大天使が初彼女

しんぺい

第1話 初めての君は大天使

 人間とは常に「癒し」を求めている生き物だと俺は思う。毎日学校に通って勉強するのも、定期考査で良い結果を残したい、志望する高校や大学への入学権を得たい、モテたい、などそこで苦労する自分にとって最も至福となりえるモノ…つまり「癒し」を求めているからこそなのだ。ただ、そんな手に入れられる確証のない「大きな癒し」ばかりに期待しているといつかはその身を壊す結果になりかねない。


 なら人は一体どうすればいいのか…答えは簡単、「小さな癒し」を作ればいいのだ。漫画やアニメ、衣服や食べ物なんかもそのジャンルに入るだろう。そして、俺にもその二つの癒しがある。「小さな癒し」は今淹れている緑茶もそのうちの一つだ。まぁこれは自分用ではないのだが。そして「大きな癒し」は……すでにもう満たされてしまったのかも知れない。俺は湯呑みに淹れ終わった緑茶をその原因と思われし来訪者に差し出す。


「…………どうぞ」


「これは…なんですか?」


「あ、緑茶っていう…飲み物で、淹れたてで熱いから気を付け…


「頂きますっ、アッッッッッッヅ⁉…ばにごれぇ…⁉」


「ひとの話聞いてッ‼大丈夫ですか?冷たいモノも用意するか、」


「す、すみまぜん…」


 よっぽど喉が渇いていたのか、俺が差し出した瞬間に目の色を変えて激熱のお茶を飲み干した彼女は涙目になりながらその舌を冷ますように、「ひーひー」と言わせながら突き出している。


しかしそんなことは全て気にすることが出来なくなるほど、さらに特徴的な彼女の部位がその存在を大きく主張していた。


 白銀の長髪、それに相対するように黒く輝く大きな瞳、真っ白なワンピースに身を包み、見つめれば見つめるほど、どこか弱弱しく、何故か無性に抱きしめたくなってしまうような可憐な見た目を持つ彼女の小さなその背中には…………


  ――…二つの、巨大なが生やされていた…――


「ところで…あなたはいったい…何者…なんでしたっけ?あ、お水どうぞ」


「何者って、先ほども名乗ったはずですが……そうですね、これからここで一緒に暮らすわけですし、改めて自己紹介させていただきます。私の名は『大天使ウリエル』。天界を守りし「六光大天使ろっこうだいてんし」の一角を担っております。そして……今日から貴方様の「かのじょ」として、一生を共にさせて頂く所存でございます。お水ありがとうございます」


「ごめん何言ってるかよくわかんないです」


「私もまだよくこの状況を理解できてないです。「よくこんな落ち着いて話せるな人形かよ私」って感じですね。…でもしょうがないでしょう、だって…貴方が私に願ったことじゃないですか…」


「まぁ…思い返せば…そう…なんだけど、」


 自身のことをウリエルと名乗り、机に出された冷水を一気飲みするこの女性は……、いや…本当に…、信じられないがどうやら本物の「天使」であるらしく、それと同時に、俺の人生初の「彼女」にもなったのだ。

 一体全体どうしてこのようなことになったのか、あれは、つい一時間ほど前のことだった――…。      

☆☆☆


《一時間前》


 別に、自分の人生に対して不満を感じたことはあまりなかった。今自分が応援している週刊連載漫画も最初の頃は打ち切りが示唆されてもいたが、そんな読者の不安をひとつ残らず巻き上げるような快進撃で今週号も表紙を飾っていた。好きな漫画の人気が上がっていくのは一ファンとして素直に喜ばしいモノがある。


 普段の学校生活だって、まぁ、そこそこ充実している。中学時代からの友人とも同じ高校に通えているし、女友達だって多くはないがいるにはいる。勉強も運動もそれほど得意なわけではないが…これまでの交友関係のおかげで何とか乗り切れている。ありがたい。


