第29話
平坂に西園寺が同行すること、そしていつ行くかの日程を電話で伝えてから数日。三人は島部の運転する車と共に駅前で平坂を待っていた。
平坂は待ち合わせ時間の数分前に駅前に現れ、岡崎達を見つけると朗らかな笑顔を浮かべながら手を振る。彼女の服装はフェミニンなワンピースで、今からオカルト的な散策に行くようには見えない。
「おはようございます、いい天気で良かったですね」
「そうですねえ、四茂野村は山の中ですもんねえ。雨だったりすると散策に困りますし」
「道中の運転の心配もしてくれ」
「先輩のドラテク、期待してますよ!」
「ニコシマのドラテクは置いておくとして、四茂野村はどの方向かしら。一応調べてみたけれど、具体的な情報はヒットしなかったわ」
「もう地図から消えている集落ですから。私のナビなしでは向かえないかと」
平坂はなんでもない様子でそんなことを口にしてから、当然のように助手席へと乗り込む。島部は一度だけ髪をぐしゃりとかき混ぜてから、溜息とともに車に乗り込む。
オカルト研究部の部室に来た時からそうだが、平坂は四茂野村へ行くこと以外をあまり考えていない様な節が見られる。思考の中心に四茂野村があり、その他はそれに付随するようなものの言い方をする。
よっぽど四茂野村が気に入ったのか、はたまた何か理由があるのか。そこまでは分からないが、地図から消えた村へ誘うあたり普通の感覚をした人間でないことは確かだろう。
岡崎と西園寺は後部座席に乗り込み、シートベルトを装着した。岡崎は車が発信する前からお菓子の袋を開けて、口いっぱいに頬張っている。遠足気分なのか、何とも気が抜ける光景に西園寺は頭痛がしたような気がした。
車はゆっくりと発進し、平坂の案内通りに首都高速へ乗る。しばらく高速道路を走った後、水込村同様周囲に山しかないようなインターチェンジで降りて山へと向かって走っていく。
どんどん対向車が少なくなる道に不安感を覚えながらも、平坂の明瞭なナビに間違いは無いのだろう。時折跳ねる車体と、散らばるスナック菓子。
岡崎はまるで映画でも見ているような気軽さでスナック菓子を口へ運んでいるが、車は鬱蒼と生い茂る木々の間を縫っている様な悪路を進んでいる。野生動物の死体などが転がり、腐敗しているその道の先を平坂は案内し続ける。
「平坂さん、でしたっけ? ホントにこの道であってんすか?」
「はい、合ってます。この先真っ直ぐ行ったところに四茂野村はあるんです。大丈夫ですよ、ここまで一本道だったじゃないですか」
「だから俺は心配なんすけどねえ……」
「まあ行き止まりなら戻ればいいじゃないですか、ニコシマ先輩。オカルト的収穫がなくても、都市伝説の証明ってことで一つ、ね?」
「呆れた、貴女そんないい加減でよろしいの? 一応オカルト研究部なのでしょう? 部員二人しかいらっしゃいませんけど」
「ライトな層は求めてないんですよ、うちは。本物引いちゃうことが多いんで。先輩も水込村で分かったと思いますけど、あんな気楽さで本物が飛び込んでくる部活にライトな層入れたら人死でますよ?」
「……貴女その自覚があるのなら、わたくしを巻き込むのをお止めなさいな! わたくしはオカルト研究部でもなんでもありませんのよ!? あくまでただの協力者ですの、命の危険に晒されたくなんかないですわ!」
「まあまあ、そう言いつつも先輩なんだかんだ楽しんでるじゃないですかあ」
呑気にスナック菓子を咀嚼する岡崎に、西園寺は頭を抱えたくなった。何を言おうとこんな様子でのらりくらりと交わし続ける岡崎に、西園寺は何も言えずじまいだった。
そんな会話を続ける二人をおいて、車は進み続ける。もうすぐですよ。そんな平坂の言葉に従うように、じっとりと湿り薄暗かった木々が開ける。
木々が開けた先は、少し田畑が目につくものの開発の手が入ったニュータウンのような出で立ちをしていた。ぽつぽつと建つ家は集落の中心部に行くにつれその密度を増し、時折商店なども見受けられる。明らかに人の営みがある場所そのものであった。
「わ、本当に村がありますねえ……ここ本当に四茂野村なんですか?」
「はい、ようこそ四茂野村へ!」
「そういやアンタこの村に移住するんだったか、家はどっすか。そこに停めるんで」
「私の家はそこの角を右に曲がった青い屋根の家ですよ」
平坂の案内通りに道を進めば、少しすると青い屋根の家が見えてきた。一人で住むには少し手に余りそうな家で、駐車場には一台も車が停まっていない。
こんな山奥なら車の一台でもあって然るべきだろうが、車の運転をこちらに頼んでいたところを見ると彼女は運転免許を持っていないのかもしれない。
村で暮らすには運転免許は必須だろうに、そんな気軽に移住を考えていいものか。島部と岡崎が疑問に思っているうちに車は駐車場で停り、平坂が軽い足取りで車を降りた。
「ようこそ、私の家へ! まだ片付けが終わってないので恥ずかしいですが、こちらが引越し先の家になります」
満面の笑みで言う平坂は嬉しそうで、岡崎は疑問に思いながらも車を降り、家を見上げた。
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