第3話 問題提起

 ダンスの練習をしていると、珍しく社長がやってきた。現場に、しかもレッスン室に社長が来る事など、滅多にない事だ。俺たちのマネージャーのイッセイさんが、社長と難しい顔をして話している。手にはスマホ。社長とイッセイさんがそれぞれ自分のスマホを出し、画面を指差しながら話していた。

「ほら、集中しろよー。」

優しいけれど、決してダンスに妥協を許さないマサト兄さんが言った。俺に注意したのかと思ったが、どうやら他のメンバーも社長に気を取られて、集中が切れていたらしい。

「はいはい、ちょっと休憩しよ。」

マサト兄さんが言った。俺たちは額の汗を袖口で拭きながら、ペットボトルの水を取りに行き、思い思いに床に座った。

「イッセイさん、何かあったんですか?」

社長から少し離れたイッセイさんに、タケル兄さんが聞いた。俺たちも全員そっちへ顔を向けた。

「あー、うん。社長から、ちょっと気になる事があると言われてね。」

イッセイさんの歯切れが悪い。すると、ユウキ兄さんがぼそっと言った。

「もしかして、これですか?」

俺たちがユウキ兄さんを見ると、スマホをイッセイさんの方に差し出している。

「ああ、それだ。」

イッセイさんがチラリとそのスマホを見て顔をしかめた。

「それほど問題だとは思っていなかったんだがな。」

イッセイさんが言う。マサト兄さんとカズキ兄さんが、ユウキ兄さんに近づいて行ってスマホを覗き見た。そして、俺の事を見た。俺と、俺にくっつくようにして座っているテツヤ兄さんを。

「え、何?」

俺はびっくりしてそう言った。シン兄さんもタケル兄さんも、ユウキ兄さんのスマホを見に行く。俺とテツヤ兄さんも、腰を上げて見に行った。すると、何とその画面には、俺とテツヤ兄さんの二人が映っていた。停止してあるが、動画だった。動画には字幕が付いていて、熱愛だとかリアルだとかいう文字が特に大きく目立つ色で表示してあった。

「何ですか、これ。何か悪い動画ですか?」

俺がそう言うと、ユウキ兄さんから、

「気にするな。世の中には色んな事を言う人がいる。」

と、いきなり慰めの言葉を言われた。うーん、だから何?

「ああ、俺も見たよ。最近増えたよな。」

シン兄さんが言った。俺はシン兄さんの顔を見る。だが、シン兄さんは俺をチラッと見たものの、すぐに目を反らして水を飲んだ。誰か、説明して。

 俺がキョロキョロと兄さん達の顔を見ていたら、カズキ兄さんがやっと説明してくれた。お前、知らなかったのかという最後の嫌味が無ければ、優しい人なんだけど。

 つまり、俺とテツヤ兄さんが、普通以上に仲が良いという評判が立っており、二人が仲良くしている(ベッタリくっついている)写真や動画が切り取られ、しかもある事ない事書き連ねられているという事だった。最近、目に余るようになったのだと、そういう事を社長が問題提起したそうなのだ。

「それでだな、テツヤとレイジには、しばらくの間あまり近づかないようにしてもらいたいんだ。」

イッセイさんが言った。

「え?仕事も別々にするって事ですか?」

俺が聞くと、

「いやいや、そうじゃない。仕事は今まで通り7人で一緒にやってもらうよ。ただ、二人がくっついたり、肩を組んだり、並んで歩いたりしないようにしてもらいたいんだ。まあ、難しい事じゃないだろ?今まで、むしろファンが喜ぶと思って、敢えて二人をくっつけていたからな。これは二人のせいじゃない。会社側の対応のミスだった。テツヤ、レイジ、すまない。」

イッセイさんはそう言って、頭を下げた。

「いえいえ。」

俺とテツヤ兄さんは、とっさに両手を振って恐縮した。まだ、この時には事の重大さを理解していなかったのだ。別に、写真撮影で隣同士にならなければいい、くらいにしか思っていなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る