 高校からは親元を離れ、学校から徒歩十分ほどのアパートで独り暮らしをしている。親からの仕送りのおかげもあって一応普通に生活は出来ている。

 ただ一つ…………唯一不安が、


いや、「大きな癒し」を求めているとすれば俺、藤波黒羽ふじなみこくばは…………


「……彼女ほしぃなぁ……」


 この願いだけはいつまで経っても叶う気がしなかった。高校二年になった今でも。一向に。

 羨ましい。学校でいちゃいちゃしているカップルが。放課後に腕組んで喫茶店とか行ってるカップルが。


 運ばれてきたパンケーキを互いにあーんとかやっちゃってるカップルが兎に角羨ましかった。


帰宅経路が途中まで同じで普段から一緒に還っている友人が今日は風邪で欠席していたため、一人で歩いているこの帰り道が何故かとてつもなく長く感じていた。


こんな道のりも、恋人と一緒だったら短いものに思えるんだろうなぁ……、もし彼女が出来たらどうしよう…、


 俺一人暮らしだし同棲とかできるのかな?あっでも彼女が実家暮らしだったら流石にそれは難しいか。あっでも休日に家に招待するぐらいなら出来るよね?一緒にお菓子でも食べながら映画とか見て、同じ夕飯を食べて……これがお家デートってやつか…、うへへ


 ――ママぁ、あのお兄ちゃん一人でたのしそぉ

 ――こらやめなさい、指差さないのっ


 とまぁこういったイメージトレーニングを一人で帰るときはずっっっと励んでいる。こんなことも出来なければ彼女なんて夢もまた夢だろう………………今日の夕飯どうしようかな。


[ニャ―…―オ…]


「ん?……猫?」


 茂みに隠れているためよく見えなかったが…酷く弱っているようだった。

近寄っても逃げる様子がないためゆっくりとその体を持ち上げてみる。どうやらケガはしていないみたいだな…首輪などが何も付いていないため恐らく野良猫なのだろう。


「腹…減ってるのか?」


[ニャーオ…]


「うーーーーーん……、」


 ……………うちで飼うか、


        ☆☆☆


「よく食うなぁお前」


[ンニャーオ]


 とりあえずスーパーで夕飯の材料と一緒に買った猫用の餌と牛乳を与えてみたが……よっぽど腹が減っていたのか、恐ろしいほどのスピードで平らげてしまった。


体が汚れていたため、軽くシャワーで奇麗にしてあげたがその口をすぐに牛乳で汚していた。真っ黒な子猫、体が小さいため自分で餌を獲るのが難しかったのだろう。このアパートがペット飼育アリでなければあのまま死んでしまっていたかも知れない。


「野生の世界も厳しいなぁ……」


[ニャ―オ]


「あっこら走り回っちゃダメ……あれ?お前それ……」


 満腹になりすっかり元気になった子猫はあるペンダントを口に咥えてこちらに寄ってきた。


 それは…、三年前に亡くなった祖父がくれたものだった。どうやらうちの家系では代々受け継がれてきたモノらしく、祖父が息を引き取る直前に渡されたのを思い出した。

何故こんなどこにでもありそうなペンダントが大切に保管されていたのかはわからない。一人暮らしを始めた頃、一応引っ越しの荷物に入れておいたのを完全に忘れていた。ごめんじいちゃん。


「こんなんどっから持ってきて……え?」


 ペンダントって……光るんだっけ?


 いや、正確にはペンダント自体が光っているわけではなく…先端に括りつけられている石ころが発光しだしたのだ。俺が触れた、その瞬間に…――。


 いやホントに意味がわからない。え、そんな機能あったの?おじいちゃんそんなハイカラなアイテムずっと持ってたの?毎日あったかいお茶飲んで空眺めるのが楽しみになってたほんわか系のおじいちゃんだったよね?

