第三十四話 サイのグルメ
「エナムさん、お久しぶりです」
大きな体から、甲高い声が響いていた。
その顔も大きく、顔の中央からは巨大な角が生えている。全身は銀色で、穏やかな目をしていた。
女性的な声とも思えるが、男性のような太さも混じっていると感じる。正直、私には目の前のサイの仔、ソーラ・ユニコルニスが女性とも男性とも判断できなかった。
自己紹介しておこう。
私の名前はエナム・バンテン。野牛の仔だ。ここアニマルアカデミーでさまざまな動物たちの食レポを集めている。
今回はサイの仔のソーラが対象というわけだ。
サイは奇蹄目に属する馬の仲間である。蹄の数が奇数であることにその名を由来し、馬は一本、サイは三本。ただ、バクは前肢が四本で、後肢が三本だ。
走力を上げるに当たり、一本の蹄で走ることが有利だというのが理由だが、サイは走力よりも体の大きさと頑丈さでその地位を築いている。
「そうは言いますけどね、私たちはエナムさんたち偶蹄目の草食動物に追われて、その数を減らしちゃったんですけどね。サイだって、本来は世界中に分布する覇権種族だったはずなのに、偶蹄目の草食動物たちには勝てなかったんです」
我々牛に代表される偶蹄目は胃の数を増やし、効率的に消化を行うことができる。そのシステムは芸術的なほどで、無駄なく植物の栄養素を分解し、ほとんど余さずに体内に吸収するのだ。
それによって数を増やし、種類を増やし、奇蹄目の動物たちを追いやってしまったのだろう。しかし、それもまた生物の進化においては自然なことなのである。
「あはは、まあ、そんなこと言ってもしょうがないですよね。今となっては意味のないことです。
だって、とっくに当時の生物たちは死に絶え、地球は新しい生態系に移行しているんですもの。それがどんなものなのか、アニマルアカデミーでは知ることができないけど」
なんとなく、ソーラの言葉に不穏なものを感じた。アニマルアカデミーの外のことなんて、考えるべきではない。
私たちはアニマルアカデミーの施設によって生存できているのだ。その程度には不自然な存在であることは自覚している。
「そうかなあ、それはわかんないでしょ。そりゃ、死んじゃう仔もいるかもしれないけど、その中で生き残っていく仔たちもいるんじゃないですか。
それもまた、生物の進化の形だと思いますけど」
ぞくっ
怖ろしいものを感じる。そんなことは考えるべきではないだろう。
生物は死なないために行動するものだ。ならば、生存に最も適した場所であるアニマルアカデミーから出るべきじゃない。それは不自然な行動だ。
「あはは、冗談ですよ。でも、いろんな可能性を考えるのは悪いことじゃないと思いますけど」
本当に冗談なのだろうか。シンクエにも似た穏やかな目をしているが、どこか得体の知れないものも感じ始めていた。
まあ、気にしないことにしよう。私はソーラを促すと、ジェーデンの
◇
カランカラン
食堂の扉を開けると、備え付けられた鐘が鳴った。それを聞いて、ジェーデンの女将さんが厨房から顔を出した。
「あらぁ、エナムちゃん、ソーラちゃん、いらっしゃい。今、お料理を作っているのよ。席で待っててね」
女将さんの言葉に従い、私とソーラは適当な席に座ることにする。
「この食堂に来たの久しぶり。前はシンクエさんと来たかな」
ソーラが呟く。同じ奇蹄目であるし、シンクエと仲がいいのだろうか。
「え、いや、そんなに仲良しってほどじゃないけどですね。でも、シンクエさんってあれで面倒見いいじゃないですか。だからかな」
シンクエの周りには自然とさまざまな動物たちの仔が集まっている。そんな印象があった。本人は不愛想だけど、愛嬌もあるからかもしれない。
派閥というほどのものではないかもしれないけど、ソーラはシンクエ派といえるかもしれない。
「あはは、やめてくださいよ、それ。でも、そんなこと言ったら、
そういえば、シャチのソラークなんかは、三津さんからの伝言を私に伝えてきたりしたな。確かに、海洋生物を中心に、三津さんは動物の子たちを指導しているみたいだ。
それを言えば、最も多くの動物たちの仔を集めているのは……。いや、これは言わなくていいか。
「そうですよ、ここでこんな話はまずいです」
ソーラは小声になった。何かに気を使っているようだ。
そんなことよりもビールを選ぶことにしよう。私はビールのカタログを手に取った。
「いいですね、ビール! あ、これなんかいいんじゃないですか」
ソーラのテンションが急に上がる。私はそれに同意して、ビールを頼むことにした。
◇
「かんぱーいっ!」
ジョッキに注がれたビールの小麦色の鮮やかさを眺めつつ、ジョッキをかち合わせる。そして、ビールを一息に飲んだ。
「ん? これ苦い」
ホップの苦みが強い。今回はNAGAHAMA IPA specialというビールだ。長浜のクラフトビールらしい。
