大賢者エルフは引きこもりたい

へぶん99🐌

異世界生活のはじまり

第1話 プロローグ

 もしかして俺ってぼっちじゃない?


 その事実に気付いた時、既に俺の大学1年生は終わっていた。


 気付くのが遅すぎた。


 小中高と違って、大学の講義は基本的に自由席。余程の物好き以外、仲良くない陰キャに声をかけてくれるわけないじゃんって言うね。


 他人に期待していた自分がアホだった。


 地元を離れての一人暮らしは、友達や彼女がいなければ苦痛でしかない。自嘲気味に肩を竦めて、足元にあった貝殻を海に向かって放り投げる。


「キャンパスライフなんて存在しなかった」


 最近は暇と孤独を持て余し過ぎて、海や山を散歩して気を紛らわせている。それ以外は大学にいるか、家で引きこもっているかって感じ。まだ大学生活は始まったばかりなのに、ソロライフを満喫中である。


 友達や彼女は欲しいが、嘆いてももう遅いレベルに達しているな。哀れ。


 そんな感じで砂浜をソロ散歩していると、足元から変な声が聞こえた。


『おい、お主。聞こえるか』


 マイクのエコーが掛かったような声。思わず足を止めたところ、岩陰に隠れるようにして奇妙なペンダントが砂を被っていた。大きな紺碧の宝石のペンダントで、素人目にも値打ちのあるものだと分かった。


 手に取って付着した砂を払ってやると、その宝石の内側に溜まった光が意志を持っているかのように蠢いた。声付きで。


『砂に溺れるところだった、助かったよ』


 よくできた玩具だなぁと感心していると、その声が妙なことを口走り始める。


『ワシを見つけてくれたのはお主が初めてじゃ。名を何と言う?』


 最近の玩具ってすごい。海水に揉まれても動くんだ。


「櫻田東輝」


『ほう、サクラダ・トウキというのか。いい名前だ』


 ペンダントが俺の名前を復唱した瞬間、「ん?」ってなった。収録ボイスじゃなくて、もしかしてこのペンダントそのものが喋ってるのかな?


『ワシの名はウィンター。かつて異界の地にて大賢者として名を馳せた魔法使いじゃ』


「そういう設定のオモチャ?」


『違う。ワシは大賢者じゃ。ワケあって今はこの姿だが、玩具などではない……』


「子供の夢を壊さないように受け答えもバッチリだ」


『話の分からん奴だな』


 オモチャとここまで会話ができると、不気味さよりも興味が勝る。俺は自称大賢者のウィンターとの会話をもう少し楽しむことにした。


「異界の地の大賢者なら、魔法とか使えないの?」


『使えるとも』


「じゃあ、その魔法で大賢者だってことを証明してくれない? 例えばその『異界の地』に連れていってくれたら、お前の実力を信じてやらないでもない」


『……良かろう。後悔するなよ?』


「おう」


 先に言っておくと、会話の中で大賢者ウィンターを煽ったのが運の尽きだった。煽った俺は当然悪いけど、一般人の小言で効いちゃった大賢者も悪いと思う。


『ワシを首に掛けよ。さすれば我が故郷に行けるじゃろう』


「はいはい」


 小馬鹿にするようにペンダントを首にかけて、ぶつくさ喋るウィンターを見守る。


『転送先はダンジョン内に隠された秘密の部屋。そこに向かって魂を飛ばす』


 ウィンターの声が海岸に響き渡ると、俺の胸元から魔法陣が飛び出してきた。


『では、向こうで会おう』


 その声を最後に、俺は一瞬だけ意識を失ってしまった。


 気がつくと、俺は埃まみれの部屋の中にいた。


 歪な岩壁に囲まれた空間と言うべきか。洞穴の中に布を敷き、家具を持ち込んだだけの簡素な部屋だった。


 空気が違った。息苦しく、こもっている。己の息遣いしかないその空間に、流石の俺も確信する。


 これは手品でも何でもない。本物の魔法なのだと。俺は異界の地にやってきてしまった。ウィンターは本当に異世界の大賢者だったんだ。


 ウィンターに「参った」と伝えようとしたが、奴の姿は何処にもない。向こうで会おうと言った癖に俺を放置するとは……煽り耐性が無さすぎるぞ大賢者。


 その場にあった本を手に取って中身を覗いてみると、ちゃんと異世界文字が刻まれていた。何故か内容がスラスラと入ってくるんだけど……とにかくマジで別の世界に来れたようである。