…え、なんかちょっとショックなんだけど。


 俺の焦りなど知ったことかと言わんばかりに石ころはその光を強めていった。あまりの眩さに思わず目をくらませてしまうほどに。


 ……そしてようやく光が収まったと同時にゆっくりと目を開けると……


 頭の上に変なリングの様なモノを浮かべ、背中に翼の様なモノをくっつけている変態女性がそこにいた。


「え、だれ…ですか、?」


「天使です。貴方の願いを聞かせてください」


「……はい?」


[ニャ~~オ] 


        ☆☆☆


「あの……ここ僕の家なんですけど…え、どっから入ってきました?住人の方じゃないですよね…?」


「どこ、から……そう…ですね、「天界」…と言ってご理解頂けますでしょうか?」


「ご理解いただけません…えちょっと待ってホントに怖いんですけど…」


「怖いって…初対面なのに随分と失礼な方ですね、ご自分で呼んだんじゃないですか」


「いや失礼って初対面の人の家に不法侵入してるあなたが言えることじゃ…え、今、なんて言いました?呼んだ?僕が……変態あなたを?」


「はい、…今なんかすごい侮辱された気がするんですけど…」


「どうやって…?」


「いやですから…、この石で」


 そう言うと彼女はずっと手にしていたあるモノを俺の前の前に突き出してきた。それは………


 先ほどまでありえないほど発光していた祖父の形見ペンダントだった。


「え、これ……祖父の形見なんですけど、いったい何なんですか?」


「…………もしかしてご存じないのですか?この石の本当の意味ちから…」


「力…?こんな…百円ショップに幾らでも売ってそうなものなのに…?」


「ひゃくえんしょっぷ…というモノが何かは分かりませんが…ご遺族が残されたものをそのように言うのは如何なものかと……、まぁいいでしょう。では簡単にご説明させていただきますね。この石は我ら『大天使』ウリエル一族と、貴方様の一族との友好の証…『天愛石』と呼ばれるモノです。これにはですね……」


 ……いったい何を言っているのだろうこの人は……


耳に入る言葉は分かるのだけど理解までは出来てない、数学で訳の分からない数式が出てきた時のあのおぞましい感覚と似ている。


あっ課題まだやってないわどうしよう、でも今日金曜か、じゃあ土日でいいな


この人ウリエルって名前なのか?


確かに日本人と判別できるような顔つきはしていないけれど…あれ…でもよく見たらすげぇ奇麗な顔してるなこの人、あの石がうちの一族と関係があるってどゆこと?


そういえば拾ったあの猫の名前どうしよっかな…、


「……あの……聞いていますか?」


「へ?あっすみません聞いてます、猫の名前と顔が奇麗で数学の課題が日本人って話ですよね」


「全然違いますどういう意味なんですかそれッ⁉この石が貴方様のご先祖と私の先祖が関わっているってお話ですッ‼」


 あっそうだった。


「え、じゃあうちの祖父って天使様なんですか?」


「あーー…えっとそうじゃないです。それに正確には貴方のご祖父様と私たちに直接の関係はありません。その世代よりもずっと前…まさに大昔のご先祖同士のお話です。……もうめんどくさいのでざっくりとでいいですよね?私の先祖が下界で瀕死になっていたところを貴方のご先祖様が救って……」


「あなたの先祖が外科医で瀕死に…?なんで…?」


「繰り返さなくていいですからッ‼あと多分その「げかい」じゃないですッ‼

……続けますよ?助けてもらったことを恩義に感じた私の先祖は、当時の貴方のご先祖様にこの石を渡しました。

「この先ずっとあなたの子孫にこれを受け継がせなさい?その石の力を発動させれば私の子孫がその者の願いを叶えに現れますから…」

的な感じで。

そしてその子孫である貴方は見事力を発動させることが出来た、だから私が願いを叶えに来たってことです。お分かりいただけましたか?」


「う、うん……なるほど……」


 正直こんな話を信じる方が馬鹿だと思われるかも知れないが、一匹の猫から始まったこの怒涛の展開に頭がパンクしてしまった為納得せざるを得なかった。


「え…ちょっと待ってください…じゃあ…あなたは…僕の「願い」を叶えてくれる…ってことですか…?」


「そういうことです。さ、何か願いをどうぞ」


「え?……いやいやちょっ、ちょっと待ってくださいっそんな急に言われてもッ……‼…うーーん…、ちなみになんですけど、「願い」ってなんでもイケちゃう感じですかね?」


「そう、ですね……基本なんでも叶えられます。……あっ、でも「誰かを傷つける」ような願い事は受け付けられないのと、叶えられる願いは「一つだけ」ですのでそこはご理解頂ければ幸いです」


