一人目

朝起きるのが辛い。着替えるのが辛い。そもそも動くのが辛い。スマホに目をやると両親からのメッセージ届いている。「体調はどうでしょうか。いいお相手はできましたか」そんな感じのメッセージが毎週やってくる。ただ単に心配だと思うが職場がブラックすぎてそれどころの話ではない。ため息をつき今日も最悪な朝を迎え出社する。今の東京は暑中が厳しく家を出た瞬間背中が汗で湿って気分が悪い。

いつもの道、いつもの駅、そしていつもの満員電車。この会社に入社してから何一つ変わらない日常だ。こんな人生楽しくなんかない。


「もういっそ死んだほうが....」


なんて考えているうちに目の前には蒼天が広がっていた

「うわぁ、!」

大人げない声を出し後ろに倒れこんだ。俺は一体なにをしているんだ、ついさっきまで満員電車に乗っていたというのに気が付いたら場所もわからない土地のビルの屋上に立っていた。体が勝手に死のうとしていたのかと一人で考え込んでいると少年のような声が聞こえた。

「死なないの?」

振り向くとそこには一人の少女...? が立っていた。いや少女ではない...「天使」だ。だが普通の天使ではない。真っ黒な羽に真っ黒な天使のリング髪や目、服、肌以外全てにおいて黒かった。

「君は....?」

少し警戒しつつ問いかけると満面の笑みで

「天使!」

と自称天使は答えた。その笑顔はまるで作り物のようでどこか恐怖を感じる。

「ねぇ、おじさん死なないの?」

と再び聞かれた俺は

「おじさんじゃないんだけどなぁ、」

とつい呟いてしまった。

「へぇ、何歳なの?」

よく聞かれることだ。俺はまだ32だが目の下のクマのひどさやほうれい線、伸び切った髪などでよく40代と間違われる。

「...さーん?おじさんったら!」

意識が戻り天使のほうに目を向ける相変わらずの笑顔でこちらを見つめている。

「俺死にたいのかなぁ」

また呟くように声が出た。

「死にたいからここにいるんじゃないの?」

真っ当な返答だった。でも会社に行かないと上司が...などと呟いていると天使が俺の隣に腰を下ろした。

「なにそれ愚痴?」

と聞いてきた。

「あ、あぁ。」

曖昧に言ってしまった。天使は小さくため息をつき

「僕が愚痴をきいてあげるからそしたら死んでくれる?」

と問いかけてきた。死ぬのかぁと思いながら

「いいよ」

と快く答えてしまった。死にたくないと思っていたわけではないが独り寂しくこの世を去るよりかは死ぬ前に誰かに話を聞いてもらったほうがいいと思った。俺は自分より小さな子供相手に愚痴を始めた。

「俺なんて結婚はできないし上司に頻繁に呼び出されては意味もなく怒られるし、俺の功績は横取りされるし、挙句の果てには新入社員の子に汚いやらセクハラやら言われる始末なんだよ」

愚痴りたいことがありすぎて意味もなく言葉が出た。ふと我に返り天使のほうを向くと相変わらずの笑みで

「それ生きてて楽しいの?」

と聞かれた。

「楽しくない」

無意識に出た言葉に俺は驚き、天使はその言葉を聞き更に笑顔になった。天使は優しく包みこむような声で俺に問いかける

「おじさんはさぁ、そんな上司に功績を取られてまでその会社を働きたいの?」

「....働きたくない」

また無意識に言葉が出る。

「女性に蔑まされてまで結婚したいの?」

「..したくない」

じゃあさと天使が一言

「死なない?」

「あぁ」

不思議な感覚だ。目の前で口を開けて天使が喋っているのにまるで天使が俺の中に溶け込んできていて脳が天使に支配され動かされているような。だが嫌な気持ちはしなかった。自分では言えなかったことが全て無意識に出てくれたんだ。本当は会社を辞めたかった。本当は結婚なんてしたくなかった。そして死にたかった。曖昧なところでずっと止まっていた俺の自殺は今実行される。

天使に手を引かれながら。今まで重かった足が軽い。今までにない高揚感。

そういえば天使は何故俺をあんなに死なせたかったんだろうか。


「なぁ、天――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る