思考


「思考」について、思うことを書こう。


 まず、思考とは大別して二つの種類があると私は考える。一つは、生命維持並びに種の繁栄に必要なあらゆる物事に及ぶ思考。もう一つは、それらと何ら関わりのない思考。前者はどこまでも合理的になり得る。最適解を見出すことは、不可能ではないだろう。それが実行可能かどうかに関しては、また別の問題ではあるが。一方、後者の思考には始まりもなければ終わりもない。求められる答えもなければ、求められる思考過程すらない。合理的な時もあれば、酷く非合理的な時もある。この思考は、あらゆる形を拒否する。…

 無駄だ、と断ずるべきだろうか。私はそうは思えない。

 私がこれからこの『月の墓標』を書くにあたって、取り扱いたい「思考」は、そもそもこの後者の「無駄で、形を持たず、生命維持になんら手助けにもならない思考」のことである。

 断言しよう。私はこれから、あらゆることを書く。だが、それは誰のためにもならない。私のためにすらならないかもしれない。少なくとも、生物としての私のためには。それでいい。否、そうでなければ、書く意味がないのだ。

 私は私を墓標に刻みつける上で、数式のように整った言葉と答えを、用意するつもりは毛頭ない。それは私のやるべきことではない。合理的かつ現実的な思考は、他にいくらでも得意な人間がいるだろう。彼らに任せておけばいい。きっと彼らの思考は他の人々の役にも立つだろうし、大きく言えば世界の発展にも役立つことだろう。

 

 もう一度断言する。

 

 私はここに、何者をも手助けする思考も、自らを驕る思考も、生へ向かわせる思考も、死へ向かわせる思考も、書くつもりはない。

 ここにこれから書かれるあらゆる思考は、何の意図も持たない。そこには、意味と文字だけがある。筋書きもなく、終わりもなく、始まりもない。


 ただここに残るのは、私の「思考」そのものだけである。

 それ以外は全て、灰へ還そう。

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