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「‥‥‥てか東京タワーに登るのって、都民の義務なんすか?」

今から一年半前、私の彼氏のいつき、(もう同棲して長いから、私はいっくんと呼んでいるのだけど)は、私達が初めて出会った合コンの席でこう言い放った。

参加者の半数が上京組だったことが事の発端だった。

東京に出てきて初めて行った場所は?」という質問で東京タワーが話題に出て、修学旅行の時のエピソードや東京にまだ慣れてない頃に行った場所の話で一通り盛り上がった後のことだ。

「ヒルズの展望台とか、スカイツリーとか、東京来たら通過儀礼で登っとけよみたいな空気が俺よく分かんなくて。ああいう都内の高い塔的なとこに登るのって、都民の義務なんすか?」

 あの時、樹は周りの凍った空気を物ともせずに、小首を傾げてこう続けたのだった。そしてあっけに取られたメンバーの意識を置き去りにしたまま、「あ、僕もう終電あるんでそろそろ」と五千円を自発的にテーブルに置いて、帰ろうと立ち上がった。何気にセレブだった。でも席を立つ寸前にタイミング悪く頼んだお酒が来たら「あ、やっぱこれ飲んで帰ります」と言って、しれっと座ったのだった。

 一瞬、二葉ちゃんの男バージョンかと思った。あの時、皆同じように目を丸くしていたのだと思う。あっけに取られた時の人間の顔って、そんなにバリエーションがあるわけじゃない。ワンテンポ遅れて、樹の知り合いだという男の子達が「うわっ、またこいつ自由人出ちゃったよ~」と引きつった笑顔でフォローした。

 我に返った二葉ちゃんが、駄目押しで樹を断罪するようにけたたましく笑って周りの笑いを誘発した。その笑いに便乗するように皆遅れてまた笑った。何となく面白い話っぽくなって場は収まった。アスペの人の言動を、当人をその場で透明人間にした状態で定型がおもしろがって笑うみたいな、決まりの悪い笑いだった。あの場で笑わなかったのは当人の樹と私だけだったと思う。私は、こういう笑いはフェアじゃないと思ったから笑わなかった。それが危険だとは思わなかった。初対面で妙な言動をした人を笑わないことがマナーだと思っている人を演じれば、あそこで笑わなくても別に責められないと思ったから。

 例のチューハイのCMがふと過り、氷結、からの融解だ、と常温に戻りつつあるウーロン茶をすすりながら思った。でも当の本人は周りのたしなめも、自分がかき乱した空気にも何の興味も無いようで、我関せずの態でサワー?を飲むのに夢中だった。お酒がさほど強くないから付き合い以外では飲まない私は、そんなに夢中になるほどお酒って本当においしいんだろうか、と彼の飲みっぷりを見ながら思った。他の人達が別々の会話を始めた頃に好奇心に駆られて聞くと、少し考えた後で、「‥‥‥レモンサワーは唐揚げに合いますよ」と答えになっているのか分からない回答を仏頂面でされた。別に無視されてもいいと思っていたが、そういうユニークな回答をわざわざ考えてするということはこの人なりに気を遣っているのか。それで本格的に気になった。なんかかわいい、と思ってそのまま会話を続けた。

 禅問答のようなラリーをした。そもそもこっちの話も、聞いているのかどうか怪しかった。けどそれもあんな席ではお互い様だっただろう。はっきり分かったのは、この人自然体で生きてる、ということ。後、二葉ちゃんに似てると思ったけど全然違うな、ということ。少なくとも月末の給与計算地獄を抜けた後の人間ウォッチングにいささか疲れていた私の目にはそう感じられた。彼と近づきになれれば自分も同じようになれるだろうかと思わせる、淡い期待の空気も、あの時の私には心地よかった。

 樹は、あの時のことを、後日こう述懐していた。ああ、あれ、だるかったから心の声がフィルター通さずにもろに出ちゃったの。てかあの時たぶんディスってないって言ってたけど俺普通にあの人達のことディスってたよね。あれお前の友達だったんでしょう? ごめんね。


