第13話
「こちらは教会とお伺いしましたが、合ってます?」
「はい、水込村唯一の教会ですよ」
「それにしては礼拝堂やホールなんかが見当たりませんわね。どこか別の建物にございますの?」
「いえ、特にそういった施設は設けておりません。ここは単に事務作業をする場ですから」
「神様にお祈りを捧げたりはしないんですか? どの宗教でも、祈ったり拝んだりするものではないですか?」
「それは個人の家でお願いをしています。ここはすかわて様関連の事業を行う際、相談所として使えるように解放している場所にすぎません」
なんとも的を射ない返答だった。教会と銘打っておきながら、御神体や御堂がある訳では無い。ただの公民館と等しいその施設に、岡崎と西園寺は不信感を覚えた。
教会だと村に住む人間が認識しているのだから、何かしら宗教的な施設が存在しているに違いないと思ったのが的外れだったのだろうか。それとも、また隠されているのか。どちらかと言えば後者の方が可能性としては高いだろう。
彼女らがそんなことを考えていることなど露も知らず、普段着姿の女性は笑みを崩さずに言葉を続ける。
「梨奈ちゃんの成人のお祝いで何をするか、相談をしたりしたのがここです。すかわて様は大いに喜んでいらっしゃいますから。盛大にお祭りをするのが良いでしょうと、色々と相談をしたんですよ」
「具体的にどのようなことをするか、お伺いはできるかしら」
「生憎、当日まで本人には何をするのか伝えないお祭りですから。内容はお話できません」
「じゃあせめて、いつ頃お祭りがあるのかとかは聞いてもいいですか? 梶野さんのお誕生日にお祭りがあるとして、お昼ぐらいにやるとかそれくらいなら……」
「……そうですね、その程度なら良いでしょう。夕方頃からお祭りをする予定です。必ず神凪さんの家にいてくださいね、お迎えにあがりますから」
「なるほど、夕方ですね? ありがとうございます」
タイムリミットは二日後の夕方。それが聞き出せただけでも報酬と見るべきか。岡崎は引き際を考えながら、他にどう話題を切り出すべきか悩んでいた。
あまり込み入ったことを聞き過ぎれば、相手から不信感を抱かれてしまう。村というコミュニティにおいて、不信感というものは非常に宜しくない。信用に常にデバフがかかった状態で調査をするのは、難しいこと上がない。
最終的には島部を頼ればいい話だが、既にこの辺りの慣習について調べるようにお願いをしている以上、またタスクを増やすのはあまりに彼を酷使しているような気がして気が引ける。彼の性格上、断りはしないだろうし、それにも尽力をしてくれることだろう。
だからこそ頼りすぎるのに気が引けるのだ。このなんとも言えないもどかしさで岡崎はどうにも心の置き場所がなかった。
西園寺が何か言いかけた時、それを遮るように女性が口を開く。そろそろ祭りの準備があるから失礼しても良いか。そんな言葉の後、初めて気色の悪い笑顔が少し崩れて、くしゃっとした申し訳なさそうな顔になる。
情報を引き出せるのもここまでか。西園寺と岡崎は諦めて頷き、先を促した。女性は申し訳なさそうな様子をして、足早に教会を去っていく。
教会内に残されたのは三人だけになったところで、岡崎は周囲を見渡しておもむろに近くにあった本を手に取った。その行動には西園寺と梶野がぎょっとした顔をし、それを諌めるように声をかける。
「綾! 貴女手癖が悪くてよ! おやめなさい!」
「そ、そうですよ、先輩……! 勝手に資料を見るのは良くないです……!」
「でもこの機会を逃したら何も分からないままじゃないですか! 大丈夫ですよ、元あったように戻せば誰も分かりっこないですから!」
「貴女ねえ……! バレなければ犯罪じゃない、みたいな屁理屈を言うのはおよしなさい!」
「屁理屈じゃなくて事実じゃないですか、実際。……それに、案外これ、私達が欲しい情報がピンポイントで書かれてるみたいですよ?」
ーー教会の日誌みたいです。古いものと新しいものが混合して出されてたみたいで、ちょうどこの辺りの年月日に気になる記載があるんです。
岡崎は悪びれることなく手にした日誌を二人へと示した。梶野と西園寺はバツの悪そうな、申し訳なさそうな顔をしながら仕方なく日誌を覗き込む。そこにはこんな記載があった。
□■□
二十年程前の日誌。
○月×日
巫の咲穂が子を成した。どうやら双子らしい。
第一子の時はとんだ期待はずれをさせられたものだが、今回は絶好の捧げ物になるだろう。
△月□日
神子の一人が消えたと病院より連絡があった。
何年振りかの双子の神子だったが、消えたのであれば仕方がない。幸い残った方は女だそうだ、捧げ物にするのに問題はないだろう。
今から七年程前の日誌。
◆月◎日
風嵐の娘が“呼び声”を無視して村から逃げた。誰かが手引きをしたに違いない。
これでは今年の“成人の儀”を行うことができない。なぜ実を逃すことが出来たのか。
どちらにせよ、あの家の神子はもういない、子が生まれなければあの家もこの村で生かしておく理由はない。
もし戻って来るようなことがあれば、あれは余所者だ。
今から三年ほど前の日誌。
☆月○日
巫の神子の腹の中に消えた神子の一部がいたようだ。
出戻りの若造だが、腕は確かだ。確かに赤子の頭部があったと報告があった。
あの娘は生まれながらにして巫の神子として、役目を果たす実であった。
☆月■日
風嵐の女が戻ってきた。作家だとか抜かしてはいるが、この村に何かするつもりで帰ってきたのだろう。
現時点では特に何か悪さをするでもなく、以前と同じ村外れの家でおとなしく暮らしているが今度は何をしでかすつもりか。
何かする様子があった場合は、必ず止めること。
やむを得ない場合は殺害も許可すると村全体へ周知しなくては。
□■□
神子。実。呼び声。“成人の儀”。
気になる単語が多く記載された日誌に、西園寺はもちろん梶野の目も釘付けになった。村ぐるみで何かを企んでいることが明白なそれらを目にし、梶野は気が遠くなるような、全身から血の気が引いていくような気がした。
西園寺は日誌の内容を舐めるように読み、こう口にした。
「誰かの手引きがあれば、この村からは逃げられそうですわね。この呼び声が何を指すのか分かりませんけれど、わたくし達を待ち構えている奇祭からは逃れられるということね」
「実際に逃げたって記載のあるこの風嵐さんという方に、一度お話をお伺いするのがいいんじゃないですか? こういうのは張本人に話を聞いた方が早いと思うんですよね」
「でも個人の家までは流石に梨奈も分からないでしょう? 近くで聞き込みをして場所を探るしかなさそうね」
「すぐに向かえないのが歯がゆいですが、仕方ありません。聞き込みをしながら、風嵐さんを伺うことにしましょう!」
「その前にそろそろ昼食の時間ね。一度家に戻りましょう」
西園寺の言葉に梶野と岡崎は頷き、神凪家への道を引き返し始める。そんな三人の背中を、近くにいた住民がじ、っと見つめていた。
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