月は、私にとってどこか特殊だ。

 私はあらゆる現実の事象に、その表面上の在り方以上の意味を見出すのを好む。煙草に死や退廃、希望を見出すように、些事に雑多な連想を埋め込んで、それを味わうことは愉悦だ。私という存在の、また私の文学の、感性の、その根幹はそれにあると言ってもいいだろう。

 私は特別な思いを込めた当作を『月の墓標』と銘打った。それほど、私の月に対する思いは深く、暗く、そして明るい。

 月は私にとって、希望の象徴だ。そして、狂気の、孤独の、私の文学そのものの、私の在りたい生き方そのものの、象徴でもある。

 夜の静けさと孤独は、人々に否が応にも思索の時を齎す。その夜が本当の静寂ではなくとも、誰かと共にいる孤独ではない夜だとしても、考える者にとってそれは関係がない。夜は、そういった意味では物理的な現世を超越する。私のここでいう夜は、何もただの時間帯のことを指しているのではない。「夜」という概念そのものを指している。

 その夜のうち、気高く、孤独に、そして柔らかく地上を照らす月は、なんと美しいことだろう。月齢などどうでもいい。曇り空であろうと、例えそれが見えなかろうと、それは大した問題ではない。「月」という概念自体が既に美しさで完成されている。その概念を思う時、私はこの目で捉える月という天体以上の「月」を見、知る。…

 さて、当章は短くしようと思う。

 語り尽くされたものは、価値を損じる。

 そして何より、私にとって「月」は、毎夜ごと増大する概念である。今の私にとっての月を書き切ったとて、それに何の意味があるだろう?

 変容し、増大し、時に減少し、あらゆるものと結びつき、膨大な円環を描きながら、今も在り続ける存在に関して、その今を語って何を書き残せるというのだろう?

 故に、私は次の一文で当章を閉じる。


『私は月に魅せられ、その狂気と途方もない美しさに狂おしい憧憬を抱きながら、地球に生きる塵の一つに過ぎない』

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