 あの時、もう一つ見えていたものがある。

 会社近くのスタバの窓際のライトにそっくりな照明の下で、一つ向こうの席に座っていた二葉ちゃんの目が、センサーが働くみたいにピクッと反応し、瞬時に鋭くなるのが見えた。場の空気をちゃんと読めよ、と目でけん制していたのだった。

 あの頃の二葉ちゃんは今みたいな黒髪ボブじゃなくて、茶髪だった。茶髪マッシュだったから小動物系の顔立ちが一層際立っていた。あの時も、ペットのハムスターが野生を見せたような、怖かわいい感じになっていた。

 二葉ちゃんはあの時の合コンの幹事だった。幹事をするのは初めてだから頑張るねー、と笑っていた。彼女はちょっとそそっかしい所があって、本人もそれを自覚している。合コンの幹事は意外と大変らしいから、自分に言い聞かせるためにそう言ったのだと思う。

 あの時合コンに参加してたのは、二葉ちゃんと、去年まで一緒に働いていた奈緒ちゃんと、同じ部署の先輩のはすみさん。奈緒ちゃんは、実家の都合で去年会社を辞めてしまった。はすみさんは、奈緒ちゃんの知り合いの子が急にだめになったから、ダメ元で頼んだら来てくれた。

 あの頃の総務では、奈緒ちゃんが一番の気配り上手だった。奈緒ちゃんの気配りは聖母を彷彿させる典型的なもので、分け隔てないがゆえに分かりやすいものだった。会社から去る寸前まで、総務経理部の中では一番の気配り上手で通って、最後までそのイメージのままで、辞めた。奈緒ちゃんのことを悪く言う人は、二葉ちゃんを除いては、会社の中ではいなかった。

 傍目には犬猿の仲という感じではなかった。奈緒ちゃんは二葉ちゃんのことを友達だと思っていたけど、二葉ちゃんが奈緒ちゃんを、何かにつけてライバル視していたのだった。

 恐らく二人のキャラの中の重要な要素である、気配りが被ったからだろうと思う。あの二葉ちゃんが気配りするなんて意外だろうか。でも私は彼女の気配りでずいぶん助けられているし、プライベートでも楽しませてもらっている。例えば予約が必要なイベントにサプライズで連れていってもらったり、二葉ちゃんだけが行けた芸能人のパーティーのオフレコ話を聞かせてもらったり。

 彼女は華やかなことが好きで、たぶん賑やかなことも好きだ。そしてそれらに常に囲まれていたいと思っている。渋谷区と港区を足して二で割ったような子。でも、私は二葉ちゃんは、深夜のナイトプールの水面に浮かぶトレーに載せられたお酒よりも、宮下パークのイベント屋台で出される、カラースプレーがまぶされたソフトクリームの方が似合う子だと思う。私もそういう怖そうだけど実は怖くない華やかなものが好きなのだ。そして二葉ちゃんはそれを提供してくれる。世間のイメージだと、ああいうものに群がるのは明るくて気の強い陽キャばかりと思われているが、実態は違う。華やかで無害なものは何人をも引き付けるのだ。

 二葉ちゃんの気配りは縄張り意識みたいなもので、奈緒ちゃんのそれは人間関係の潤滑油そのものだったから、水と油だったのだろう。でもあからさまないじわるや陰口はなかった。二葉ちゃんは性格的にもテクニック的にも、そういう陰湿なことが平然と出来る子ではない。気に入らないことがあったら、ただ視線を逸らしてむすっとするだけの子だ。だから、嫌っていたと言っても、子供が年上の子にライバル意識を燃やすみたいなもので、微笑ましいものだったけど。

