十二支ん

@rereretyutyuchiko

第1話 奴隷

ある神話があった。その神話の中の神様は人類の世界をも破壊しうる愚かさに嫌気がさし自ら命を絶つことにした。しかしその前に自分の力をこの世界のために残そうと神獣という存在を残した。

鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪。この十二匹の神獣にはそれぞれ象徴が与えられた。

神は言った”世界のために生きてくれ”と象徴である神獣達は頷いた。そして神は笑った。そして神は世界がより良くなることを願い、眠りについた。

その神話から約2000年が経った今、世界は神が憂いた方向へと動いていた。



「雪解けのようにほの暖かな人生をあなたが送れますように」

俺の母さんの最後の言葉がそれだった。そのすぐ後に母さんは貴族たちに弄ばれて処刑された。俺はその光景を生涯忘れることはないと思う。そう思うくらい衝撃的に、そして鮮烈にその光景は俺の脳裏に刻まれた。



生まれた時から奴隷だった。親も奴隷なら子も奴隷、そうやって奴隷という身分は受け継がれ途絶えることは無い。

奴隷に人権などなく、人生で一度もまともな寝床で寝たことは無いし、綺麗な水も飲んだこともない、それに、それに、一度だって、この首輪が無くなったことは無い。

俺は生まれてこの方何かをもらったことが無かった。酷く汚れたこの世界、だけど汚れているのは奴隷である俺だけの世界で·····

「あはははっ!こっち来てー」

「ちょっと待ってよー」

憧れた外の景色、皆笑っていて、楽しそうにしていて、首に鎖なんか繋がれてなくて、自由にしている、そんな景色。

「おい、早くしろ」

商人の荷物持ちなんかしない、楽しくて自由な俺みたいな奴隷じゃない呪縛に縛られていないそんな景色、俺はそれに強く強く鮮烈に憧れた。

俺もいつかはあっち側に·····行けるのかな?



時代は中世の街、馬車が行き交い、奴隷が存在する時代、そんな世界で俺は奴隷として生きている。

けど悪いことばかりじゃない、実は主人が寝たあとだけは周りの奴隷の子達と喋ることができるんだ。

場所は寒くて白い息が出てしまうほど極寒の外でのこと、寒さによって指先がいたい。少しでも和らげるためにはぁーと息を吹きかける。だがそんなものはほとんど意味は成さず、息が吹き終わる頃には再び痛さが吹き返してきた。

こんなことをやっても意味が無いということは分かっている、今俺を包むのは布とも言えるかどうか怪しい程薄い糸の塊のような茶色の服、下からも上からも横からも冷たい空気が俺を刺す。

そんな時隣から声がかかった。よく俺と話す三番という名前の女だ。

「ねぇねぇ、今日さすごいこと聞いちゃった」

途切れ途切れに白い息を吐き出しながら三番は喋る。

「何かあったのか?」

それに対し、二番である俺は少し興味を持ったように上擦った声で聞く。

「それがね、それがね、私たちに繋がれてるこの鎖と首輪の鍵が保管されてる場所を盗み聞きしちゃったんだよ」

「それで?」

「それで?って決まってるじゃん、脱走しよう」

当たり前のことかのように三番はそう言い放った。

俺はそんな三番に向かって鼻で息を吹きかけてやった。

「そんなの無理に決まってる、俺たちは奴隷だ、一生どこに行っても、奴隷なんだ·····」

「むぅ」

三番はむんつけたように頬を膨らませる。俺はそれを横目に両手に息を吹きかける。さっきよりドーム状に手を包むことで暖かい空気を残すことができた。

ちょっとだけだけど暖かかった。

「そんなこともねぇぜ二番、俺たちの人生はもう既に終わってる、なら一度くらい挑戦してみるのもいいんじゃないか?」

「一番」

俺ら三人の奴隷の中でおそらく一番頭がいいだろう一番が口を開いた。

「無理だよ、たとえどんな作戦で、どんな幸運が俺たちに味方したとしてもそんなことは敵わないんだ」

「全く、弱腰だなお前は、挑戦しなくちゃ何も変わらないぞ?」

「俺たちは奴隷だ、今もこれからも、ずっと、ずっと、奴隷だよ、外の景色には確かに憧れるけどこれが現実なんだと思う」

あぁまだ9歳の俺が何を達観したことを言っているのだろう、いや10歳だったか?忘れてしまった、他の人間にとって当たり前である誕生日を祝ってくれる存在が俺にはいないのだから。

「だけどやっぱり憧れないか?」

どさっと一番はその場に座った。雪の柔らかい感触が一番の尻を優しく包み込む。一番は上目遣いで続ける。

「やってやろうぜ、俺たちで」

「そうだよ二番、やってみようよ!」

希望に満ち溢れた瞳で俺を見つめてくる。

あぁこいつらは本当に明るいな、と心底思う。俺とは違う、奴隷という身分に絶望してないんだ、ひたすら前を向き続けてる、笑うことができている、こいつらの周りには明るい光が差し込んでいるのに俺の頭には冷たく痛い雪がしんしんと降り積もるだけだった。

