零気オカルト忌憚
鮎川キナノ
水込村の怪
第1話
ーー岡崎、客だ。
そんな電話を受けたのは、春休みの最中だった。春休みだと言うのに律儀に大学へ登校し、開かれている図書館で適当に本を読んでいた女学生、岡崎綾は少し驚いて電話越しに誰が来ているのかと声を小さくして問うた。
電話の向こう側では、やる気のなさそうな声がオカルト研究部の部室を訪れたらしい学生の特徴を並べる。
黒髪を背後で三つ編みにし、オーバーサイズのセーターを着た女学生。俺のことが見えてないあたり、客で間違いないだろうな。
その言葉を聞いた岡崎は、持っていた本を貸し出しカウンターへと持って走り貸し出し処理を行ってから図書館を弾けるようにして飛び出した。
何階建てにもなった図書館の螺旋階段をぐるぐると巡りながら降り、ある階で連絡通路に向けてその足を伸ばす。連絡通路を抜けた先、うららかな春の陽気が差す外部通路に出てから。真っ直ぐ伸びた本館への道とは別に右に逸れる道をずんずんと進んでいく。
少し進めば安っぽいトタンで作られた屋根が彼女を迎え、少し老朽化の進んだ何の変哲もない棟へと繋がる。そこは学生の間で通称部室棟と呼ばれる、運動部文化部問わず部室が固まっても受けられているいわば大学のサブ施設であった。
連絡通路から部室棟に入った岡崎は、すぐ近くにある階段を二階分上って四階へと辿り着くと今度はその奥をめざして足を進める。
彼女の足がやっと止まった場所には、ルーズリーフに雑な字で「オカルト研究部」とだけ書かれた質素な扉があった。岡崎はノックすることも無くその扉を開け、部屋の中へ視線を巡らせる。
床に散乱するポテトチップスをはじめとしたスナック菓子のゴミの山と、エナジードリンクの缶の山。そんな中に似つかわしくない修復中の古書が紛れ込み、部屋の中は混沌を極めていた。
どこから拾ってきたのか覚えてすらいないソファと、他の部が使わないからとゴミに出そうとしていたのを譲り受けた机。それからどこからともなく先程の電話相手が持ってきたパイプ椅子が数脚。
本棚なんかの収納は存在しないため、漫画本や専門書なんかの類が床に積まれている。積まれたそれらには埃が積もっていないあたり、定期的に読まれているのかはたまた最近ちょうど読んだところなのか判断がつかない。
最近の部活棟でゴキブリがよく出るという話は、大方この部室が原因なんじゃなかろうか。そんなことを思いながらも、岡崎はそんな部屋の中に佇んでいる女子学生へと目を移す。
電話で聞いた通りの特徴をした女子学生が、どうしていいやら分からないのかおろおろとした様子でそこに立っていた。足の踏み場もない部室の中でも、比較的ゴミの少ないところを選んで立っているあたり今すぐどうにかして欲しいほどに逼迫してここに来たわけでは無さそうだ。
岡崎はソファで横になってスマートフォンを弄っている男子学生に溜息をひとつついてから、落ち着かない様子の女学生へと声をかける。
「オカルト研究部にご用ですか? 入部希望者でしたらこの惨状に耐えられる方のみの受け付けになりますけど」
「あ、いえ、その入部希望ではないんです。……なんと言えばいいでしょうか、その、笑わないで頂けると助かるんですけど」
「なんです? オカルティックなことに悩んでらっしゃるとか、でしたら私は大歓迎ですよお!」
「俺は厄介事持ち込まれるのは御免だけどな」
「ええと、その、その通りでして……。悩んでいる、困っていると言うよりは、どうしていいのか分からないが正しいんですが……」
「と言うと? ……あ、自己紹介が遅れました、私岡崎綾と言います! 今年で四回生になります」
「俺は島部笑太郎。……まあ聞こえちゃいないだろうが」
「あ、わ、私は梶野梨奈と申します。今年で二回生になります」
梶野と名乗った女学生は、まだおろおろとした様子のままでぺこりと頭を下げる。さらりと前髪が音を立てて流れ落ちる。それを見て慌てて岡崎は頭を下げた。
頭をあげるのは岡崎の方が早かった。高い位置で縛られたポニーテールがゆらゆらと揺れ、前髪を留めているお化けのヘアピンがてらりと部室内の光源を照り返す。
岡崎の黄色い目が梶野をじっと捉えている。岡崎の真っ直ぐな視線が居心地悪いのか、梶野は頭を上げてから落ち着きなくそわそわと手や足を動かし、どう話題を切り出していいのやら悩んでいるようだった。
そんな梶野に痺れを切らしたのか、島部が面倒くさそうに寝転がったまま口を開く。
「岡崎、何でオカルト研究部に来たのか聞け。これじゃ話が一向に進まねえ」
「あっ、はい! ええと、梶野さん。なんでうちに来たんです? 何を聞いてオカルト研究部に来たのか知りませんけど、なんでも出来るわけじゃないので一応お伺いさせていただきたいんですけど……」
「あ、そうですよね、すいません……。ええと、岡崎先輩はオカルト研究部にいらっしゃるので、オカルト的なものが好きだと思うんですが、奇祭と呼ばれるものはお好きでしょうか?」
「奇祭、ですか? もちろん好きですよ! オカルティックでとっても好きです!」
「でしたら、その、奇祭が行われるので一緒に着いてきてくださいませんか」
「私が、ですか? よく話が見えないんですけど、私は構いませんよ?」
「ああ良かった……! 友達と一緒においでと言われてるんですが、如何せん、その、私は人見知りで……友人と呼べる人がほとんどいなくて困ってたんです」
梶野は初めて安心したかのように笑った。今まで変に張りつめていたからなのか、力が抜けた彼女の笑みは年相応と言うには少し幼く可愛らしい。学生証が無ければ恐らく高校生に間違われるだろう。
これは少し話が長くなるかもしれない。岡崎はそう思って、詳しく話を聞く前に比較的綺麗なパイプ椅子を梶野に勧めた。梶野は申し訳なさそうな様子でパイプ椅子に行儀よく座り、岡崎の方を見る。
岡崎も畳んであったパイプ椅子を開き、適当な位置に持ってきてから梶野へ詳しい話を聞くために話を促した。
梶野は岡崎に促されるがまま、口を開きこんなことを話し始めた。
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