 そう捉えると確かに、二葉ちゃんは気配りが出来る子だった。何気に気遣いも出来る。彼女の気遣いは、世間のイメージよりも本能的なものだ。自分の味方に対してはむちゃくちゃ優しくて、敵に対しては二重人格かと思うほど冷たい。あの時も、人一倍空気の流れに敏感になっていたのだろう。自分が苦心して作った空気が壊されそうな時にはいち早く察知するセンサーが彼女には備わっている。幸いなことに、二葉ちゃんは私とはすみさんには新人時代のOJTの関係がプライベートまで続いているのか懐いてくれていた。

 視線を手前に戻すと、私の隣に座った先輩のはすみさんが、会話をする私達を意外そうに一瞥するのも見えた。

 はすみさんは二十八歳で、私達が中途で入ってきた時に、一から仕事を教えてくれた人だ。あの時は、総務課のチームリーダーに昇格してすぐだったと思う。涼しげな一重の目元が印象的な和風美人で、いつもはサラサラの黒髪ロングなのだが、あの日は合コンだったからか、髪を軽く巻いていた。


 合コン会場は丸の内の地下の店だった。駅地下の階段を何度も登り下りして、たどり着いた隠れ家ダイニングの、薄暗い間接照明の下、四対四の形で、私達は向かい合っていた。 

 素人目にも分かる程凝られた内装だった。ブルックリンを意識したような無機材と木材が合わさったインテリアは、出来合いの張りぼてではなく、素材からこだわったものであることが、照明の光の、複雑な反射から分かった。

 前に二葉ちゃんにツイッターで共有した、日本初のライフスタイルホテルの内装に似ていると思った。案の定、後で調べたら、あのホテルのフォロワー企業の一つで老舗家具屋を買収した企業が、レストラン事業に参入した際の第一号店だった。男女を隔てる巨大なローテーブルはスチール製で、木製のクッション付きソファーの柔らかさとは対照的に、触ると必要以上にひんやりして冷たかった。

 暖色の照明の下で、皆最初の乾杯の前から、既にほろ酔いのようなテンションになっていた。テーブルの上には、飲み放題五千円コースの枠内の料理が所狭しと並べられていた。どれも軽いものばかり。コブサラダ、エスカルゴのアヒージョ、スペインオムレツ、マルゲリータと照り焼きチキンのミニピザ。どの料理もここのインテリア同様、見た目はきれいだったけど、食欲はそそられなかった。多国籍が当たり前のこういう飲み会の料理は、食べ物というよりも、今みたいな合コンや男女混合のパーティ用に作られた、ある種の小道具のような気がする。セントラルキッチンで作られて、各店用に盛り付けだけアレンジされた小道具みたいな。どの店でも同じ味がしそう。むしろ食べる前から味が想像出来るから目に入れただけでお腹いっぱい。料理の方もそう見られるのを承知で、開き直っているように思える。「別に食べたいなら食べてもいいけど、そんなにおいしくないよ、そんなことより話したら?」みたいな。現に皆ほとんど食べていなかった。


 二葉ちゃんの人脈の広さがなせる技なのか、男性陣の外見と性格は、見事にバラバラだった。

 右端の二葉ちゃんの向かいには、彼女の大学の同級生で、今はこの近くの商社に勤めているという男の子が座っていた。黒髪で童顔だけどチャラい感じの子で、薄い口元が良く動いた。彼はテーブルの端で、会話の主導権を最初から最後まで握った。自分がこの場を回しているという事実に、自身のカリスマ性を見出しているらしかった。

 この人は、私は好みじゃなかった。自分の欲望を制御出来てなくて、かつそれを自覚する気すらないようだから。話も上手いけどそれは反復練習の成果。こういう場で不特定多数を相手に壁打ちして上手くなっただけの代物のように思えた。

 自虐を武器として使っているのが丸分かり。自分が自虐をそう使う利点に気づいた最初の人間のように振舞っていたのも、鼻につく。俺自信家だっていわれるんですよー、と言う発言から、周りにそれを感づかれているのを自覚しているのに、それを恥だとは絶対に思わない。自虐の痛みをあからさまに軽んじることで忘れようとする態度も、理解出来なかった。