「あぁなるほど、いや、まぁ今のところ流石に天使様に願うほど陥れたい人はいないんですけど……いやでも願い事……うーーーーーん……、」


 どうしよう、まさかこんなことになるなんて誰が予想できただろうか?


正直不法侵入されたことへの恐怖がまだ若干勝っているが、それとこれとは別だ。

でもそれといって叶えたい願い事などすぐには思い浮かばなかった。


 別にお金に困っているわけではないし、寂しくならない程度に友達だっているし、欲しいモノは自分でお金貯めて買いたい派だし…………


あれ?俺ってこんなに無欲だったっけ?


 …………いや、何かあったはずだ。こう、胸の中に長年溜まっていた薄暗い欲望が………、


 もう一生叶えられないんじゃないかと思っていた何かが……、


 …思い出せ……人は常に「癒し」を求めているはずなんだ…そう、「小さい癒し」と、「大きい癒…


 ……あっ……思い出した……けど…イケるのか?これ……


「…こっちから聞いておいてあれなんですけど…そんなに悩むものなのでしょうか?なんでもいいんですよ?あ、それとも多すぎて困っちゃう……的な感じですか?」


「いや…………なんです…」


「……?逆、とは?」


「ウリエル…さん、ぼ…俺の願いは、なんですけど…あの…、ホントに、なんでも叶えられるんですよね?」


「はい、さっき言った条件を守って頂けるのであれば何でも叶えることができます。これは必ずお約束します。

なんならご説明いたしましょうか?まず対象の人物が願いを告げた瞬間この頭上にあるリングが対象の精神世界に貯蓄されているデータを読み取って…


「あーーごめんなさい大丈夫ですッ充分よくわかりました‼……じゃあ……いい…ですか…?」


「はい。…あの…、なにか顔が赤いようですが…大丈夫ですか?」


「あっ、いっいえ‼大丈夫です、はい……あ、あの…


     ――…俺の…「彼女」になってもらえませんか…?…――


 い、言ってしまった……長年の欲望を全開放させてしまった………、やばい超恥ずかしい何言ってんだ俺…‼


「……あの…」


「……ッ‼は、はいっ」


「かのじょ……、とはいったい何なのでしょうか?」


「えっ…⁉ご、ご存じない…ですか?」


「はい…、「天界」ではあまり聞かない言葉なので……申し訳ないのですが詳しくご説明してもらっても宜しいでしょうか?その…かのじょ…?とはいったいどういうモノなのですか?」


「あーーーえーーっと……、」


 どうしよう、本当に想定外の事態が起きてしまった。

「どういうもの」ってそんなのこっちが聞きたいくらいなんだがッ……⁉


な、なんていえば納得してもらえる…?


「その…なんていうんでしょう…一緒にご飯食べたり、遊んだりして…一生…お互いの傍に居あう…存在みたいな感じ…ですか……ね…?」


 ……なんか勢いに任せて自分でもよくわからないことを言ってしまったが……どうだ……?


