二人目

「おぇ...」


つわりで体調がすぐれない。夏の夜は湿り気に満ちていて更に気持ちが悪い。そんなことを毎日考えながら過ごしている。誰かに助けてもらいたいが誰にも言えない、そんな不安と恐怖に押しつぶされながら毎日過ごしている。彼には何度メッセージを送っても無駄だった。そして私の母は、二週間おきに帰ってきては二、三万置いてまたどこかへ出かけてしまう。そんな母に呆れ父は数年前家を出て行ってしまい、当時は父を恨んだがよくよく考えればあの人も大して帰ってこなかった為、すぐにどうせもよくなった。幼き頃から愛情に飢えた私はSNSで彼と出会い頻繁に会っていた。妊娠当時は母に相談しようと思いつつも母の反応を考えたらなかなか切り出せなく、今となっては諦めている。


「死んでしまいたい」


最近よく思うことだ。だが私のお腹には一つの命がある。この子まで道連れにするのは心苦しい。


ガチャ


扉が開く音がした

「お母さん...?」

と、思いながら急いで部屋に戻る。私の背中は冷や汗で湿っている。パタパタとゆっくり歩く音が聞こえる。足音が近づく度に辺りの静けさがより一層際立つ。そこには私の心臓の音と足音だけが聞こえる。部屋の隙間からそっとリビングを覗く。

「居ない...?」

気のせいかとホッとした瞬間後ろから知らない声が聞こえた

「ばぁ!」

私は驚き、声すら出なかった。ふと顔を上げると黒い羽根と黒い輪が頭上に浮いている少女が立っていた。

「羽根....」

口が勝手に動いた。急いで口を塞ぐと

「あ、これ?いいでしょ」

とかわいらしい笑顔で言われた。

「あ、あなたは?」

私はおどおどしながら聞いた。

「僕は天使!」

「天使....?私を助けに来たの....?」

「違うよお!君を死へ招くんだ!」

死へ....?その黒い見た目からして助けてくれるとは期待していなかったがまさか死へ招くとは。

「でも私、お腹に赤ちゃんが....」

少女は納得したような顔をした。

「だけどその赤ちゃん産まれてきて嬉しいかなあ、僕だったら死んでもいやだなあ、なんせ君まだ学生だし!」

そうだ。私は、まだ学生なのにも関わらずこの子を授かってしまったのだ。もし私がこの子を産んだとしてもその後この子は幸せに生きて行けるのだろうか。もし生きて行けなかったとしたら私はどうすれば....

「死ぬしかなくない?」

まるで心を読まれたかと思った。冷や汗が止まらない。でも死ぬのは怖い。そもそもどこで死ぬの?

「僕がいい場所知ってるよ」

「でも死ぬのは怖いよ、」

少女が歩み寄ってきて、私の顔を上げる。

「僕が一緒に死んであげるから怖くないよ」

何故だろう。少女の言葉には安心感がある。まるでそれは私が求めていた愛情そのものに感じた。少女が私に手を伸ばしその手を取る。私は少女に連れられ外に出た。なぜかその時だけはつわりが消えたかのように体が軽かった。少女が私の手を引っ張っている。それがなぜか嬉しかった。初めて会ったばかりなのに前から知っているような温かさ。今から死ぬというのに清々しい気分だ。

「着いたよ」

そんなことを無心で考えていたら、ここら辺でよく洪水する川の目の前にいた。

この川は洪水するとここら一帯まで水が来るほどの川だった。

「いやっ、!」

少女の手を振り払ってしまった。

「どうしたの?」

少女は相変わらず可愛い笑みで私に問いかける。

「昔この川で、溺れたことがあって、トラウマなの....」

私の息は荒く再び冷や汗が出てきた。

「ここじゃ、無理だよ....」

しゃがみ込む私に続いて少女もしゃがみ込み私の顔を覗く。少女の顔を覗くと変わらない笑顔でこちらを見つめている。

「どうして笑顔なの。」

ふと疑問に思ったことを言ってしまった。

「どうして?楽しいから笑顔なんだよ?」

「違う....どうして楽しいの」

言葉が足らないのは私の悪い癖だ。そのせいでクラスにも馴染めず不登校になってしまった。

「あなたが死ぬから」

唐突に理解した。

何故少女が私を死へ招くのか。

私のもとに現れたのか。

笑顔の理由。

「そっか」

私は少女に手を引かれ川に飛び込む。


「ごめんなさい」と思いながら目を開ける。

息ができない。

苦しい。

ふと黒いものが目に飛び込む。私の髪だ。

黒く長く艶があり自慢の髪。これはお母さんの遺伝だ。

私はそれを見つめながら最後の力を振り絞り声を出す。


「綺麗」

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