 自虐に加えて童顔も彼の武器だった。自分がいかに要領良く立ち回って新卒で人気企業に入ったか、という自慢話を、童顔だから会う人会う人にガキっぽく見られて子ども扱いされる、という自虐のオブラートに包んで話す。次の会話をあからさまに操作されているみたいで冷めたし、その立て板に水の会話の流れ自体が、まだ仕事終わってないと言われているみたいだった。全員友達だという男性陣の反応から察するに、自己紹介でその話をするのが鉄板らしい。彼には私達が人の形で見えているのか、という疑問が浮かんできたが、聞いても「え?」もしくは「は?」ととぼけられるだけだろう。

 私は彼の演説を、うわの空で聞くことにした。社会人経験があれば、つまらない話を真剣な顔で聞いている振りをすること位は余裕で出来る。これをすぐに見抜く人もいるが、私達のことを真っ白な壁だと思いたい彼は、気づかないだろう。

 かつて何かの拍子にググった小人病という単語が、意識を時空の彼方に飛ばしている間、絶対に触れてはいけないタブーを伝えるメンションのように、視界の端で、ちらちらしつこくちらついていた。バラエティ系ユーチューバーになりたい中高生が真面目にふざけてる動画のコメントみたいだと思った。私は読書をする時は、ノートPCやスマホを傍らに置いて、分からない単語や気になった概念は全て調べながら読む。調べる時間も読書の時間に入れているから、実際の読書量はそんなに多くない。

残念ながらその人の口から自慢気に語られた情報の数々を、私はたまたまネットの海で目にしたことがあったのだった。彼が得意げに自分のものとして話す感想や意見の中には、オリジナルが他人のものが随分紛れ込んでいた。意識を現実に戻してもっと集中すると、彼が鼻孔を膨らませながら話す気の利いた表現は、ちょっと前のバズったツイートのパクリだった。一つ二つ出るだけなら偶然だと思える。だがそれらが不自然につらつら続く様には、違和感しか抱けなかった。

 又聞きした話を自分のもののように演出して話す狡猾さ、その前提段階として、皆が自分の話に興味があるのだと思い込んでいる傲慢さが、控えめに言っても鼻についた。いや、そうじゃない。私が一番ムカついたのは、こいつらならこの程度のクオリティの芝居で騙せると初めから舐めてかかってきている点だ。全ての嫌悪はここから派生している。

 私達と同じ立場の一消費者に過ぎないのに、世の中のからくりを全て知っているように振舞う無神経さがまず嫌。ⅤIPの真似が痛い。指摘されたら自虐で逃げられるように逃げ道を作る臆病さがそれとセットであるのも、他人の見たくもない劣等感を無理やり見せつけられている感じがする。すごいおもしろい食事の余興があるから、と言われて、自分の身体を得意げに切り開いて出てきた内臓を無理やり見せられているような感じ。私達にはあなたと同じ血が流れている、そして私達はあなたのママじゃないのよ、としれっと言ったらどんな顔するだろうな、と思ったらちょっと溜飲が下がった。でも言っても逆ギレされるだろうから時間の無駄だろうな、とも思った。自分から子供時代の話題を出したと思ったら、都内の金持ちが通うので有名な中堅大の付属に初等部から通っていたという自慢だった。大学の卒論の話題になったら、待ってましたとばかりに卒論は書かなくても卒業出来たから書いてないと言って、自虐に見せかけたマウントを取った。自分が一番なりたくないであろう学歴社会の犠牲者みたいなペルソナを自分から被りにいっている様が奇妙だった。でも、それが自覚出来ないということは、どういうことなのか。ナルシストみたいなのに家には鏡がないのか。よく分からなかった。

 他の人々は彼自身ほど彼に興味がないか、単に穏やかな人達だったからなのか、風を受け流す柳よろしく、いちいち話を止めて指摘する人はおらず、皆我慢して愛想笑いをしていた。感情がすぐ顔に出る二葉ちゃんですらにこにこしながら聞いていたから、合コンの人選の恩でもあったのかな、と思いながら見ていた。

