第6話 スタッフがいない内に
俺たちの努力も虚しく、俺とテツヤ兄さんとの熱愛騒動は収まらず、むしろ加熱していった。一般人の動画投稿だけでなく、一部メディアでも取り上げられる始末。その映像の一部を観ると、明らかにフェイクと思われるものまで出回っていた。俺とテツヤ兄さんは、外でキスした事など一度もないのに、キス写真まであった。写真を加工したものや、全くの別人を俺たちであるかのように編集してあるものなど。見るに堪えないというか、呆れて物が言えないというか。そんなの放っておけばいいとも思うのだが、なかなか無視も出来ない。記者が俺たちを追っかけて来て、俺とテツヤ兄さんがちょっとでも近づこうものなら、執拗に写真を撮り、質問を投げかけてくるのだ。失礼な質問を。
「熱愛発覚とかって雑誌に載るとさ、会社が“事実無根です”っていう文章をマスコミに送ったりするじゃない?そういうの、今回はしないのかな。」
俺とテツヤ兄さんの問題が出てから、かれこれ1ヶ月が経っていた。こんなに長い間テツヤ兄さんに触れていないなんて、全く信じられない。話す時はいつも他のメンバーの向こう側。ちょっとでも熱い視線を送ろうものなら、お叱りを受ける。今日も仕事を終え、楽屋に戻る時にふと、俺はカズキ兄さんに問いかけた。すると、カズキ兄さんではなく、前を歩いていたタケル兄さんがちょっと振り向いて、
「しないようだぞ。会社も、こんなくだらない噂には関知しないという姿勢を取ってるわけだよ。それでもやっぱり気にして、お前達に厳戒令を出しているわけだけどな。」
と言った。そうだよな、問題視していないから何の反応もしない。けれども、俺たちには二人で会うなとか、隣にいるなとか命令して、実際には気にしているわけだ。
「ただの仲の良い友達なのに、意識する方がおかしいっていうスタンスなんだよな。」
急に、シン兄さんが後ろから俺に抱きついてきて言った。こうやって、他のメンバーだったら何でもない事なのに、俺とテツヤ兄さんがするとダメだと言う。理不尽だ。けれども、実際には恋愛感情があるから、理不尽でもない、かもしれない。複雑な心境だ。会社に抗議したい気持ちもあるけれど、こちらも後ろめたいから言う事を聞いてしまうのだ。
楽屋に到着した。実際、今までもカメラにずっと撮られていた。俺たちの会話も録音されている。けれども、表に出せないものは会社が音声を消すだろうから、あまり気にしなくてもいい。ファンやマスコミが遠くから見ているけれど、話の内容までは聞こえないから。
着替えを始めた。バタバタとスタッフが出入りしていたが、スタッフの片付けも終わったようで、楽屋からスタッフの姿が消えた。俺たち7人だけになった。もう、今日の仕事はこれで終わり。この後は退勤だ。
「あ、今なら大丈夫だぞ。テツヤ、レイジ。」
ユウキ兄さんが振り向いて言った。
「え?」
俺が聞き返すと、
「あ、ほんとだ。スタッフが誰もいない。」
カズキ兄さんが言った。そして、俺を見る。シン兄さんも、マサト兄さんも俺を見た。そして、皆がテツヤ兄さんの方を見た。テツヤ兄さんも俺を見る。そうか、今ならテツヤ兄さんに触れても大丈夫って事なのか?俺はタケル兄さんを見た。タケル兄さんは俺と目が合うと、黙って頷いた。そして、後ろを向いた。気づけば、他の兄さん達も皆、それぞれ壁の方を向いて着替えを始めている。つまり、俺たちを見ないぞっていう事なのだろう。
え、いいの?でも、いくら誰も見ていないからって、こんなところで、皆がいるのに、一体何が出来るっていうんだよ。でも、早くしないとマネージャーさん達が迎えに来てしまう。その前に、その前に・・・抱きしめたい。
俺が決意すると同時に、テツヤ兄さんが俺の方へ歩いてきた。顔が真剣だ。いや、泣きそうな顔をしている。俺も大股でテツヤ兄さんの方へ近づいて行った。やっと、テツヤ兄さんに触れる事が出来る・・・。
そこへ、ガチャッと音がして楽屋のドアが開いた。俺の手は、あとちょっとでテツヤ兄さんの肩に触れる所だった。だが、シン兄さんやタケル兄さん、ユウキ兄さんまでもが、一斉に俺の上に乗っかってきた。
「やー、お前何やってるんだよ、レイジ。」
ユウキ兄さんが棒読みのセリフの様に言った。
「そうだ、そうだ。ちゃんと着替えなきゃダメだぞ。」
シン兄さんも言った。
「早く着替えろよ、レイジ。」
タケル兄さんもそう言った。兄さん達は着替えの途中だから上半身は裸だったり、片腕をシャツから抜いた状態だったりしている。その3人が俺に体当たりのように乗っかってきたのだ。俺は当然床に倒れて潰れていた。一体何が起こったのか、理解出来ずに呆然と倒れていると、
「何やってるんだ、お前達。大丈夫か?」
いつの間にかイッセイさんがいて、目の前に顔が現れた。そういう事か。ああ、あとちょっとだったのに・・・。無念。
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