レイナード家の物語
お兄ちゃまの恋愛事情 前編
学院を卒業したロイドは、実家のあるウォルトン領ではなく王都で暮らしていた。
領の主力が農業であるためウォルトン領主である父親と二人の兄は滅多に領から出ないため、ロイドはこの町屋敷の若い主人だった。
「坊ちゃま」
呼ばれ方は、まあ、この際問題はない。
この書斎にはロイドと、ロイドの父が派遣してくれた家令しかいないのだから。
「本日届いたお手紙です」
受け取った手紙を確認すると夜会の招待状が多い。
「これのほとんどに『ぜひお友だちと』って書いてあるんだよな」
「レイナード邸のガードは厳しいですからね」
ロイドの親友であるパーシヴァルはレイナード侯爵夫妻の息子であり、国内随一の商人で資産家のレイナード侯爵は家族をとても大切にしているのだ。
「レイナード邸で茶会が開かれるとなれば、その招待状はプレミア付き。侯爵夫妻と懇意になりたい者たちは招待状が届いた者を調べ、あの手この手でつながろうとしていますね」
「それじゃあこれはプレミア付き招待状だ」
「レイナード侯爵邸での茶会はつい先々週……なるほど双子様からですね」
ロイドが見せた招待状。
場所はレイナード邸内の庭、そして日時が幼い文字で書かれている。
最後には「絶対に来てね」と、二人分のサイン。
「一人ならば天使のように可愛いのに、二人そろうと悪魔のように厄介なんだよな……あの二人が姉ではスタンリーも苦労するだろうな」
ロイドの言葉に家令は何も言えなかった。
姉が一人いる彼は、双子の姉をもつ、顔も知らない殿上人のスタンリーという少年の未来に同情しかなかった。
「他の茶会はどうしますか?」
「仕事に関係することもあるからヴァルと相談して決める」
主人に仲のよい友だちがいること、それが貴族社会においては貴重であることは家令にも分かっていた。
しかし恋愛方面に積極性が欠ける主人にため息もでてしまう。
いまのロイドは貴族だけれど、継ぐ爵位がないのでいずれは貴族ではなくなる。
貴族のままでいるならば、家督を継ぐ者のいない貴族の家に婿入りするなり養子に入るなりしなければならないのだ。
「お仕事も良いですけれど、恋愛は大事ですよ」
「恋愛……恋、ねえ」
***
「お兄ちゃまが恋をしてくれません」
「……誰か義姉になって欲しい人がいるのですか?」
「違います、恋物語が見たいのです。相手は誰でもかまいません」
「ダメよ、それは。その女性は将来私たちのお義姉ちゃまになるかもしれないのよ」
「そうね、それじゃあ相手は……」
双子の要求を満たす理想の義姉の話は長そうなので、ロイドは双子の話に割り込む。
「メグ様、アン様。恋物語ならば御両親を見ていればよいではありませんか」
「ロイド様、私たちが見たいのはどうやって恋をするかなのです」
「恋に落ちるところですわ」
「すでに恋人同士であるパパとママをみても意味がありません」
「恋に落ちる瞬間……」
「本を読むと、心に花がパッと咲いたとか、雷に打たれたような、とかあるみたいなのですが、心に花は咲きません」
「雷に打たれたら死んでしまいます」
だから実際はどうやって恋におちるのか。
それを体験した本人から聞きたいというのが双子の意見である。
二人の家庭教師がもう七歳の少女たちに恋物語をすすめていることにロイドは驚いたが、貴族の令嬢は『恋愛』の教育を早くに受けるのかもしれないと思った。
「最近は昔ほど結婚が早くはない」とロイドの父は言っていたが、女性の場合はどうしても出産が関わる以上は適齢期が若めに設定されてしまうのだ。
(この二人も早ければ十年くらいでお嫁に行くのか……行けるのかな)
二人の大人になった姿は容易に想像できる。
二人は母である公爵夫人に色も容姿もそっくりなので、将来彼女のような美女になって社交界を賑わせることになることも想像がつく。
しかし、二人が男性から差し出された手をとる姿は想像がつかない。
双子の前に父である侯爵がでんっと仁王立ちする姿しか想像できないからだ。
(この二人の結婚相手は苦労するだろうな)
まだカゲも形もない男にロイドは心の奥底から同情してしまった。
「ロイドしゃま、お兄ちゃまに浮いた噂はありませんか?」
「お兄ちゃまが『あの子可愛い』とか言っているのを聞いたことは?」
「……ない、ですね」
出会った頃からいま現在までの記憶を探っても、パーシヴァルが特定の女の子に目を向けたことはない。
周囲の男共が思春期に突入し、下世話な話で盛り上がっても、パーシヴァルは「みんな可愛いね」と穏やかに微笑むだけだった。
(あいつ、マジで聖人スーク・シータの生まれ変わりかなんかじゃないか?)