 そっと天使の方を見つめてみると暫くの間考え込む様子を見せてその口を開いた。


「…………なるほど。了解いたしました。では貴方様のその願い…この「六光大天使」が一角、大天使ウリエルが叶えましょう――‼」


「へ?……うわっ⁉」


 彼女がそう言うと手にしていたペンダントの石は先ほどと同じように数秒間光だし、元の石へと戻っていった。


「あの……今のは?」


「願いを叶えた合図です。では…これから貴方の「かのじょ」として、宜しくお願いしますね」


「……………………………………………………」


「あれ?あ、あの…?」


「……………えっ⁉あっごめんなさいつい…、とりあえず…何か飲みますか…?」


「よろしいのですかっ⁉では…、お言葉に甘えて」


 本当によくわからないが……


どうやら今日、俺に「彼女」ができたらしい――……


        ☆☆☆


「……………で、現実いまに至った、と……」


「随分と長い回想でしたね」


「頑張ったんだからそんなこと言わないであげて」


 水を飲んで舌の熱さが収まったのか、彼女の表情はいつも通りの状態に戻っていた。そんな彼女の目の前に座り、俺は再び語り掛ける。


「…………えっと…気になることが結構あるんだけど聞いてもいい…ですか?」


「なんでしょうか?」


「……え、ここで暮らすんですか?」


「他にどこで暮らせばいいんですか?」


「いや、まぁ…そうなんだけど…その、「天界」?って場所に一旦帰ったりとかできないんですか?ちょっと自分でもう一度状況を整理したくて…」


「無理ですね」


 無理なんだ。すごい、即答だ。


「そもそも…本来なら願いを叶え終えた瞬間すぐ天界に帰れるはずだったんです。

しかし貴方の願いは私が想像していたモノよりも遥か上をいくものだったので……私も流石に悩んじゃいましたよ」


「悩んだ」…さっき考え込んでいたのはそういうことだったのか……


ん?いやでもちょっと待てよ?


「えっと…、俺が頼んだのは「彼女」になってくれってだけで別に

「一緒に住んでほしい」とまでは頼んでないんですけど……ホントにそれが帰れない原因になってしまったんですか?」


 俺の疑問を耳にした瞬間、彼女はその眉間にしわを寄せ

「コイツまじで一回ぶん殴ろうかな」といわんばかりの険しい顔をしだした。


いや、まさかな……天使がそんなこと思うわけ……


「……あの、怒ってます?」


「…別に怒ってませんよ?ただ…コイツまじで一回ぶっ●そうかなって思っただけです」


「勘弁してください」


 思っていたよりもずっとお怒りだった。

怯える俺の様子を見て彼女はため息をつきながら口を開く。


「貴方…私が「かのじょ」とは?って聞いたとき答えた内容をもう忘れてしまったのですか?」


「答えた内容……?」


 俺は自身の頭に片手を乗せ、先ほどまでの記憶の道をもう一度引き返した。


 ――…一緒にご飯食べたり、遊んだりして…「一生」…お互いの傍に居あう…存在みたいな感じ…ですか……ね…?…――


「……………あっ」  

     

「そうです、貴方が私に説明するとき、「一生」という言葉を括りつけてしまったんです。その結果、私の中の「かのじょ」という存在はその通りの定義を示すものになってしまったんです。

つまり何が言いたいのかというと……私はもう「一生」天界に帰れなくなりました」


「ごめんなさいッッ‼‼‼」


 なんてこった…とんでもないことをしてしまったッ‼


俺のせいで一人の人生をめちゃくちゃにしてしまった……ッ(人って言っていいのか分かんないけど)


俺は目の前の彼女に全力で土下座した。それはもう深く頭をめり込ませて。


自分には土下座の才能があるんじゃないかって思えてしまうほど奇麗で俊敏な土下座だった。しかし彼女は顔色を一切変えず俺に不満をぶつけ続ける。


「謝ってどうにかなるなら大天使は天界に要りません。あっちには大切な仲間ゆうじんがたくさんいたのに……」


「はいごめんなさい」


「この頭のリングでもう天界とも通信できなくなりました」


「はいごめんなさい(頭のそれ連絡用だったんだ…)」


「これから私は「一生」貴方の傍に居なくてはいけなくなりました。

どれだけ寂しくても、辛くても、大好きだったあの仲間たちにはもう「一生」会えない…、右を見ても左を見ても、隣にいるのは貴方だけ…

そんな生活をこれからこの狭い部屋の中で「一生」続けなくてはッ……うぅっ……」


「ごめんなさいもうホントに勘弁してくださいッ‼」


 やばいやばいやばい泣き出しちゃったんだけどッ‼


 こういうときってどうすればいいんだっ……⁉

 ……あぁもうホントにどうしてこんなことになったんだッ‼


 何も解決策が浮かばない俺は彼女が泣き止んでくれるまで兎に角頭を下げ続ける選択を取った。


[ニャーーーオ~~]


