おいしいタピオカ物語
猫文字 隼人
第1話
「あーもう、いつになったらアタシ達はタピれるんだよぅ」
学校からの帰り道、スマホをいじっていたしーちゃんが突然恨めしげに言った。
「えっ、いきなりどうしたん?」
「どうしたんじゃないよ! あんたはほんと呑気だな! みてよ、ほら!」
しーちゃんは悔しそうな顔でスマホの画面を私に向けた。別に呑気でもないと思うんだけど、と思いつつも差し出されたスマホの画面を覗いてみる。
歩いている場所が河川敷なのもあり遮蔽物が無く、太陽の光で画面がよく見えない。手でひさしを作って目を細める。
画面に映っていたのは底部には黒いつぶつぶが溜まっている薄いブラウンのミルクティーだった。やや太めの赤いストローが刺さっている。
少し前に大ブレイクしたタピオカミルクティーの写真だった。
東京とかだともうブームが収束して定番化したらしいとは聞くけど、この神成町ではまだ始まってすらいない。
別に田舎暮らしが地味だとか思った事はなかったけど、こういう時は流石に都会が羨ましくもなる。
「なんだしーちゃんもタピオカが飲みたかったん? タイミングいいなぁ、実は昨日お母さんがダイマツでタピオカのセット見つけてきたんだよ。最後の一個だったって。一緒に飲む?」
ダイマツというのは近所にある個人商店だ。店長さん独自の伝手で仕入れをしているらしく、大手チェーン店では見ないような怪しげな商品が良く並んでいる。店長さん手書きのポップが面白くてついつい買ってしまうらしい。
ただ良く見ないと消費期限が間近に迫った物だったり所謂ばったもんが並んでいるので注意が必要だったりする。
「ちーがーうー! 私はタピオカミルクティを飲みたいっていってるんじゃないの! タピりたいんだよ! こうやって写真を撮って『原宿のーなんとかかんとかでぇ、飲んじゃった!』みたいな投稿とかしたいんだよぅ!」
しーちゃんは苦い顔をして大げさに首を左右に振りながら両手でバッテンを作りつつ言った。
なるほど、つまりしーちゃんはインジェニ映えって奴を意識しているらしい。
――インスタントフォトジェニック、画像にコメントを添えて投稿するというシンプルなSNSアプリで私たちの学校でも爆発的な人気がある。
クラスメイト達からのイイネの数やフォロワー数がある種の人気のバロメーターになりつつあり、しーちゃん始めオシャレな女子なんかには結構はまっている子も多いらしい。
私もアカウントは持っているけど、開設したときに偶然見かけたカミキリムシ(結構レアな白と黒のやつ)の写真を載せただけで放置している。
この前久しぶりにログインしてみたらクラスメイトの吉田くんとしーちゃんだけがイイネをしてくれていた。別に見せびらかしたい日常なんてないしイイネが集まっても何も嬉しくない。とはいえ流石に2イイネは悲しかったけど。
どうやら私はあんまりインジェニを活用出来ないタイプの人間らしい。いいけど、別に。
「ふーん、でもそんなことしなくてもしーちゃんはもうモテモテじゃん? この前だってラブレター貰ってたでしょ。めっちゃ古風だよね、ラブレターって。ね、それなのにこれ以上何を望むって言うの」
「良いこと教えてあげる。あんなの好きな人に貰わなきゃただの紙だよ紙。ってかただの紙ですらないか。SHINEのIDも交換してない人からいきなりそんなのもらってもホラーでしかないよ。最早ホラーレターだよ」
「えっ、でもしーちゃん望月くんのID知らないんでしょ?」
「そうだよ知らないよ! 望月くんならそれは話は別だよ! どうしてあんたは私のそういう気にしてるところを――」
なにやらしーちゃんがわちゃわちゃ言ってるけど面倒なので私は脳内の自動相槌装置をONにして話を適当に流しておくことにする。
ちなみに望月くんというのはしーちゃんの好きな人でこういう時定番のサッカー部のキャプテン……とかじゃなくてゴールキーパーをしている。
最近のアイドルみたいなフェミニンなタイプじゃなくて、どちらかというと格闘家みたいなごつごつしたタイプだ。
あんまり喋ったことは無いけど一度落としたプリントを拾って貰ったから悪い人じゃ無いとは思う。残念ながらそれ以上望月くんの情報を私は持っていない。
「望月くんって……なんかしーちゃんとはタイプ全然違うよね」
「いいの、私はああいう硬派なタイプが好きなんだもん。恋ってそういう釣り合いとかじゃないの。ま、中学二年にもなって好きな人すら出来ないお子ちゃまにはわからないかなー」
そうニヤニヤした顔でしーちゃんは私の脇腹をつついた。
好きな人ねぇ……正直クラスの男子なんて皆年下みたいでそういう対象だと意識したこともない。いまだにうんこちんちんで爆笑してるやつらにどうときめけば良いのか誰か教えてほしい。
逆に白馬に乗って「姫ェ!」とか言われてもドン引きなんだけどね。
ただ私の反応が一般的では無い事も十分承知している。一学期も終わりかけの今となってはクラスでいくつかカップルが出来ているし、皆恋愛という物に夢中なのだ。
恋愛っていうか、告白なんかも時代によってその姿を変えていく物らしい。お母さんの時代だと校舎裏に好きな子を呼び出して告白したり、それこそラブレターを書いたりが一般的だったらしいけど今の時代そんな直接の告白なんてほとんどしない。みんなSHINEのやりとりの中でなんとなく「付き合っちゃう?」みたいな緩い感じでカップルになるらしい。
付き合うって一体何なんだろう。とにかく私は唇のひっつけっこになんて興味はないし、今の所どうでも良い。ただ私にとって一生の謎にならないことは祈りたい。
「ふんだ、別にそんなの知らなくていいもん。私、結婚しないし」
たしか今年三十になるイトコのみっちゃんも結婚していない。この時代それくらい別に普通だと思う。私もそんな感じで別にいいやと思っている。
「お子ちゃま」
「うるさいよ」
やいやいと言いながら歩いているとふと、叫び声が聞こえた。
「……今の聞こえた?」
「なんか、わって感じで叫んでたよね」
二人で顔を見合わせて、足早に声の聞こえた方向に駆けて周囲を確認してみる。
叫び声の主は案外直ぐに見つかった。
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