抜いて、カエルの舌を切ってくれ!」


「なるほどな。わかったぜ!俺に任せろ!」


 プクロウは、胴体から手を生やす。


 会話を聞いた大蛙は、動揺する。


「ゲロゲロ。俺の舌を切り落とすゲロか。そうはさせないゲロ。切り落とされる前に、口の中に入れてやるゲロ」


 大蛙は、さらに舌の引っ張る力を強める。


 やばい!もう限界かも。


 手に力が入らなくなってきた……。


 上野のレオを掴む手が緩んでいく。


 もう、限界かと思われた時だった。


 グサッ!?


 舌が切れる音がした。プクロウは、レオの背中にある聖剣を手に取って、間一髪のところで大蛙の舌を切断していた。


「どんなもんだ!大蛙。舌を切られた感想は?」


 プクロウは、聖剣で大蛙の舌を切断し、調子に乗る。


「ゲロゲロ。ほんとに舌を切るとか、あり得ないゲロ。痛いゲロ。再生するのに3日はかかるゲロ。もう痛いのは嫌ゲロよ。今日のところは見逃してやるゲロ」


 大蛙はそう強がると、一目散に泥の中に潜り何処かに去って行った。

 

「ありがとう。助かったぜ、二人とも。二人が助けてくれなかったら、今ごろ沼の中でお陀仏してたところだ」


 レオは、助けてくれた上野とプクロウに感謝の言葉を述べる。


「ほんとに無事で良かった!絶対に、3人で村に帰るんだからね」


 上野は、レオの無事な姿を見て安堵の表情を浮かべる。


「死亡フラグっぽい発言だな。まあ、俺たちならそんな死亡フラグなんてへし折って村に3人で帰っちまうがな」


 プクロウは二人を乗せて飛行しながら、言った。


「ああ、魔法の杖を手に入れて、村に帰ろう。魔法の杖が刺さってる岩にたどり着くぞ」


 レオも、3人で村に無事に帰る決心をした。


 プクロウは、岩までたどり着くと、足を生やして着陸する。背中に、乗っていた上野とレオの二人は、岩に降りて魔法の杖のところまで近づく。


 これが魔法の杖。


 かつて、茨の女王に立ち向かった伝説の魔法使いが使っていたという。


 上野は、岩に刺さる魔法の杖を眺める。


「この魔法の杖、かなり年季が入ってるな。伝説の杖って感じがぷんぷんするぜ」


「誰が引き抜く?」


 レオは、上野とプクロウに相談する。


「そりゃー俺だろ」

 

 食い気味に、プクロウが言った。


「そうね。プクロウのおかげでさっきは、助けられたし。それでいいと思う」


 上野は、プクロウが魔法の杖を抜くことに同意する。


「まあ、今回はお前に譲ってやるよ。あかりも、言ってるしな」


「じゃあ、決まりだな。俺が引き抜くぜ」


 プクロウは魔法の杖を引き抜いた。すると、魔法の杖が目が眩むような凄まじい光を放つ。


「おお、すげー!伝説の魔法の杖だ!」


 プクロウは、喜びの叫びを上げる。だが、喜んだの束の間だった。杖は急に光を失い、ぼろぼろに朽ち果てていく。


「えっ、おいおい。どういうことだよ。こりゃ」


 朽ち果てていく杖を、放心状況でプクロウは眺める。


「何してるんだ!プクロウ!何をしたらそうなるんだ」


 レオは、せっかく手にした杖が朽ち果てるという悲惨な光景を目にし、叫ぶ。


「俺が知りてーよ!どうなってんだ」


「落ち着いて。声がする」


 上野は、何処からか声がして二人に叫んだ。二人は黙り込み耳を澄ます。


「魔法の杖を求める貪欲どんよくな者たちよ。お前たちが本当に、魔法の杖を持つにふさわしいものか試させてもらう。いざ、地下の世界ヘ誘わん」


 何者かの声がしたかと思うと、3人が乗る岩があっという間に沼に沈む。


「俺だけでも飛び立って、ゴボゴボゴボゴボ」


「おい、なんて言った、ゴボゴボゴボゴボ」


「言い争っている場合じゃ、ゴボゴボゴボゴボ」


 3人は、飛び立つ時間もなく、瞬く間に沼に沈んでしまった。


 3人で無事に村に帰れると思ったのに。


 まさか、こんな結末になるなんて……。


 沼に沈んでいく最中、上野たちは意識を失う。

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