大蓮サバコシリーズ
泡森なつ
呪いの絵画編
呪いの絵画 前編
日本。H県K市S高校。その学校では自由な校風を謳って、様々な部活動が許可されている。
スポーツならば野球、バスケ、バレー、水泳、サッカー。インドアならば美術、漫研、映研、アニ研、茶道、科学、などなど。そこでは文武多様の活動が行われ、生徒たちは勉学を伴いながら日々健全な学校生活を送っていた。
しかし、その中でひと際異才を放つ部活動が存在した。生徒達には特別気味悪がられ、生徒会からも厄介者として扱われ、その部室は一目のつかない校舎の離れに位置し、生徒会以外にその活動内容を知る者は少ないという極めて謎多き存在。校内中に貼られたビラと、風の噂で耳にする嘘のような話だけが、その輪郭をなぞっていた。
——その部の名は『オカルト研究部』。
日本全国に存在する五千以上の高等学校を探せば、同名の部活動は幾つも存在するだろう。事実このS高校でも、あの女が現れるまではあの『オカ研』も世に
そうして今、生徒会役員の一人、和田タケルがスライドドアをノックする。校舎の離れ、屋外にぽつんと立てられたその部室のドアは、軽く叩いただけで大袈裟に揺れ、がなるようなけたたましい音が鳴った。建付けが悪いことが良く分かる。古い建物だ。
「オカルト研究部! まだ活動録を提出していないだろう。金曜までに提出しろと言ったはずだ」
和田がそう言うと、程なくして忙しない騒音がばたばたと室内から起こり、部室のドアが勢いよく開かれた。
すると、そこから飛び出してきたのは額に汗を浮かべた一人の女子生徒。和田より少し背が低く、双眸は夜の海のような紺色だった。ベールのよう黒い長髪は腰まで伸びてとても美しく、これまで幾度となく見る者に強い印象を与えてきたことは間違いない。
彼女こそがかのオカルト研究部の部長を務めるキワモノ。学園随一の騒がせ者にして生徒会を翻弄する嵐の目。二年二組の自称『
「すまん、タケル! もうちょっとだけ待ってくれないか!?」
情けない出会いがしらの懇願にもタケルは動じなかった。それが効かないと分かると、彼女はすぐさまその整った顔立ちでわざとらしく上目遣いをしたが、それでも彼は決して靡かない。
「今週の金曜までだ」
「あー、今日って何曜だっけ?」
「……金曜だ」
途端、ぴしゃり。サバコは何も言わず、勢いよく部室のドアを閉じた。続いてその後から鍵をかける音が聞こえた。
「はぁ……」
大蓮サバコ。中学から心霊、UMA、異星人、その他様々なオカルトコンテンツに魅入られた彼女は、それ以来ありとあらゆる世の不可思議に興味を示し、好奇心のままに首を突っ込んできた。
彼女は特別な生まれを持っているだとか、神聖な血筋を持っているだとかいう訳では無い。ただただ幸運だったのだ。
これまで彼女は様々な事件に自ら巻き込まれ、あるいは人々を巻き込んできた。幾度も死を覚悟するような困難な状況に陥り、身の毛もよだつような、精神に深い傷を負わせるほどの悍ましい事件にも直面してきた。
それでも、彼女は必ず生きて帰ってくるのだ。何の因果か分からないが、彼女はオカルト的なものに惹かれ、あるいは引き寄せ、そしてそれを堪能して帰ってくる。事件を解決させるでもなく、ただそこから戻ってくる。
そのような彼女は生徒会にとっては半ば目の上のたんこぶである。生徒会に提出される月に一度の『活動録』——オカルト研究部が提出するそれは、およそ常人の生徒会にとっては理解不能で、突拍子もないものばかりだからだ。それが例えば娯楽目的の読み物ならまだしも、事務的に処理しなければならない彼らにとっては荒唐無稽きわまりない内容なのだ。
——以下、これより先の記述は、彼女の数多ある荒唐無稽な『活動録』の中の一つである。
☆
6月16日
春が過ぎてから幾日か経ったのを頭で理解していても、近年の速足のような気温上昇には流石の彼女も苛立ちを憶えていた。今年も長い長い夏が来るのかと思うと、そろそろ身銭を切ってでもエアコンの設置を検討すべきかもしれない。設備が不十分な部室をぐるりと眺めて、大蓮サバコはそんなことを考えていた。