「·····俺は前向きなお前たちが羨ましいよ」

かじかむ指先を握りしめ、明るい人間から目を逸らすように目を瞑り、その場に座った。ぎゅっとした新雪の音に体がぞっとするが、すぐに慣れた。最早暖かいまであるその感覚に身を任せたまま俺は眠りについた。



「さぁ行くぞお前ら」

「「はい」」

主人様の号令の元俺たち三人は歩き始める。朝日が昇ったあとは返事と朝配られる残飯を食す時以外に口を開いてはならないという決まりがある、理由は奴隷の汚い唾が入ってしまったら商品がダメになってしまうかららしい。

「ママーあれ見てー奴隷だー」

「そうね、奴隷ね」

「私も奴隷欲しいーーー!」

「私たちにはそんな金ないわ、それよりも今日は何食べたい?」

「ぶーー、ママのケチ」

「ケチなんて言わないの、今日の晩御飯無しにするわよ」

「それはやだーーー!」

涙ぐみながら母親に抱きつく少女、あの家族にとっては当たり前で色褪せることの無い普通の日常。

俺の母親は俺を産んだ後、平民達に弄ばれてから、貴族の嗜みとして馬の足に四肢を繋がれ、引きちぎることで処刑された。俺がまだ三歳の時のことだった。

「何ぼさっとしてんだ!二番!さっさと手を動かせ!」

「っ!·····はい」

憧れた景色を見ていたら主人である商人が俺の背中に鞭を打ち付ける。

尋常じゃない冬の寒さが鞭の痛さを倍増させる。ヒリヒリとして泣くほど痛くても、痛いという言葉を発してはならない。そんなことを言ってしまえばさらなる罰が待ち受けているのだから。

俺は仕方なく荷馬車に乗っている積荷を下ろし始める時、「いたっ!」木箱の尖った部分が俺の手のひらを傷つけ、血が少量ながらも飛び散った。

あぁ、これはバレたらいけないやつだ、必死で木箱に飛び散った血を消そうと服を擦って頑張るけど、それでも完全に消すことは出来なかった。

せめて主人にバレないように血のついた方を隠すようにして置く。

恐る恐る主人の方を見たが、寒そうにして毛皮のコートと手袋をさすっていて、自らが寒さを凌ぐのに精一杯になっているようだった。良かったバレてない。

三番も一番も淡々と作業をこなしていく。たとえ裸足で雪を踏み、極寒の中布一枚でいるとしても手を止めることなど許されないから。だから俺も彼らに続くように積荷を下ろす。寒くて寒くて死にそうでも作業を続けるんだ。




そして一通りの作業が終わった後、商人は近くの宿に入っていった。どうやら昼飯を食べるらしい。この昼飯の時間でさえ俺たちは口を開くことは出来ない。実際にはできるのだがバレる危険性が高いためしない方がいいと言った方が正しい。

「ねぇねぇ私ね、すっごいものを見つけたの」

そんな中でも元気に喋るのは三番だ。壁に足枷をつけられていて自由なんてないのに、なんでそんなに嬉しそうになれるんだ。

「すごいものってなんだ?」

一番が興味ありげにそう聞いた。こいつも中々肝が座ってる、頭は良いのに慎重さは無いんだよな。そんな二人が喋っている間でも俺はずっと口を閉じ続ける。

「これ!」

「!、これって!」

三番がばっと腕を広げて見せたのは地図であった。荒くボロボロで所々穴が空いているその地図はどこかのデカい屋敷の屋敷図のように見えた。思わず俺も声が漏れてしまった。

「そう、あのくそデブ商人の屋敷図、ここの保管室にこの足枷と首輪の鍵が存在する」

三番はにやっと保管室と書かれている場所を指さした。

「この屋敷図があれば·····可能性がある、二番!」

「俺はやらねぇぞ」

「「なんで!」」

一番と三番が同時に俺に詰め寄ってくる。

「言ったはずだぞ、そんなものは無理だって、実現不可能だって」

その二人に対して現実を突き出す。だけどこれは俺の良心だ、このまま計画が進んでしまったらきっとこの二人は戻れなくなるくらい遠くの場所に行ってしまうと思うから、それは俺にとってとても寂しいことだから、だから俺は冷酷に現実を見せるんだ。そうだ俺は間違ってなんかいない。

「ねぇ二番、今の私たちにとって今の現実は面白いと思う?私は全然思わない、だったら一度きりの人生、これに賭けてみたい」

「俺も三番に同意」

「···············お前ら」

俺だって、俺だってやだよこんな現実、今にも逃げ出したいし普通の人が言う当たり前を体験してみたい、雪解けのような暖かさも感じてみたい、けど、けどそれでも·····

「俺は、怖い、きっとその作戦が失敗したら死んでしまう、嫌なんだ死ぬのは、俺は生きていたい、だから、俺は·····」

支離滅裂になって途切れ途切れに言葉を発する。今俺はどんな顔になっているのだろう、寒さで耳が痛い、頬が冷たい、胸が苦しい。二人が眩しくて仕方ない。

「二番、君がそこまで言うなら仕方ないな、私たちがその鍵をどうにかこうにか盗んで見せるさ、そしたら一緒に逃げようよ」

三番に差し伸べられたその手を、俺はその時受け取ることが出来なかった。勇気が出なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る