 そう言えば、首にあったペンダントはどうなったんだ。そう思って胸元のペンダントに触れようとしたところ、硬い宝石の感触が無かった。


 その代わりに、むにょむにょとした柔らかな感触が指先を襲った。


 何を触ったのか確かめるべく胸元を見下ろすと――デカい何かがあった。それはおっぱいだった。


「何だこれ……はあ!? ちょっ、誰だこの声!? 俺の声なのか……!?」


 突然色んなことが起こりすぎていた。


 胸は盛り上がってるし、俺の声は高くなってるし、ウィンターは居なくなってるし、どうやら身につけている衣服も色々と違っている。


 半ば、いや、めちゃくちゃパニックである。ポケットの中にスマホはない。トカゲの死体と謎の石があるだけ。


 部屋を見渡して埃を被った鏡を覗き込むと、鏡の向こう側から悲壮な顔をした超絶美少女エルフが現れた。


「ギャ――!」


 俺が叫ぶと同時に、鏡の中の美少女も叫んでいた。


 俺の顔はどこに行った。イケメンでもブサメンでもない、あの憎ったらしい顔は? 俺はこんなに可愛くなかったのに!


 異世界に来てしまった上、訳の分からんエルフになってしまったとでも言うのか?


「まさか……」


 俺はひとつの可能性に思い至る。


 それは大賢者ウィンターの言葉である。「向こうで会おう」の意味を推察するに、恐らくこのエルフが大賢者ウィンターその人だったんだろう。


 くそっ、こんな綺麗な顔しといて煽り耐性ゼロとか……もっと余裕を持って生きてろよ! 馬鹿な賢者だぜ。


「……しかしコイツ、本当に可愛いな。こんな奴が“ワシ”とか“のじゃ”とか言ってたのか。普通にうぜぇな……」


 鏡の中に立つエルフは美少女である。いや、美少女と言うにはおっぱいがデカすぎる。そのくせ腰は引き締まっており、ケツもそこそこある。海外モデルも顔負けのプロポーションお化けだ。


 硝子細工のような紫の瞳がこちらを見つめる。鼻は小さく、唇の桜色以外は色素が薄い――つまり肌が真っ白であった。


 また、とんがった三角の耳が真横に伸びていて新鮮だった。触ってみるとちゃんとした感触があって、遠くの音までしっかり聞こえるような気がした。


 流れるような銀の髪は薄暗い部屋の中においても繊細な輝きを放っており、試しに手で梳いてみると引っかかることなく通り抜けた。線が細すぎて何かの冗談かと思ってしまう。


 しばらく鏡の中を見つめていたところ、顔面が強すぎて顔を顰めてしまった。俺がこの顔面に生まれていたなら、きっと自己肯定感のバケモノになっていただろう。


「おいウィンター、お前の実力は認める! 認めるし謝るから出てこい! 元の身体に戻して欲しいんだ!」


 あまりにも美しい生き物に苛立ちを覚えた俺は、元の身体に戻りたくなってしまった。


 必死になってウィンターを呼び続けたが、奴の声はいつまで経っても返ってこなかった。


「…………」


 ウィンターのことを諦めた俺は、部屋から出ようと扉を探し始める。


 周囲の壁をべたべたと触っているうちに隠し扉らしき石板が動き始めたので、俺は身体を横にして部屋から脱出した。デカすぎる胸板が壁につかえて、変なダメージを食らってしまったが……。


 細い通路から脱出すると、背後の道が閉ざされる。あの隠し部屋にはもう入れなくなってしまったようだ。


「そう言えば、ここってダンジョンの中なんだっけ……」


 俺はウィンターの言葉を思い出して、言いようのない不安に襲われた。


 ここはダンジョンだ。ダンジョンと言えばモンスターやトラップがある。この世界には魔法があると奴は言っていたが、俺はその魔法を何ひとつとして知らない。


 これ、大丈夫なのか……?


 俺は底知れない恐怖を感じ始めていた。

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