校舎の離れに位置するその部室は、元々は物置小屋だった場所だ。今そこにあるのは、折り畳み式のテーブルと部費で購入した安物のゲーミングチェア、そして空席のパイプ椅子が三つだけで、後は元から置いてあった本棚などをそのまま活用しているのみである。
サバコは本棚から一冊のオカルト特集本を取り出して、数ページをぱらりと読んだ。それを戻して別のを取り出し、また数ページ読む、をひたすら繰り返していた。オカルト研究部の部室内での主な活動はそれに終始している。
「あ!」
黒髪を揺らせながら退屈を極めていたその時、ポケットのスマートフォンが小刻みに震えた。サバコは目を輝かせて取り出すと、震動と共に通知を知らせたメールアプリを確かめる。するとそこには——
『呪いの絵画について……一年 岡本悠里より』
そのメールを開く前から、彼女の目はいっそう輝いた。
本来のオカルト研究部の主な活動は、生徒からの情報や、部長サバコの情報網に掛かった奇妙な事件に首を突っ込み、それを満足するまで堪能することである。今回のメールもサバコ自らが学校中に貼って回った『怪しいチラシ』を見て、生徒が送ってきたものだった。
本文には「美術室で待っています」とだけのシンプルな文言。サバコはそれを見るや否やすぐさま部室を飛び出すと、本館にある美術室へ向かって駆けだした。
時刻は夕方六時頃。何人かの美術部員が帰り支度を終えてサバコとすれ違う中で、その美術室では女子生徒が一人寂しく腰を据えて、半身ほどある大きさのキャンパスに向かい合っていた。
「君が岡本悠里さんかな。二年の大蓮だ」
「大蓮先輩ですね。オカルト研究部……まさか本当に存在するなんて」
「ハハ、オカ研は顧問も部室も部長も存在する立派な部だよ。無いのは部員だけさ」
サバコは言いながら、悠里が向かい合っていたキャンバスを覗き見た。それはまだ線画の段階だが、人物画のようだった。
「自画像かい?」
「誰でも無いんです。——そうだ、良かったら先輩がモデルになってくれませんか?」
「いや結構。今回は話を聞きに来たんだ。確か、呪いの絵画だってね?」
軽く一蹴された岡本悠里の顔は少し不満気だった。しかし話が本題に入ると、彼女はスマホを取り出して一枚の写真を見せた。
そこに写っているのは一枚の油絵。絵の中には可愛らしい和服を着た一人の少女が、真っ黒な瞳でどこかを見つめていた。黒の長髪がうっすら青色を帯びて艶めかしく表現されており、幼気な少女を気品あふれる大人に仕立て上げていた。佇まいも非常に美しく、しばらく見ていると胸のあたりが僅かに揺れだして、少女は今まさに呼吸をしている生きた人間なのか錯覚してしまう。が、その真っ黒な瞳が虚空を見つめている事実に気付くと、これは作られた人間なのだとふいに現実に引き戻される。しかしその小さな絶望も悪いものではない。リアリティと創作の絶妙な境界が、キャンバス上の油絵具たちによって丁寧に線引きされていた。
「やけに高画質だな。題名は?」
「最新のスマホですから。絵画の名前は『少女D』……聞いたことないでしょう?」
芸術に明るくないサバコにとって、当然その名前は聞き覚えが無かった。見ていて思うことがあるとすれば、絵の中の可憐な少女の顔がどことなく自分と似ているというくらいである。
「この絵画を調べてほしいという訳か」
「そういうことです。どうでしょう、興味そそられます?」
試すような口調で悠里が訊ねた。栗色の短髪を揺らして、小動物のような瞳を向けている。しかし、サバコはどうにも渋い表情を浮かべていた。
「スマホ越しでは呪いも何も起きないのか。正直面白くない!」
「うっ。やっぱりそうですよね……」
「やはり実物を見ないとなぁ」
少しでも情報を得ようと、サバコはスマホを取り出して『少女D』の絵画を調べた。しかし仮にも本物の呪いの絵画ならばそれは当然と言うべきか。検索結果には同一の絵は何一つ出てこなかった。情報の少なさに辟易していると、関連する情報に一人の画家を見つけた。百年前の有名な人物画家だそうで、サバコはついその名前を諳んじた。
