第35話


 友人がいない学校生活にも慣れてきた自分がいる。

 デビュー曲のミュージックビデオがアップロードされてから、撫子はますます忙しいようで最近はいつも1人で行動することが多いのだ。


 ぼんやりと移動教室へ向かうため廊下を歩いていれば、担任教師に声を掛けられる。


 「天口、この前のテストだけど」


 夏休み明けに受けさせられた実力テスト。

 レッスンもなく、撮影はあれど寝不足になることもないため、授業は集中して受けることが出来ていた。


 そのため、今回のテストも手応えがあったのだ。

 自分はずっと勉強が苦手だと思っていたけれど、集中してみればそんな苦手意識も薄れ始めてきている。


 「すごいな、かなり伸びてる」

 「前より勉強する時間増えたからかな……」

 「この調子なら大学もいけるところ増えるぞ」


 大人は皆、大学へ行けと言う。

 人生経験の豊富な彼らからそう言われてしまうと、やはり従った方が良いのだろうかと迷いが生じるのだ。


 「先生は大学に行った方が良いと思いますか?」

 「絶対とは言わないけど、将来の選択肢は増える。夢がないなら、とりあえず進学して4年間模索するのもありだと思う」


 大学へ進学するか、しないか。

 決して義務ではないけれど、夢を探すために行くのも悪くないと言っているのだ。


 「……将来、か」

 「今が楽しいって言うのも勿論大事だけど、人生っていうのは断片的じゃなく続いていくものだからな。過去があって、今がある。今があるから未来に続くんだ」

 「なんか深いですね……」

 「眞原もどうするんだろうな。あの天才が演技を辞めるなんて…正直勿体無いと思うよ」


 去っていく担任教師の背中を見送ってから、彼の言葉に同意している自分がいた。


 小役時代から一世を風靡した天才女優、眞原叶。


 事務所と揉めたから辞めたと言っても、彼女であれば色んなところから引くて数多だろうに。


 この前、江ノ島へ行った際も演技は好きだと言っていた。

 

 今さらながらに、あの天才が自分と動画配信者として活動していることが奇跡だと思う。





 放課後になれば、週に2回から3回のペースで撮影を行う。動画のストックを少しでも作っておくために、投稿数よりも少し多めに撮影しているのだ。


 その動画を編集するとなると、最近は叶の家に篭ってばかりいる。


 もちろん大変だけど、動画編集も分担して最近は心に余裕が出来ていた。


 「今日のワンピースだと少し華やかさに欠けますね」


 スマートフォンのカメラに写っている2人を見つめて、叶が言葉を漏らす。


 画面に映っている夢実と叶は全く同じグレーのワンピースを身につけていた。


 たしかに華やかさが足りないかもしれない。


 「この前お揃いで買ったピンク色のカチューシャつける?」

 「いいですね」

 「取ってくるよ。どこにある?」

 「寝室にある小箱の中です。すぐにわかると思います」


 叶は照明器具の角度を調整しているため、夢実が取りに立ち上がる。

 あまりにも頻繁に出入りするせいで、家の勝手も分かってしまっているのだ。


 「お邪魔しまーす……」


 当然あの子には聞こえないけれど、一言挨拶を入れてから寝室へ。

 プライベートルームにズカズカと踏み入れるのは流石の夢実も気が引ける。


 中に入ってから、キョロキョロと目当てのものを探した。


 「すぐ分かる」と言っていたけれど、一体どこにあるのか分からない。


 「あ、これかな……?」


 机の上にある小箱を見つける。

 箱の中に入っていると言っていたから、恐らくこれだろうと蓋を開けた。


 「なにこれ……?」


 人は驚き過ぎると言葉を失ってしまうらしい。

 どうしてここにと、見覚えのあるグッズを前に言葉が出てこない。


 中に入っていたのはお揃いのカチューシャではなくて、夢実のグッズだった。


 まだ練習生だった頃。

 グッズと言っても二つしか作られていない。

 おまけに売り切れることもなかったため、きっとどこかに在庫が眠っているだろう。


 名前が入ったネームタグと、夢実の顔がプリントされたキーホルダー。


 懐かしさを感じながら手に取って、呆然としていれば室内に大声が響き渡る。


 「……ッ見たんですか!?それ」


 ビクッと肩を跳ねさせながら、慌てて振り返る。

 そこにはお揃いのワンピースを着た叶が立っていて、夢実の手にしているキーホルダーを凝視していた。


 「叶ちゃ……」

 「なんで勝手に開けるんですか!?」

 「だって、カチューシャ探そうって…」

 「机じゃなくて戸棚の上です!」


 彼女の勢いに圧倒されながら、気になって仕方がないことを尋ねる。


 「どうして叶ちゃんは私のグッズを持ってるの……?」


 恐る恐る紡ぎ出した言葉に返ってきたのは、返事ではなかった。キャッチボールをしたつもりが、ドッチボールのように豪速球を投げつけられる。


 「今日はもう帰ってください」

 「え、でも……」

 「いいから!」


 叶は俯いているため、一体いまどんな顔をしているのか分からない。


 持ってきていた荷物を押し付けられて、靴は踵を踏み潰した状態で部屋から追い出されていた。


 意味が分からずに困惑していれば、第三者の声で彼女の名前が呼ばれる。


 「あれ、叶じゃん」


 そこにいたのは、なるべく視界に入れないようにしていた存在。

 大人気アイドルグループに所属する、目白圭だった。


 やはり叶の家に来たのだと、嫌な気持ちが込み上げてくる。

 それも恋人だからなのだろうかと勘繰っていれば、彼はお隣の部屋をルームキーで解錠してみせる。


 「天口さんもいる。何してんの?」

 「圭……どうしよう、全部見られた」


 すべてを察した様子で、圭は頷いている。

 まるで、何もかも知っているかのように。


 「……じゃあ、天口さんだけうち来てください。叶は一回落ち着け」


 来てと手招きされて、圭の部屋にお邪魔する。

 やはり室内にはあのシトラスの香りが充満していて、2人は隣同士で暮らしている恋人なのだろうかと、勘繰ってしまっていた。


 売れ残ったグッズをあの子はどうして持っていたのだろうと、分からないことばかりで頭がパンクしてしまいそうだった。

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