心の中の口が悪い女魔道具店主と口が善い女剣士は仲良く言い争いな!

右助

第1話 心の中の口が悪い子と善い子

 ボードリーブ王国王都ボードリア。その中の隅っこにある小さな魔道具店から物語は始まる。


 店主の名は、エステル・ウィザーワーズ。


 ボブカットの金髪と赤い瞳が特徴的な少女である。彼女はいつもの時間に店を開け、いつものように客を待つ。

 彼女は笑顔を絶やさず、接客も丁寧。そのおかげか、客の心をがっちりと掴んで離さない。

 故に、隠れた名店として、人づてに噂されている。


「さぁ、今日も頑張りましょう!」


 エステルは壁時計を見る。

 もうすぐでいつもの時間になる。そう、“彼女”がやってくる時間だ。


「おい! 今日も来たぞ!」


 勢いよく扉を開け放ったのは、ポニーテールの銀髪と青い瞳が特徴的な少女だった。

 左腰に提げられた剣と軽鎧は剣士の証。


 剣士の名は、オリヴィア・フロウチェンズ。


 オリヴィアは粗暴な口調でエステルに詰め寄る。

 そして、彼女は懐から袋を取り出し、カウンターに置いた。


「今日も素材を持ってきた。さっさと鑑定しろよ」


「はーい。ちょっとお待ちくださいね」


 エステルとオリヴィアの視線が交差する。

 エステルは微笑んだ。オリヴィアは睨みつけた。やがて、二人は同時に後ろを向く。



(あいっかわらず品のねぇ言葉遣いだな、この銀髪クソチンピラがよぉ……)


 エステルは心の中で罵倒する。



(エステルさん、今日も笑顔が素敵ですね。それにしても私ってば、どうしていつもこんな汚い言葉遣いを……)


 オリヴィアは心の中で自己嫌悪に陥っていた。



 二人は正反対だった。

 エステルは普段、とても丁寧な言葉遣いだが、心の中の口が悪い。

 オリヴィアは普段、とても品のない言葉遣いだが、心の中の口がい。


「あら、今日はブレードドラゴンの角ですか。刃こぼれの無い、非常に良い状態ですね」


「当たり前だろうが。その辺の剣士と一緒にされるだなんて反吐へどが出そうだ」


反吐へどが出るのは、お前のそのしょうもねぇイキリっぷりだけどな)


 エステルは毒づき、改めてブレードドラゴンの角の状態を確かめる。

 ブレードドラゴンは地を這う地竜の一種。その角は名剣のごとき切れ味を持ち、そこらへんの量産型の剣などバターのように切断できてしまう。


「うん、うん。うん、刀身の長さ、輝き、切れ味、全て最高ランク。これは文句なしです。相場よりも少し多く包みますね」


「ははは! だろう!? 私にかかればあの程度のトカゲもどき、大した相手じゃないんだよ!」


 エステルからの高い評価に、オリヴィアは内心ガッツポーズを決めていた。


(やったやった! エステルさんから褒められた! わーい!)


 オリヴィアがこの店にやってきたのは、たまたまだった。

 彼女は交渉が下手くそだ。

 ここに来る前、様々な店に素材を持ち込んでいた。しかし、元来の性格から、価格交渉が出来ず、安く買い叩かれてしまっていた。


 落ち込みながら王都を歩いていた彼女は、中心にある噴水の下でエステルと出会ったのだ。


『良い素材ばかりですね。あの、私の店へ来ませんか? 貴方の素材をもう少しちゃんと見ることが出来るはずです』


 オリヴィアは、そう言うエステルの手を取った。

 そこから、彼女との交流が始まったのだ。


「いや~やっぱり、ここは良いな。ちゃんと金出してくれるしな。なぁエステル、あんたの目を今一度褒めてやるよ」


「うふふ。ありがとうございます、オリヴィアさん」


 エステルは内心、中指を立てた。


(だぁれがお前に褒められて嬉しいんだよこのアンポンタンがよぉ~)


 彼女はふと、オリヴィアと初めて出会ったことを思い出す。


(とはいえ、こいつが持ってくる素材は一級品ばかりだ。それをどこかの馬鹿野郎どもに掠め取られてたまるかっての)


 馬鹿が金をぶら下げて歩いている。

 エステルが彼女に感じた第一印象だ。

 あれじゃあ私を騙してください、と言っているのと同義だった。


 だからエステルは声をかけた。無知なオリヴィアを誰かに取られないように。


「そういえばエステル。あの噂知ってるか?」


「あの噂……? 何のことですか?」


「あれだよあれ! この辺りに特殊個体ネームバディが現れたって話だよ!」


特殊個体ネームバディ? 他の魔物と比べ物にならないくらいの力を持つ魔物。その個体の出現は軍の精鋭が対応するとされる、あれですか?」


「そうだ! そのことだよ! 話が早いな!」


「話が早い、という以前の話ですよ。特殊個体ネームバディの出現なんて、国の混乱を招くので、極秘情報のはずですよ? どこでそれを……?」


「はっ! 言えないな。エステル、悔しいか? なぁ悔しいか? 知らないことを知らされて悔しいか?」


 オリヴィアは内心ウッキウキだった。同時に、焦っていた。


(ひ、ひぇ~! これ、エステルさんが知らない話だったの!? ど、どうしよう何だか嬉しい! けど、お父様の伝手つてで聞いた情報なんて、言えないんだけど!)


 エステルは心のなかで思いつく限りの罵詈雑言を言い放っていた。

 しかし、それを一切表に出すことなく、彼女は会話を続ける。


 何せ、これは儲け話だ。


 エステルは無意識に席を立ち、オリヴィアの元まで歩く。

 オリヴィアは突然の行動に思わず、下がっていた。

 下がり続け、やがてオリヴィアは壁に追い詰められる。



「オリヴィアさん。私に特殊個体ネームバディの話、詳しく聞かせていただけないでしょうか?」


「お……おう」



 エステルがオリヴィアに顔を近づける。

 一歩間違えればキスする距離。


 エステルは獲物を見る目でオリヴィアを見る。

 オリヴィアも睨み返すが内心、心臓バックバクである。


 くすりと笑ったエステルは、もう一歩だけ距離を縮めた。

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