居眠り姫と似非文学少女
西園寺 亜裕太
第1話
教室のある校舎から少し離れた人通りの少ない場所に、陽がよく当たる芝生がある。去年の秋の終わり頃にそこを見つけたわたしは、春になったら絶対にお昼寝の場所にしようと決めていた。楽しみにしながら冬を越してようやくやってきた春。満を持してその場所へと向かった。
「やっぱりポカポカしてて気持ち良いなあ」
暖かい春の日差しとそよ風は簡単に眠りへと誘ってくれる。静けさと心地よさに包まれ、わたしは制服のスカートを抑えながら膝を抱えて眠りに落ちた。この心地良さだから、きっと次に目を覚ますのは昼休みの終わりを告げる予鈴の音を聞いた時。
そう思っていたのに、暫く経ってわたしの目を覚まさせたのは鼻先をくすぐるこそばゆい何か。それと心地良い柑橘系の匂い。膝を抱えたまま眠りについていたはずなのに、わたしは横にある何かにもたれかかっている。
恐る恐る目を開けたとき、目の前にあるのはサラサラとした綺麗な黒髪であることがわかった。
「……え? なんで?」
場所は間違いなく先ほどと変わりないはずなのに、誰か来ていた。
「おはよう」
すぐ横から小さな声が聞こえた。
「……誰ですか?」
わたしはその子の方は向かずに、肩に頭を乗せたまま尋ねた。
「3年1組椎葉胡桃」
椎葉胡桃という先輩は、クラスと名前だけ名乗ると何事もなかったかのように腿の上に置いている本のページを捲っていた。英語で書かれた難しそうな分厚い本をスムーズに読み進めている。
先ほどと変わらない心地良い環境に加わった爽やかな柑橘系の香りと耳心地の良いページを捲る音。五感全てに響き渡るような心地良さに満ちた環境は、再びわたしのことを眠りへと誘った。春眠欲には勝てず、わたしは見知らぬ先輩の肩に頭を預けたまま、再び眠りについてしまった。
次にわたしを起こしたのは当初の想定通り予鈴の音だった。
先ほどとは違い、わたしは芝生の上に頭を置いて横になっていた。近くには誰もいない。さっきの本を読んでいた先輩の存在は夢だったのだろうか。
ゆっくりと起き上がってから辺りを見回すと、さっさと校舎の方に歩いて行っている髪の長い子がいるのに気がついた。
小脇にはハードカバーの本を持っているから、校舎に向かって歩いている、スラリと背が高くて手足の長い女の人が椎葉先輩で間違いないと思う。椎葉胡桃という人物が実在していたようでホッとした。
もたれかかって眠っているわたしのことを起こそうともしなかったから、優しい先輩だと思い込んでいたけど、眠っている後輩を黙って置いて帰ってしまうなんて結構ドライな人なのかも。
そうやって椎葉先輩の性格を自分勝手に決めつけながら、わたしも5時間目の授業に遅れないように小走りで教室へと向かった。
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