第28話
平坂の部室来訪から数十分後。岡崎は図書館で西園寺の姿を探していた。大学院生である彼女は、文献探しで図書館にいることが多い。探せばいるだろうというなんとなくの根拠の元、岡崎はきょろきょろと図書館内を見渡していた。
しばらく見渡していると、奥まった本棚に隠れるようにして西園寺の姿を見つけた。手には数冊本があるだけ、今日も文献を探しに来ていたのだろう。
「西園寺先輩」
「あら庶民、今度はなんの用かしら」
「一度行くと帰って来れない集落って、興味ありません?」
「また村なの? また依頼なのかしら?」
「依頼というか、お誘いですね今回は」
「お誘い、ねえ」
西園寺は横目に岡崎のことをちらりと見てから、また本棚へと視線を戻す。話を聞きながら文献を探しているらしい。
岡崎は周囲の迷惑にならないよう、多少声を落として四茂野村のことを西園寺へ話した。一度行くと戻れない村であること。戦争で爆撃にあい、焼け野原になってしまったこと。村への道は悪路しかなく、インターネット上でまだ誰も辿り着いた人間がいないこと。
それらを話している間も、西園寺は本棚から本を取りだし少し読んでは戻すを数回繰り返していた。あまり興味自体がないらしい。だが岡崎はめげずに話し続けた。
「どうですか、先輩。一緒に行きませんか?」
「水込村であんな目にあったのによく行こうなんて思えるわね?」
「え、そうですか? オカルトのあるところに私ありですから! 面白そうなことには積極的に係わりますよ?」
「今度は戻って来れない村なんでしょう? 無事に生還できる自信はあって?」
「ありますよ! というか、生存率を上げるために先輩に来て欲しいんですから!」
「呆れた! あなた自分の力だけで生還するつもりはないの!?」
「ありますよう、ありますけど力を借りたいんです!」
「はあ……。わたくし、貴女と知り合ったことを今心底後悔していますわ」
「なんで後悔するんですか、楽しいじゃないですかあ」
「お黙り!」
西園寺は本を突きつけながら岡崎を睨む。その剣幕に押され、岡崎はつい両手を上げながら一歩後ろへと下がった。
突きつけられたのは社会心理学の分厚い本で、少しでもかすれば怪我をしていただろう代物だ。それを片手で突きつける西園寺の握力と腕力に感心しながら、岡崎は上目がちに西園寺の様子を伺った。
西園寺はほぼ無表情で岡崎を見下ろしている。四茂野村の話は響いてないらしい。水込村の件があった以上、誘うのは難しいとは思っていたがここまで警戒されているとは思わなかった。
西園寺の力が借りられないとなると、島部と二人で四茂野村へと行って帰ってこなくてはならない。それは少しだけ不安だった。故に何としても西園寺の力を借りたいところだが、この様子では何で力を貸してくれるかが分からない。
岡崎は手を上げたまま口を開く。
「今回も車ですけど、多分何とかなりますよう。水込村みたいに泊まりで行くわけじゃありませんし……」
「わたくしは大学院の提出物で忙しいのよ、貴女のオカルト趣味に付き合っている暇はなくてよ」
「そこをなんとか……ね、先輩! 今回はニコシマ先輩も一緒なんですよ、三人ですから何かあっても何とかなりますって!」
「……ニコシマが行くの? 彼、依頼人は見たかしら」
「え? はい、見てましたよ?」
「彼なんて言ってたの? あと、依頼人からニコシマは見えていたかしら?」
「あ、そう言われてみると、平坂さんからニコシマ先輩は見えてた見たいですねえ。声も聞こえてたみたいでした、普通に接してましたよ?」
「ふうん、そう……。それなら同行してもいいかもしれないわね」
「えっ、なんでですか!?」
「彼が正常に見えているということは、オカルト関連の話でないからよ。それだけに決まってるじゃない」
オカルト趣味で命を危険に晒したくないのよ、趣味はたかだか趣味よ。
西園寺はそう口にすると、数冊の蔵書と共に貸し出しカウンターへと歩いていく。岡崎がその後を追えば、貸し出し処理の終わった本を持った西園寺と目が合った。
彼女の目は怒ってもおらず、ただ平静が浮かんでいるだけだった。先程の言葉は本音らしい。
この先、先輩誘いにくくなっちゃったなあ。岡崎は頬を掻きながらそんなことを思った。岡崎の内心を知らない西園寺は、そのまま図書館を抜け部活棟へと足を進める。
時折在校生に声を掛けられて挨拶をしながら到着した部活棟の四階、その奥に位置するオカルト研究部の部室扉を彼女は力いっぱいに開いた。
「ごきげんよう、庶民」
「……こりゃ珍しいお客さんなもんで」
「綾から四茂野村の話をいただいたものだから。貴方も行くんですってね、ニコシマ?」
「えー、まあ、はい」
「貴方から見て、今回の件はどうなのかしら? オカルト絡みに思えるのかしら」
西園寺はそう言いながら、岡崎が開いていたパイプ椅子へ勝手に腰掛けて足を組んだ。岡崎が彼女に追いつく頃には、そこが西園寺の特等席であるかのような風格を帯びながら彼女は座っている。
島部は色素の薄い長い髪の下で目を少しだけ泳がせてから、その上体を起こして髪をぐしゃりと一度かき混ぜた。そしてソファの上であぐらをかきながら口を開く。
「まあ、オカルト絡みの話は話でしょうけど。水込村よりはオカルト度的には薄いんじゃないかなーと俺は見てますけど」
「その根拠は?」
「水込村の時は、依頼人に俺認識されてなかったんで。今回はいちおう正常に認識されてるんで、血脈とかそういう深いところの話ではないかなって踏んでるんすよ」
「なるほど? 続けて」
「それに、四茂野村に行って戻ってくるなんてほぼ不可能なんで。どっかしら間違った村に行って、それを四茂野村に行ったんだって間違えてる説が一番可能性としては高いかと? まあ本人にそれ言ったら否定されましたけど」
「そうなの。貴方がそう言うなら、それを信じることにするわ。喜びなさい綾、同行して差し上げますわ」
「え、ホントですか? 同行してくださるのは嬉しいんですけど、私の言うことに信頼性がないのにちょっと傷つきました」
「お黙りなさい、前回あんな目にあったのよ。貴女の言葉が信じられると思う?」
「それは、そのー……」
岡崎は反論できず、言葉を濁して視線をさ迷わせた。西園寺はそれ以上岡崎を詰めることなく、腰をあげる。
じゃあ日程が決まったら連絡して頂戴。
そう言い残して颯爽と部室を後にする。部室に残された岡崎と島部はお互い視線を合わせ、困ったかのような表情を作るので精一杯だった。
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