第18話
梶野の案内で到着した柳田医院と思しき場所は、外装にヒビが入り、中に入るのを躊躇いそうなほど中が暗い建物だった。梶野が手術をしたというだけ、入院施設を備えているのだろうがあまりお世話になりたいとは思えない外観に、岡崎と西園寺は少し中に入るのを躊躇った。
「思ったより大きいですね……。村の診療所、みたいなのをイメージしてました」
「わたくしもよ、でも出来るなら世話にはなりたくないわね。中が伺えないってよっぽどでしてよ。医療機関として入りづらさを感じさせるのはどうかと思いますわ」
「お嬢さん方、散々な言いようじゃねえか。まあ俺も同意見だが」
突然割って入ってきた男性の声に警戒しながら周囲を見渡せば、煙草を咥えながら手を振る白衣姿の男性がこちらへ向かって手を振っている。だらしなく背中を壁に預けている姿を見ると、医者だとは思えないくらいだ。
梶野の手術をした医師というのは、この男のことなのだろうか。加えて、教会の日誌にあった出戻りの若造というのもそうなのだろうか。もしそうなのだとしたら話を聞かねばならないが、漂う胡散臭さであまり話を聞きたいと思えない。
だが今置かれている状況が状況だ、早く情報を集めるに越したことはない。岡崎は意を決して口を開いた。
「柳田医院に勤めてらっしゃる方ですか? でしたら、カルテ開示をお願いしたくて来たんですがよろしいですか?」
「カルテ開示だぁ? 久々にそんなこと頼まれたな、誰のカルテを見たいって?」
「梶野梨奈さんのカルテを。ここ二十年分お願いしたいんですが」
「二十年分、ねえ。悪いが電子カルテに移行するより前の記述はもうねえぜ?」
「そうですか、では数年前にこちらで手術を受けた際のカルテは残ってますか?」
「残っちゃいるが、カルテ開示で得た情報で何するつもりだお嬢さん方」
「この村に蔓延る呪いについて、それを紐解く為に必要なんです」
岡崎の大真面目な返答に、男性は煙草を足元に落として踏み消しながら笑った。心底面白いものを見たとでも言うような様子で、暫く腹を抱えてげらげらと無遠慮に笑い続ける。
笑われるのは慣れっこではあるが、いい歳をしているであろう男性がこうも無遠慮に笑うのは初めてだなと、岡崎はぼんやりと思った。同級生に馬鹿らしいと笑われることは何度もあった。その度愛想笑いを浮かべながら笑ったのは吐き気がするような思い出だ。
そんなにオカルトを追うことはおかしなことだろうか。アイドルや俳優を追いかけるのと何が違うというのか。好きな物を追って、理解したいと思う気持ちのどこを笑われなければいけないのか。岡崎には分からなかった。
男性がひとしきり笑い終えたタイミングで、西園寺が口を開く。その口調からは明らかな怒りが見て取れた。
「そうも笑われることかしら。患者本人がいる前でよくそんなに大口開けて笑えましてね」
「いやあ、呪いの解明とはな、はは、こりゃ大物だ」
「貴方がどう思おうが勝手ですけれど、医者なのでしょう? でしたらもう少し傾聴をすべきかと思うわ、仕事の内でしょうこれも」
「おや、難しい言葉を知ってるようで。残念ながら今は休憩時間でね。傾聴をする必要はそうないんだよ」
「……それを抜きにしても、他人を笑うのは人間としてよろしくないのではなくて? 心底軽蔑しますわ」
「軽蔑されても別に俺は困らないからいいけど。で、カルテ開示だっけ? それなりの金額するけどお嬢さん方手持ちはあるわけ?」
「ありますわ。小切手でよろしいかしら」
「おっと、そこまでの大金をもらおうってんじゃ無いがまあいいか。ほら入りな、カルテの内容を喋ってやるよ」
男性はそう言うと、白衣のポケットに手を突っ込んで歩き出す。不信感はまだ消えないが、カルテ開示をすると言っているだけ着いていっていいものか。岡崎と西園寺は困惑したままではあったが、その後をついて行くことにした。
病院内は休憩時間だからなのか、それとも単に患者が少ないからなのか電灯が最低限しか付けられておらず、暗くもの寂しい印象を受ける。ポリ塩化ビニルの床がてらりと照り返す僅かな光が不気味に見えて仕方がない。
外装にガタが来ているのと同様に、内装にも細かなヒビや劣化が見られる病院内は、もう少ししたら廃墟になってもおかしくないような危うさの元で成り立っているような印象を受ける。こんな場所で手術を受けた梶野の体調が心配になりつつも、診察室へ入った男性の後を追った。
「梶野梨奈、ね。神凪さんとこの一人娘だったな」
「え、あ、はい、そうです」
「ここで手術を受けたのがまあまあ昔だな、俺が執刀してる」
「なにか印象深い出来事でもありましたか?」
「ああ、そりゃあったよ。なけりゃ忘却の彼方だな」
「それについてお伺いしても?」
「構わねえが、当の本人が居る前で喋っていいのか? 割とショッキングな内容だぜ?」
「大丈夫、です。何があったか、知りたいので……」
「なら話すがな。お嬢ちゃんは表向きには腹部の腫瘍を切除したことになってる。だが俺が切除したのは別のもんだ」
ーー小さな人間の頭部だって言えば、お嬢さん方は信じるかな?
椅子に座ってカルテを操作しながら放たれた男性の言葉に、梶野は絶句した。それはそうだろう、そんなこと普通は想像もつかないことだ。
だが岡崎と西園寺に関しては、顔色一つ変えることなくその言葉を受け取っている。まるで想定していたかのようなその様子に、男性の顔に少々困惑が滲む。
「おや、そっちのお嬢さん二人は驚かないのか」
「まあ、そういうことがあったのであれば仮説が立てやすいので。双子を捧げるのが好ましい、なるほど。これで何となく線で繋がりました」
「ここの宗教の話か? 医療に宗教の話題を結びつけるのはタブーだぜお嬢さん」
「これが結びつけないと我々の命が危ういものでして。ねえ先輩」
「ええ。一応先生にご確認だけれど、それ寄生性双生児と捉えてよろしくて?」
「医学に明るいとは驚きだな。そうだ、そう捉えていい」
「ならその前段階としてバニシングツインが起きているという認識でよろしいわね?」
「ご名答。いやあ、頭がいいなお嬢さん」
男性がおちゃらけた様子で両手をあげる。西園寺はその様子に少し表情を歪めたがそれ以上何も言いはしなかった。
バニシングツインとは、妊娠初期に生じる現象であり、亡くなった胎児が死産されず子宮に吸収されることで起こる現象のことを指す。
加えて寄生性双生児というのは、バニシングツインによって消失した胎児がもう一方の胎児の体内に宿ってしまう現象のことを呼ぶ。
そこから導き出される答えは一つ。
ーー梶野梨奈は双子であった。
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