「作者、岡本宗次郎?」
隣に居た岡本悠里が、おずおずと申し出た。
「……本物うちにあるんですけど、見に来ます?」
6月17日
休日の土曜日を利用して、大蓮サバコは岡本家を訪れた。地図をスマホから確認すると、その場所が住宅街の少し奥まった位置にあるのが分かる。閑散とした家々を通り過ぎて、緩やかな坂道が続いていた。
白のワンピースが帆のように膨らむほど、その身いっぱいに風を受けながら、サバコはようやくその家に辿り着いた。
「ごめんくださ~い!」
岡本家の表札はその威圧的な木の門に飾られていた。左右を見渡せば、敷地の広さを強調するように白い壁がずっと続いているのが分かる。塀を越えて雅な松の木が飛び出しているのと、広々と土地を使った余裕のある佇まいは圧巻だ。あえて俗っぽい言い方をするならば、岡本悠里の家は『金持ち』だった。
やがて母屋の扉がゆっくり開くと、そこから岡本悠里と、続いて爽やかな中年——浅緑のポロシャツを着た父親らしき男が顔を出した。
「大蓮先輩、ようこそ」
「君が悠里の友達のサバコ君だね。父の岡本一郎だ」
「大蓮サバコです。えと、その、呪いの絵画を見せてもらえるとのことで……」
サバコはそわそわと落ち着かない素振りで、今すぐ家中を探し回りたいといった様子だった。きょろきょろと周りを見渡しては好奇心を隠せないでいる彼女を見て、岡本一郎は微笑み混じりに戸口を広げた。
「上がって。お茶菓子を用意してあるよ」
居間に通されるまでの途中、岡本家の廊下は様々な絵画が飾られてあった。多くが人物画であるが、時折風景画、静物画もあり、そのどれもが油絵で美しく描き上げられていた。ソファーに着くまでの始終でサバコはようやく逸る気持ちを抑えたのか、今では落ち着いて一郎の目を見つめて話を聞いている。
「岡本家は昔からアーティストが多くてね。先祖の偉大な画家、岡本宗次郎から端を発して、この家からはいつも才能に溢れた芸術家が出るんだよ」
「飾られている絵も、全て岡本家の人が?」
「そうだよ。まあ、今は美術展などに出ているから、ここにあるのは全てレプリカ……贋作なんだけどね」
「へぇ」
空返事とも取れる相槌でサバコは会話を続けた。
「そういえば、岡本宗次郎と言うと『少女D』の作者ですよね」
「ああ。君が見たがっている呪いの絵画だね」
「この家にあるんですか?」
サバコの片手には出された菓子がつままれていたが、それを口に運ぶ気配は一切ない。
「……ああ、あるとも。だけどあんまり言葉に騙されちゃいけないよ。何せ百年以上も経ってるんだ。呪いだって風化するかもしれない」
一郎は乗り気ではなかったが、それでもサバコは折れなかった。観念したように彼が立ち上がると、その後を黙ってついていった。
長い母屋の廊下を抜けた後、離れにある大きな蔵に辿り着く。大きな二枚扉は平時開いており、そこから覗くと木製イーゼルやキャンバスが幾つも並んでいるのが見えた。棚には種々雑多の小物が乱雑に——しかし、恐らく所有者なりの法則性で——並べられ、小窓から差し込んだ光も相まって情緒的な景色である。どうやらそこはただの蔵というよりも、アトリエとして使われていると言った方が正しかった。
一郎が蔵の奥へと案内を続ける。外見よりもその中は広く、いつの間にかサバコの辿る道には陽の光が充分に差さなくなり、蔵の中の照明だけが頼りだった。そこらに置かれたキャンバスなどに当たらぬよう慎重に彼の後を着いていくと、まもなくそれは見えてきた。
「これが呪いの絵だ」
一郎が手のひらを向けた先にあったのは、昨日、悠里から見せられた写真の通りの絵画『少女D』だった。イーゼルの上に、額縁にも入れずにぽつんと置かれて、傍らにはそれまで隠されていたのか、布が雑に捨て置かれている。実物は写真で見るよりも繊細に思え、少女の目の黒さが殊更印象的に感じられた。そしてなにより、それは百年以上が経過しているにしては明らかに傷が少なく、かなり状態の良い絵だった。
「近付いてもいいですか?」
「どうぞ。けど慎重にね。絵画としても貴重なものだから」
それから、サバコは様々なことを試した。至近距離に近付く。目を合わせる。匂いを嗅ぐ。絵を動かす。写真に撮る。削除する。再び写真に撮る。滅茶苦茶に加工する。ひたすら見つめる。部屋を暗くして何時間も側に居座る。
少し思案して、今度は祈りを捧げる。愛を伝える。罵詈雑言を浴びせる。殴るふりをする。謝る。慰める。再び愛を伝える。共感する。やっぱり罵倒する……。検証の際中、一郎と悠里が奇異なものを見る目で彼女を心配そうに見つめていたが、本人は何一つ気にしていないという素振りだった。
サバコが出来る限りのことをし終えた頃、空はとうに夕暮れ模様を呈していた。
時刻は夕方六時前。考えつく限りの方法を試したが、肝心の呪いは何一つ起きなかった。それどころか、この数時間の検証を通して尚、彼女は少しも奇妙な感覚を覚えなかったのだ。霊感に自信がある訳では無かったが、手応えというものは何一つなかった。
全ての検証を終えた後、サバコは居間に戻り絵画のことについて一郎に尋ねた。
「この絵は実在する少女がモデルになってるんだ。Dというのはその少女のイニシャルだね」
「その呪いの絵と言われる由縁とは?」
「出自が少々問題でね。当時四十そこそこだった岡本宗次郎が一人の少女に恋をしたんだ。だけど少女は宗次郎の気持ちに応える前に事故死してしまった。成就しなかった恋を悔やんで、彼は一枚の絵を描き上げた。それが『少女D』なんだ」
「それで、この絵で誰かが死んだり、不幸な目にあったとかは……」
「——ないね。さっきも言ったように、呪いは風化しているんだ。『どこか気味の悪い絵』という評判こそはあっても、『あの絵』が誰かを殺したことなんて、私の知る限りではこれまで一度も……」
それを聞くと、サバコの顔つきが露骨に変化した。
「うう、肩透かしを喰らった気分だ……」
「ははは、満足するまで見てもらって構わないけど、一応気を付けてね。さっきも言った通り、あれでも貴重な絵画だから……」
「も、勿論。こんなこと滅多にありませんから。とことん検証してやりますよ……!」
サバコは執念に似た感情を露わにしつつ、しかし陽も傾いてきたのでその日は帰ることになった。
翌日の日曜も遊びに来て良いか尋ねると、岡本悠里が大層嬉しそうに了承してくれた。約束を取り付けた所でサバコは満足して帰路を辿ろうとする。
——が、その帰り際。彼女は即座に踵を返し、一度くぐった門の下に戻ってきた。岡本家の人々の目を盗んで再び蔵を訪れようというのだ。彼女の思惑では、夜が近付けばきっと絵画の雰囲気も変わるだろう。ともすれば呪いというのもその時初めて確認できるのではないか? 昼夜で様相が変わる絵というのはよくある話だ。そうと思えば……。
一度好奇心と可能性を目にすると、自制心が働かず脚を止められないのが彼女の悪い癖だった。
岡本家の広い庭を抜け、遠回りをして蔵の前に辿り着く。扉は依然解放されたままだ。スマホのライトを点けて足元を照らし、暗がりの中、時折そこらのイーゼルに脚をぶつけながら奥へと進んだ。
すると、目的のものは記憶よりも手前の位置に見つかった。布が被さった『少女D』がそこにある。
サバコが躊躇なくそれに近付いたその時。彼女は絵の少女の姿を布越しで想像したと同時に、何故か近寄って触れるのも極端に憚られるような奇妙な胸騒ぎが、胸中のみならず身体の外側、皮膚の隅々まで鳥肌となって行き渡っていくのを実感した。
「……!」
不安の正体を探る為、これまた躊躇なくその被さった布を取ると、そこに現れたのは傷一つ無い絵の中の少女だった。可憐な少女が虚空を見つめている。その美しく脱力させた肩と長い黒髪、そして絵画全体のどこか冷たい雰囲気が少女を大人にさせている。可愛らしくも控え目な色の着物も、それを着る人間を引き立てるのに役立っていた。
サバコは何度も見たはずのその絵画に対し、今度は得も言われぬ違和感を覚えた。それは先も感じたものより強い、近寄りがたい恐怖という感覚がまず第一に訪れ、その次にここから逃げ出したいという焦燥が沸き上がった。まだ夏の到来を感じ取るには早い時期だというのに、べたつくような気持ちの悪い汗が止まらなかった。片時も目を離せないのに、少女の輪郭が、佇まいが、その目が、何もかもが恐ろしく思えて仕方が無かった。
そうして恐怖と焦燥の内に芽生えるのは一つの思考。ただただ助けて欲しいという思い。しかし助けを乞おうにも、今ここに逃げ場というものは、目の前の母性を秘めた可憐な少女、その懐のみだと。そうとしか考えられなかった。先程まで恐怖を抱いていた対象にそのような考えを抱くなど、平生ならば訝しんで然るべき状況だ。しかし、その考えが間違っていると断じられる自信がサバコには無かった。先程から彼女の胸中を席巻する、恍惚にも似た甘いざわめきが、彼女の思考活動を何度も何度も邪魔していたからだ。
少しずつ、少しずつ。大蓮サバコの足が靴裏を摺りながら呪いの絵画の下へと向かう。悠里の父、一郎が「『少女D』は絵画としても貴重な為、慎重に扱うように」と忠告していたのを思い出す。思い出したが、持ち上げた腕は下がらなかった。キャンバスの両端を手に持ち、ゆっくりとそれに顔を近づける。そうして、絵を溶かしてしまうほどの荒く湿った呼吸がキャンバスにかかった。少女の底知れない美しさに魅了されると、自分の意志では一つも身動きが取れないでいた。次第にサバコの身体は操られるようにして、するするとその漆黒の瞳に吸い寄せられていき——
「——先輩?」
「はっ! 悠里さん、か……!」
サバコが絵画の呪いに喰われそうになっていたその時。蔵の戸口から岡本悠里が声を掛けた。悠里は訝し気な表情で見つめていたが、サバコの目の前にある絵があの『少女D』だと分かると、はっ、としたように彼女の手を取って蔵の外に連れ出した。
「悠里さん、その、済まない。どうしても気になってしまって」
「構いません。それより先輩は大丈夫でしたか? どこか苦しい所はありませんか?」
悠里は掴んだ腕で彼女の脈を図っていた。あの体験の後で脈が早まっていたのが見透かされている。岡本家の人間だからか、呪いに当てられた人間の対処には慣れている風だった。
「だ、大丈夫だよ。大袈裟だ。ちょっと見惚れてしまっただけさ」
「……あまり無理はしないでください。呪いは本物なんです。明日もあるんですから、どうか慎重に……」
怒気を混じらせて注意する彼女だったが、サバコはそれに対し特別申し訳なさそうな態度を見せることもせず、少し喜ばしげだった。彼女の口からはっきり「呪いは本物」だと言質を取れたからだ。サバコは勢いそのままに尋ねる。
「アレは君の先祖が描いたものなんだろ? 少女の死の内容や、岡本宗次郎の末路など、君が知る限りの詳しい経緯を明日聞かせて欲しいんだが……」
「詳しい経緯ですか……それならば父が適任だと思います。正直詳しくないので。それに、明日は学校で絵の続きを描かなければいけないですし——」
「ん? この家では描かないのか? せっかく立派なアトリエもあるというのに」
「えっと……ほら、すぐ傍に呪いの絵がありますから」
それもそうか、とサバコが納得しかけたその時。ふいに背後で何者かの視線を感じた。しかし、咄嗟に振り向いて確かめるもそこには誰も居ない。
「先輩? お父さんに見つかると怒られるので、そろそろ帰りましょう」
「あ、ああ。そうだな。今日は本当にありがとう。また明日も……」
二人がそうして足早に蔵から背を向けた時。建物の影に一人の男の姿があったが、サバコはその存在に気付くことはなかった。赤く焼けた夕暮れの坂道を下り、その背中が見えなくなるまで、男は二人をずっと見つめ続けていた。
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