第3話 思案


(どうして志筑くんは、あんなにあっさり、【魔王】の運命を受け入れられたんだろう……)


 眠気を誘うことで評判の数学教師の単調な解説をBGMに、あかりはぼんやりと思考に耽る。

 【救世主】であるあかりの立場からしたら、海の態度は理想的であると言ってもいい。【魔王】が死ぬことへの抵抗を見せた場合、世界を滅ぼさないためには、【救世主】がその存在を無理やりに害さねばならないからだ。【刻印】を髪一筋でも傷つければそれが為されるとはいえ、非協力的な【魔王】の場合、その難易度は跳ね上がる。


 だから、海が抵抗する様子を見せないこと自体は問題ではない――そう思うしかない――が、『何故海はそうであるのか』が、あかりには気にかかった。それがわからないのは、思想の違いゆえなのかもしれないし、立場の違いゆえなのかもしれない。

 あかりが【魔王】の立場であれば、海と同様に、傍から見ればあっさりと、世界を滅ぼさないために命を差し出すのかもしれなかった。けれど、それは仮定の話であり、推測の上の話であり、実際に彼がどうしてそう在るのかの答えにはならなかった。



 結局その時間中、その疑問に頭を占められたあかりは、やはり答えを得るには直接本人に訊ねるしかないだろうと結論した。となれば、再び海と接触を持たなければならないのだが、それが結構な難題だった。少なくとも、あかりにとっては。


 同じ学校の、同じ学年に属する同士だ。普通であれば、接触を持つのはそれほど難しい話ではない。しかし問題は、あかりの性質と、海という存在の特異性にあった。

 あかりは自分が内向的な人間だと自覚している。交友関係が狭く、それを広げるための積極性や話術にも乏しく、さらにはそのことをあまり問題に思わない類の人間だ。クラスに一人はいる、居ても居なくても変わらないような立ち位置の、地味な生徒。それがあかりだった。


 対して、海はというと、まず顔の造作からして地味とは言えない。派手と言うのもまた違うが、人目を引く端正な顔立ちをしている。性格も、あかりは詳しくは知らないが、人当たりがよくないなどという話は聞こえてこない。となれば、外見というアドバンテージから、良い方に解釈されるのは必然である。本人の性質からか、クラスの中心であるとか、交友関係に積極的だとかは聞かないものの、周囲の耳目を集める人間なのは間違いなかった。


 ……そんな曖昧な情報ばかりであることからわかるように、あかりと海はこれまで本当に関わりがなかった。

 そんな間柄で、不用意に海に声をかけるなんてことができるほどあかりは無謀でも考えなしにもなれなかったし、そういった行動が引き起こす影響を少なからず海も認識していたからこそ、彼は今朝、わざわざ誰も来ない時間帯を見計らってあかりのクラスに出向いたのだろう。

 そう考えると、正直なところ打てる手はない。とはいえ、まだ六日間もあるのだから、それまでには海と接触するチャンスも、疑問を解く機会もあるだろう。今慌てて行動を起こすことはやめておこう、と結論する。


 ――『六日間も』なのか『六日間しか』なのかは、あかりにはまだよくわからなかった。


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