 でも、場の空気がそれでも壊れなかったのは、皆が優しかったのと、この人の能力もあるのかな、とは思う。商社に苦労して入っただけあって、優秀なムードメーカーではあったから。就活のグループ・ディスカッションめいているけど仕切りは確かに上手いし、自分の話がどう思われているかという点だけは皆目分からないのに、他人の言動には敏感なようだったから。都合の悪いことは黙殺するようだけど。彼を称える会みたいになってはいたけど、それなりに場も盛り上がってはいたし。皮肉なものだと思うが、それで恩恵を受けている部分もあるかと思うと、この人が全て悪いわけではないという、ある種の情のようなものも湧いてきた。全く好みではないけど、私が単に性格が悪いだけだ説も、あるのかな。これ以上は堂々巡りになりそうだったので、結局そう結論付けた。

 この人は、斜め向かいの奈緒ちゃんを狙っていたようで、お酒が強いアピールをして気を引いたりしていた。この合コン後にも別グループで会っていたようで、その時にはカラオケで隣に陣取ったりして頑張っていたようだ。

 二人目の人は国家公務員だった。奈緒ちゃんの向かいだったその人は、年相応の細面、ともすれば中性的な容姿だった。が、仕事にしか興味がない、という訳ではないようで、あの頃ドラマの影響で流行りだった細身のリムレス眼鏡を掛けていて、それが良く似合っていた。性格は人当たりが良くて礼儀正しい典型的な公務員という感じ。文科省で働いていて、毎日日付が変わるまで仕事をしているという。自分からは話さないが、聞かれたことには的確に答える。相手に合わせるのが得意な人だった。利害関係が不明な相手の話に、無警戒に耳を傾ける人間などいないことを、仕事柄肌感覚で理解しているようだった。人当たりの良さを軽んじて、アンフェアな利害契約を結ぼうと画策して擦り寄ってくる、他人のおぞましさを感じ取れる感性もあるのだろうか。そこまで考えたら、「きれい好きな性格なの?」という疑問が自然と湧き上がってきたけど、さすがに聞けなかった。

 大臣が国会答弁で答える用の原稿を作る仕事をしています、と言った。「それって具体的にはどんなお仕事なんですか?」という二葉ちゃんの質問に澄ました笑顔で答える様は、遠目には丁寧に作られた精密機器のようだった。商社くんに突っ込まれたら、要はカンペ作りです、とあっけらかんと言って照れ笑いを浮かべる様子からすると、実際に勉強も仕事も出来るのだろう。機械なんかじゃない。紛れもなく人間だった。今時の親切で丁寧な若手公務員。実際に話してみると誠実で、頼りがいもありそう。本人は全然モテないと言っていたけど、それが謙遜であることは、容易に窺い知れた。

 奈緒ちゃんはこの人を狙っていたようで、はすみさんも気になっていたようだった。けどこの人自身は意外なことに二葉ちゃんに興味を持っているようだった。二葉ちゃんのようなルックスが単純に好きなのか、それとも、自分と違うタイプと付き合うのが趣味なのか。

 ‥‥‥物静かだけど誰にでも愛想良く出来る人は自分の心を自由に操れるから、そういうことも朝飯前に出来るのかもしれない。これ以上は確認のしようがないからそう考えることにした。その器用さに感心した。少し怖くもあった。

 三人目の人は、デザイナーだった。この人は、メンバーの中で唯一のクリエイティブ職というだけあって、三人の中で一番しゃれた服を着ていたけど、私はそれゆえに苦手意識を感じた。一番目の人は嫌い、この人は苦手でかつ嫌いという感じだ。