 突如泣き出す猫の方をチラッと見てみると…

「何してんのお前」みたいな顔でこっちを見つめていた。


 ちくしょうッ‼猫に今の俺の気持なんかわかんねーだろうよ羨ましいっっ‼


「あのホントにごめんなさい、あなたは僕が責任をもって必ず、一生養うので…ッ‼」


「……………ふふっ、……顔、あげてください」


「…え?」


 今……笑ったのか?彼女……


いや、ショックがデカすぎて頭がおかしくなってしまったのかも知れない。


 俺は彼女に言われた通り恐る恐る顔をあげ、彼女の顔色を伺うと…………


 その時の彼女の表情からは一切の曇りが消え去り…まさに「天使」のような微笑みをこちらに向けていた。


「えっ……なんで貴方が泣きそうになってるんですか⁉……ごっ、ごめんなさいやりすぎましたッッ‼」


 あまりの罪悪感で涙目になっていた俺の様子をみた彼女は、今度はその顔を真っ青にして頭を下げてきた。


「え、あ、いや、え、なんであなたが謝るんですか…?それに…「やりすぎた」って…?」


「あーーいやぁ……、あまりにも貴方の反応が面白かったので……、つい…からかっちゃいました、へへ」


 さっきまでの溢れ出る悲壮感はなんだったのか。


今の彼女はちょっとしたことで表情をコロコロと変える……、出会った頃のお堅いイメージからかけ離れた印象を強く与えていた。


いや、まぁちょくちょくオーバーな反応してくるときあったけれど……。


「すみません、私ほんとは全然ショックなんて受けてないんですよ。なんなら……私を本気で必要としてくれてるみたいで……嬉しかったです、はい」


「(あっかわいい…)あっかわいい…じゃなくてッ‼その…大丈夫なんですか?あなたがいなかったら…天、界?って場所の人達が困るんじゃ…」


「かっ、かわっ…⁉やめてくださいよッ……恥ずかしい……あ、天界のほうはご心配なさらず。大天使わたし一人いなくなっても余裕で大丈夫だと思います。ぶっちゃけ平和すぎて皆基本いつも暇してるので」


「そう……なんですか、」


 正直「かわいい」って言われた彼女の反応がもう可愛すぎてどうでもよかった。え、ホントにさっきまでの人?


「えっと、じゃあほんとにこれから一緒に……?」


「はいっ‼まだまだお話したいこともありますし……そして何より、一族の務めを全うするのが、後世に残った私の仕事の一部なので。だから…下界での生活もいろいろ教えてください」


 彼女はそう言うと俺に向かって再び微笑みながらそっと手を差し伸べてきた。


「……うん、わかった。俺で良ければいくらでも教えますよ」


「…‼ありがとうございますっ‼……あっそういえばお名前まだ………」


「あぁ……藤波黒羽です」


「「黒羽さん」ですね。私のこともどうか「ウリエル」と呼んでください!

…あっ、あと敬語も使わなくて結構ですからね…って、あれ⁉ど、どうしたんですか、お腹痛いんですか⁉」


 彼女……ウリエルに「黒羽さん」と呼ばれた瞬間、俺はその場に崩れ落ちてしまった。


でも許してほしい。


 だって生まれてから十六年……初めて女子から、それも初めての「彼女」から……

下の名前で呼ばれたのだ。


「いや……ちょっと気持ちがアルプス山脈の頂点に……」


「頭打っちