第47話 根拠

 パルスはその教本を掲げながら、語り始めた。


「此度の伝染病を治すために、私なりに改めて白魔術を学んでみました。ですが、あくまで私の個人的な見解ですが、白魔術ではダメなんです。たしかに回復魔法や各種薬草など、他の怪我や病気に一定の効果が確認されている技術もあります。でも、根本の基礎や理論にほとんど根拠がないし、教本によって書いてあることがばらばらです。なんというか、古今の権威者の個人的な経験則や根拠のない想像を行き当たりばったりに並べ立てているだけのように思えるのです。そんなものでは、傷付き、病める人々を救うことはできません!!」


 パルスの熱弁にリオは驚嘆した。


 私と全く同じことを考えている……


 この世界の白魔術には問題点が二つある。

 一つは、白魔術の理論が系統立てて整理されておらず、標準化もされていないこと。

 二つ目は、そもそも白魔術の理論のほとんどに根拠がなく、裏付けの証明もなされていないこと。


 リオの前世の世界にはEBM(Evidence-Based Medicine:根拠に基づく医療)という言葉があった。

 担当医個人の経験や憶測を元に治療を行うのではなく、蓄積・解析された医学データや理論を元に治療を計画・実施するべきであるという考え方だ。

 これは医療に限ったことではなく、科学的根拠に基づいて論理展開し、技術運用していくというリオがいた世界では当たり前のセオリーであった。

 だが、この世界はまだその領域に至っていない。

 リオがいた世界でも、数百年前までは根拠も何もない医術が横行している時代があった。

 それはこの世界の白魔術と同レベルと言っても過言ではない。

 この世界がそういった科学的な考え方が当たり前になるには、リオがいた世界と同様、数百年以上の時間を要するだろう。


 そんな世界にあって、パルス・アンブローズという少女は白魔術の不完全さに自力で気が付いている。


 本当に何者なんだろう……

 この人は……


 リオがパルスに対して畏怖に近い感情を抱き始めていた。


 だが実は、パルスもまたリオに対して同じ思いを抱いていた。


 リオ・クラテスの知識と技術は、白魔術とは全く異なるものだ。

 そして、今王都に巣食う伝染病を駆逐できるのはリオしかいないと。


「お願いです!! 私をリオさんの治療施設へ連れて行ってください!! そして、リオさんの知識と技術をもっと私に教えてください!!」


 パルスはそう叫び、意思のこもった強い瞳でリオを見つめた。


 全く予想外の展開ではあるが、リオからすれば願ってもないことだった。

 パルス王女は間違いなく強い味方になる。


 リオは意を決し快諾の返事を口にしようとした。


「よろこ……」


 が、そこで、リオの声を遮って思わぬところから横やりが入った。


「それは止めたほうがいい」


 横やりの主は、ライナであった。



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