 顔の造作は普通。でもメンバーの中で一番おしゃれ。なのに、なぜか卑屈だった。先の二人よりも規模の小さい会社に勤めていることに引け目を感じているのか、先の二人が話している時には気配を消して、グラスが空いた子に媚びるように小声で話しかけて、お代わりを注文してあげていた。話しかけた相手が気になっているのではなかった。異性と普通に話をすることも気づまりで出来ないから、自ら店員の立場に成り下がることで、お手軽にいい人に思われようとしているのだった。

 そういう態度が全部悪いとは言わないが、周りの男性陣の反応から、その人はこういう場では、いつもそれで乗り切ることにしているようだった。見掛け倒しのピエロみたいな真似をなぜするのか。見ている方が悲しくなるから止めて欲しかった。

ピエロのメイクの下にうごめいているであろう悲しみとか、そういう架空の物語で語られるものにまでは考えが及ばなかった。実際に目で見たものの方が重要だった。その人によって捻じ曲げられた現実のものに対する同情と、それを起点にした怒りの方が私にとっては身近なものであるがゆえに、より重要だった。

 その人の性格云々よりも、そうなった経緯よりも何よりも、その人にこんな風に着られている服達が、ただ自然にかわいそうだと、思った。ものに同情するなんておかしいだろうか。でも気づいたら同情していたんだから仕方ない。私は彼の服に、これまでの人生における自分の姿を、無意識のうちに重ねたのだと思う。

 オレンジの人工の太陽の下でも分かる、机の上で計算された配色のシャツとジャケットが声を殺して泣いているように思えた。たぶんフリマアプリで譲ってもらった服。資本主義の仕組みのバグの中で出会ってしまったご主人様の手で、辱められている。胸を張って着られるべき、こだわりの製品として製造された彼らは、富裕層のお人好しの家庭に運良く生まれることが出来た重度障害者に似ている。自由になる手足は最初からない達磨状態。人よりもより残酷なのは、似つかわしくない主人に袖を通されても逃げられず、ただ耐えるしかない。ファッションセンスが皆無の人間に着られたら、まだ「似合わない」という現実を見せて、自己嫌悪を誘発する形で復讐が出来るけど、相手が色相と配色を知り尽くしたデザイナーなら、その捨て身の自爆も効かない。涼しい顔でただの素材として扱われて、計算でねじ伏せられてしまうのだ。

 私もファッションには人並みに興味がある人間だから、身に着けるものはそれなりに気を遣っている。だから私も本質的にはこの人と同じ。みっともないから同じにならないように日々あがいてるけど、自己満足で完結して生きていけるほど世の中甘くない。

 だからこれは同族嫌悪なんだと思う。湯水のようにお金を費やすのは破滅の元だし、バカバカしいからやりたくないけど、私も、身に着ける一つ一つのものは時間をかけて納得したものを選ぶ。目の前のこの人も、まさに同じタイプのように思えた。

 創造する側のデザイナーなのに、恵まれてる花方職なのに。一消費者に過ぎない人間の虚栄を、現役の創造する側の立場からどんな風にも暴ける唯一の人なのに、そのチートの特権すら忘れてしまって、ただ場の空気に呑まれて萎縮してしまうなんて。「あなたなぜデザイナーになったの?」と訊きたかった。訊けば、あの卑屈のメッキを剥がせたか。今でも疑問に思うが、確かめる術はもうない。

 別にそうする義務なんかないのだから、こう感じるのは、たぶん私の感性がおかしいからだろうと思う。現にこういう態度は、一般的には謙虚と呼ばれるもので、人は逆に好感を抱くだろうから。でも私は、あの探るような卑屈な笑顔を見て、この人のことは生理的に無理だと思ったのだった。そんなことで引け目を感じて欲しくないし、そんな風に引け目を感じないといけないと思うこと自体が、おかしい。特に私達なんか、ただの一般企業の事務員で表の立場的にも格下なのに、なぜそんなメンツに卑屈にならなきゃいけないのか。

 卑屈になる必要のない場で、真っ先に卑屈になる人が苦手だ。死ぬほど苦手だと言ってもいい。そういう態度は相手に弱みを見せないと言う意味で、賢い態度のようだけど、実際は相手の良心に甘えてると思うから。第一何で全ての人間に漏れなく良心が備わっている前提で考えるのか。もし良心がない相手だったら、どうする? バカみたいな相手を付け上がらせて、結果、向こうのルールで負けて惨めになるだけじゃないの?

