第15話 運命
『私ずるいからさ、その内に話せる時が来たらとか、今はタイミングじゃないとか、適当な理由をつけて先延ばしにしてたの。でも、そうしている間にもあなたと仲良くなれて距離も縮まって更に言い出せなくなってしまった』
僕はここでやっと雨音の声だと理解した。
『そのケースって、実は補聴器のケースなんだ』
言葉を振り絞るように語りかける雨音。
『私ね、軽度難聴で少し耳が聴こえづらいの』
『小さい頃おたふく風邪に罹って、それが原因じゃないかってお医者さんからは言われてる』
『その頃から補聴器を付けて生活してるんだけど、やっぱり大変な部分というか苦手な部分があって』
『人の話しを聞きそびれたり、音が他の音と混じって聴こえづらかったり』
『だから普段はなるべく耳で聴きつつ唇を見ながら言ってる事を理解するって方法をとってたりするんだ』
『読唇術?っていうんだったかな。それを駆使すればそこまで聞き逃したり理解出来ないて事を減らせるんだ』
一連の話しを聞き僕は雨音の行動を振り返る。
公園のベンチに置かれたケース。
話す時の距離感。
話す時の目線。
色々な記憶が蘇る。
『けれど軽度難聴とはいえ補聴器がないと不便な事には変わりなくて……』
『あなたと乗ったスプラッシュコースターで最後に水飛沫が飛んで来たでしょ?あの時、補聴器に水が沢山掛っちゃったみたいで、お手洗いで補聴器を確認したけれど壊れてた』
『どうにかならないか色々試してみたんだけどやっぱり駄目で』
『だからといって家に帰るって選択肢は選べなくて、読唇術でどうにかカバーしつつ一緒に居たいって思ったんだ』
『けれどやっぱりあなたの声が聴こえづらくて、このままだと駄目だ、大切な事だし話さないと。って観覧車であなたの名前を呼んだの』
『そしたらあなたが告白してくれて嬉しくって舞い上がっちゃって、そのまま今日に至るまで……』
『もし話しが出来ていれば事故になんてあっていなかったかも知れない……』
『私のせいでごめんなさい……』
僕は目の霞が徐々に晴れ、喉元に力が入るのを感じられた。
そこには僕の胸に顔を埋め、眼下から大粒の雨を流している彼女が居た。
「……謝らないで」
僕は喉に力を振り絞り声を発した。
「僕……知っていたよ……君が補聴器をしていることを……」
目の前の彼女は驚いて僕の顔を覗き込んでいる。
「……だいぶ前から」
彼女は嬉しさと戸惑いが入り混じった表情を僕に向けながら「気付いてたの?」と問いかける。
「……君と映画に行った日、
あの日、君は……上映中にいびきをかいて居眠りをしていた。
いびきに気付いて君に顔を向けると、僕の肩で居心地良さそうに眼を瞑る君、それと同時に君の耳に光が一瞬反射するように僕の目に映り込んだ。
なんだろう?と君の耳元に目をやると、そこには肌色の君の耳と同化している補聴器の存在を知ったんだ」
僕の言葉を聞き、さらに頬をつたう雫を増しつつ彼女は僕に一つの質問を投げかけた。
「それじゃ、今まで知ってて黙ってくれてたってこと?」
僕はこの質問に「少し違うかな?」と言い、答えを返した。
「黙ってたというよりはどちらでも良かったんだ。君が補聴器をしてたとしても、してなかったとしても。
それ程に君の事を好きだったから」
雨音は僕の答えを聞くと大きな声を出して泣いた。
「颯斗くんずるいっ、知ってたなんて」
✳︎ ✳︎ ✳︎
僕は一週間ぶりに眼を覚ました。
お医者さん曰く、目立つ怪我といえば右肋骨の骨折と右肋骨の切り傷で、後遺症もなく眼を覚ました事は奇跡に近いらしい。
雨音はそんな僕を見て「生き返る運命だったの」って言っていたけど、僕はふと想った。
こうして雨音と出逢えたことは、運命だったんじゃないかって。
あの日、あの公園で、
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