かわいい不良
「まだ入学から一か月も経ってないのに、課題はやってこない、授業中はずっと居眠り、テストは解答が一個ずつずれてる。何しに来たんですか?」
「えっと……、これには反論の余地がなく……、今後は泥沼を邁進してまいりますので、どうかご容赦を……」
「そういうことを聞いてるのではなくて!あなたのそういう適当に受け流そうとするところが……」
いきなり八万地獄、無気力を貫いていたら、いかにも友達の少なそうな英語教師から、教室の前のほうに立たされ、公開説教タイムである。今の日本には、処刑以外にも娯楽があるというのに、結局人間の本質に眠る残酷さは、 “文明開化” ごときで払拭されるはずもなく、つまりこういうのを楽しむ奴が未だ蔓延っていやがる。
「少々、言い過ぎではありませんか?安城先生」
「何ですか、関係ない人は席についていてください」
「多々良さん、反省しているのに、そんなに責め立ててどうなさるんですか?」
「反省しているかは、私が決めることです。あなたは下がっててください」
「そうして、先生が狷介でいらっしゃると、授業が止まって、他の人にも迷惑が掛かりますし、折り合いをつけていただけないでしょうか」
「彼女が反省すれば、今すぐに授業を再開します。ですからあなたは下がって……」
「生徒を見世物にするのは、今すぐお止めになってください?」
真朱帆が乱入してきて、ややこしいことになった。確かに、私ではこいつに一発かましてみせることができないから、清々しさがないこともない……、何だか立ちくらみを起こしそう……。
しかし、あの真朱帆も、この歪んだお局様を止めることはできず、みすみす自席に帰っていった。
「白高に入れて、たるんでるんじゃないですか?ここはあなたの人生の通過点に過ぎなくて……」
「ふざけないでください!私の全ても知らないくせに、なんでそんなことが言えるんですか!」
私は黒板に鉄槌打ちした。莞日夏のことを否定されたと解釈して、溜まったフラストレーションを発散させたのである。直後に、立ちくらみで棒のように倒れ、机に鼻をぶつけた。
真朱帆が保健室まで連れて行ってくれて、介抱してくれた。目に見えるけがは鼻血が両方から出たぐらいだが、まだ額がひりひりする。
「これほど、眼鏡をかけてなくて良かったと思った瞬間はないよ」
「そう、ほかに痛いところはない?」
「鼻以外は平気。それより、私はここであいつの授業をしのごうと思うんだけど、立花さんは戻らなくていいの?」
「どうせ眠れないでしょ、あんなに授業中寝てたら。それより、私が話し相手になってあげたほうがいいかなーって」
そう言えば聞こえはいいが、つまり真朱帆を満足させられるような、会話をしなければいけない。まあ一人ぼっちになって、自分より小さい影をすべて莞日夏の影だと想像してしまうよりは、よっぽど健全だ。
「私って、不良だと思われてるのかなぁ」
「急にどうした?」
「えー?だって割と一向聴みたいなところあるかなーって」
「最後の1ピースはなんなの?」
「それは、もちろん登校拒否でしょ」
「そう言えば、どうして学校にはきちんと来ているの?」
「珍しく、親が行けって騒がしいから……」
「まあ、子供に無関心な親じゃないと、不良になりたくてもなれないよねー。ちなみに、本物の不良っていうのは、昔の私みたいな人のことを指すんだよ。いい?」
「昔……昔かぁ、どうしてこんなに落ちぶれたんだろう」
私はたった一年前に生まれたみたいにも思える。それ以前の自分との間には、段差があって後戻りはできない。莞日夏たちと出会ったからその段差を降りたのか、降りたから莞日夏たちに出会えたのか、今となっては忘れてしまった。
「一つだけ、聞いてみたかったことがあるんだけど」
真朱帆が上から覗き込んで、私の瞳を見つめた気がする。
「んあっ?うわーはずかしいからじろじろみんなー。これで満足?」
「そうじゃなくて。ほらその瞳、光が差してなくて、本物の宝石みたいだから、出会った時からずっと心配してた」
私は顔を横に向けて、そこにあった立て鏡に自分の顔面を映してみる。しかし、もう慣れてしまったのか、自分では真朱帆の言っていることがよくわからなかった。うーん、年を取りたくないなぁ。
「未来に希望を持てたら、その瞳にもハイライトが入るのかな」
「別に、失明しなければそれでいいよ。目ってそういうもの」
「目は顔の大事なパーツだよ。シミュラクラ現象ってあるけど、三点のうち二点は目だと思ってるわけで、つまり顔の三分の二は目なんだから」
例のあの人なら、頭が二つになるくらい、首を縦に振っていただろうな、その解釈。
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