 仕事なら観察者の立場を保てばいいから、ギリギリ耐えられる。でもプライベートでも観察を続けろと言われたら、「もうお腹いっぱいなんで大丈夫です」ってなる。別に観察が好きな訳でもなくて、ただそれしか見るものがないから見ているだけなのだ。味が濃すぎるものばかり視界に入れてたら身体に悪いし胸やけしそう。ただそれだけのこと。だからこれは外野のわがままかも知れないけど、そういうものは見たくない。だから嫌いだ。

 飛ばなくていい方向から火の粉が飛んでくるのを見せられている気分になるのだ。たとえ当事者が満足げに笑っていたとしても、そういうのはおもしろいともすごいとも思わない。微妙なマジックを見せられて、おざなりの拍手を強要されている感じ。掲げた両手の中でトリックが何となく分かる、超常現象じみたものを延々と見せられているような。「それ確かにすごいことはすごいけど、大元のトリック自体はしょぼいし、マジシャンであるあなた自身も制御出来てない怪現象が混じってないですか」と言いたくなる。実際に言ったら取り返しのつかないことになるから言えないが。

 こっちの心の置き場も無くなるように思うから、もう見たくない。私も人間関係がさほど上手くないから、一歩間違えれば同じようになってしまうかもという本能的な恐れが、たぶんある。そう思った黒い自分に対する引け目もあるからそこまで思ってしまうのかもしれない。

 こういう他人の忖度のねじれを間近で見せられると、訳が分からなくなって、混乱したくないのに混乱する。その意味でこの人は本当に苦手なタイプだった。でもだから、無意識的に見てしまっていた部分もあったのかもしれない。私の本性があの人を、意地悪な目で性懲りもなく観察して、反面教師にしようとしていたのか。


 私は薄っぺらな笑いを浮かべながら、自分の心と戦っていた。この人がこう振舞うのはこの人の自由なのだから、それ以上のことは考えてはいけないと、思っていた。考えれば考えるほどその人の沼に引き込まれると思いながら、目を逸らしていた、ずっと。そのつもりだった、ずっと。

 向かいにいる初対面の人。好意的な態度を保ったまま、事実上無視するのは大変だった。嫌っていることを悟られてはいけないから、とにかく角を立てないようにしなければならない。何かを聞かれたら口元だけで笑って、広がる余地のない返答をするのが精一杯。途中まではうまく行っていた。はずなのに、あの人はなぜか私を狙っていたようだった。何ということもない。私は最初からずっとこの人にただの同類だと思われていたのだった。

 最悪なことにはすみさんは、この人の私に対する好意に感づいたようだった。最初の席替えでいらない気を遣って私に隣を譲ろうとしてくれた。はすみさんは優しいけど、私のようなひねくれ者は、その普通の姉目線の優しさを行使されるのが辛い時もある。特にあの優しさは控えめに言ってもありがた迷惑だったから、私もはすみさんの真似をして、控えめな笑顔を作って拒否した。はすみさんは素直に引いてくれた。それを目ざとく見つけた二葉ちゃんは、頬杖をついてしばらく私達を観察した後で、もう一度あの人を見て、鼻で笑ってあからさまにそっぽを向いた。それを見て私は安心したのだった。やっぱり二葉ちゃんは見てないようでよく見てる。よく空気を感じ取ってるというべきか。そして常に正直な態度しか取らない二葉ちゃんが、審判の女神のようにも思えたのだった。ぶかぶかのドレスを着た審判の女神。こういうことが二葉ちゃんと知り合ってから何回もあった。その度ごとに、私はなぜこの子と友達でいるのか、という現在進行形の疑問の答えを体感するのだった。



 







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