長浜は豚骨ラーメンで有名な長浜ではなく、滋賀の長浜だろう。つまり琵琶湖の水で作ったビールだ。たぶん。
もう一口飲む。
苦さの奥には透明感のある切れ味と爽やかな香りが感じられた。しかし、いかんせん苦みが強い。この苦さを味わうべきビールなのだろうか。
「お料理ができたからね。まずはサラダからね」
目の前に置かれた皿からは、爽やかな香りが漂う。けれど、記憶を刺激して想起させるのは酸っぱさだった。梅ドレッシングが使われている。
梅ドレッシングの下には大根が綺麗に整えられ、その下には水草が敷き詰められている。
「これはホテイアオイですね。東南アジアではよく見る水草です。私の大好物なんですよ。女将さん、覚えてくれたんだなあ」
梅ドレッシングの酸っぱさに対して、大根のさっぱりとした味わいがよく合っている。噛みしめるごとに酸味が口いっぱいに広がり、それを大根の優しさが中和していった。この感覚は堪らないものがある。
「ホテイアオイもいいですよ。水草の苦みと甘さ、噛み応え。それが梅ドレッシングでポテンシャルを引き出されてるのかな。前に食べた時よりも美味しく感じる。すっごい美味しい」
サラダは瞬く間になくなってしまった。梅の刺激は食欲を促進してくれる。
そこへ、女将さんが新たな皿を持ってやってきた。
「次は煮物よ。お口にあえば嬉しいかな」
煮物の入った深皿を置かれる。私のものに比べて、ソーラの皿は大きい。反芻動物ではない分、量を多く摂らないといけないからだろう。
中にあるのは、にんじん、里芋、ごぼう、レンコン、タケノコ、こんにゃく、それにさやえんどう。茶系の色合いの中で、緑色の印象が強い。それにシイタケと少しの鶏肉も入っている。筑前煮だ。
「これ美味しいですよ。タケノコの歯ごたえが堪らない! 味も良くしみわたってますね」
私も食べる。まずはにんじん。にんじんの甘さと新鮮さ、それが甘じょっぱい味付けとよく合っている。
さらに里芋。柔らかくて滑らかな歯ごたえがいい。淡白な味わいの里芋に筑前煮の味わいが染みわたっている。確かに、これは美味しい。
「ごぼうの固さもいい感じですよ。土っぽい味わいがいいんですよね。旨味もたっぷりですし。
その後にこんにゃくの柔らかさ。でもコリッとした歯応えがいいんです。これも淡白な味ですけど、味付けがしっかりしてるから本当に美味しい」
じゃあ、レンコンかな。これも食感がいい。穴が開いてるからか、しっかりとした歯応えでありながら食べやすい。独特の風味も食欲をそそる。
それと鶏肉。少しなら食べても大丈夫だ。柔らかで旨味がたっぷりで味もしみている。これも美味い。
「旨味でいえば椎茸ですよね。シイタケは水分をよく吸うから出汁もよく吸い込んでます。うん、美味しい。知ってた」
さやえんどうも食べよう。味の濃くなった煮物のなかで一服の清涼剤といえる。
爽やかな風味に歯応えが嬉しく、豆の中には旨味が詰まっていた。これでリフレッシュして、また別の具材を食べる。これは病みつきになるな。
「ほんと、いくらでも食べられそう」
気づいたら、煮物はなくなっていた。
そこに、ジェーデンの女将さんが現れる。
「はい、これで最後。デザートよ」
それはゼリーだった。黄色いフルーツの塊の中心に、黒い果実が添えられている。
マンゴーとイチジクだろうか。
「うわぁ、絶対美味しいやつですよね」
ソーラのテンションも上がる。たっぷり煮物を食べた後のゼリー、お腹いっぱいでも食べたくなるやつだ。
ゼリーを掬う。甘い。それでいて清涼感もある。ゼリーの冷たさが心地よい。
「マンゴーは甘いし、酸っぱさもちょうどいいし、本当に美味しい果実ですよね。それにイチジクも嬉しいです。ドライフルーツのイチジクですけど、美味しさが詰まってるって感じ。本当に美味しい」
◇
この辺りでサイのグルメを締めたいと思う。
馬と同じく奇蹄目の草食動物で、反芻をしない分、量を多く摂る必要があるようだ。それでも、盲腸を発達させ、細菌の生息するゾーンを持つことにより、セルロースを消化し、栄養とする手段を持っている。
偶蹄目の進化と比べると劣勢と言わざるを得ないのだろうが、それでも洗練された進化を遂げた動物でもあるのだ。
では、次回はいよいよと言うべきだろうか、昆虫のグルメに迫りたい。
昆虫は最初に飛行能力を手にした動物であり、その飛行という能力で世界中に分布する覇権生物の一つである。彼らにどんなグルメ観があるのか、興味のあるところだ。
その中でも、今回は最も飛行能力に長けた昆虫というべき、トンボに来てもらいたい。ヤンマのグルメというべき内容になるだろう。
それでは、また来週。この場所、この時間でお会いできるのを楽しみにしている。
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