ロイドは過去に彼女がいたことがある。
学生同士の可愛い恋愛だったけれど、それなりに楽しかったし、彼女がいたときの生活はバラ色に染まっていた……気がする。
(それで俺も言ったんだよな、お前も彼女を作れよって)
パーシヴァルの答えは「気が向いたらね」といったもので、あれは言葉を変えれば『その気はない』と取れるのではないかとロイドは思った。
「メグ、すごいことに気がついちゃった」
「アンも?私もすごいことに気がついちゃった」
「わあ、やっぱり私たちって双子だねー」
「だねー」
「「お兄ちゃまは男性がお好きなのよ!」」
「誰だ!アン様とメグ様にラブボイボイを布教したやつは!」
ロイドの叫び声に双子たちは首を傾げる。
「ミシェル叔母様です」
「……それについてアリシア夫人は?」
「ママは『シュミやシコウはそれぞれ』と笑っていました」
「それではヒューバート様も強くは出られないだろうな」
学院を卒業して本格的に商売の世界に足を突っ込んだロイドは、友人の父親としての顔しか知らなかったヒューバートの商会長としての冷酷な顔を知った。
社交界に彼が足を踏み入れれば、数人の貴族や商人が「灼眼の悪魔がきた」といってこっそりと、逃げるように会場から出ていくのも見かけた。
この国の経済界で最も発言力が強い彼を『黄金を生む神』と崇める者もいれば、『灼眼の悪魔』と言って奥歯をギリギリと言わせる者もいる。
その神とか悪魔とか言われているヒューバートが頭が上がらない者がいる。
そのトップに君臨し、ヒューバートも頭をあげようとせず喜んで尻に敷かれているのが、彼の最愛であり人目もはばからず溺愛している妻のアリシア夫人だった。
(そんな妻に似ている娘には、それは勝てないだろうなあ)
「ロイド様も読みますか?」
母親似のペリドットを思わせるペリドットの瞳を煌めかせれば即K.O.。
目をキラキラさせているのが男性同士の愛を綴った物語の布教だったとしても。
「叔母しゃまのイチオシです」
「いえ、結構です」
「でも……「ダメだよ、アン」」
マーガレットの制止に、前のめりだったアンジェラがビクッと震える。
その理由はロイドには分かっていた。
母であるアリシア夫人は他人の趣味や嗜好をどうこう言う人物ではない反面、相手から趣味や嗜好を押し付けられることを嫌がる。
『すすめる』と『押しつける』の線引きを間違えると、七歳児であろうと容赦なく怒られるのだ。
その証拠に、
「ママ、怒るとこわい」
「アン、それなら言うことは?」
「ロイドしゃま、ごめんなさい」
小さな頭がぺこりと謝罪する。
その悶絶しそうなほどの可愛らしさにロイドはくらりとした。
これが侯爵家でみなの愛情を浴びて育っている双子が我がままにならない理由。
アメとムチの使い分け。
子どもに対してはヒューバートがアメで、アリシアがムチだった。
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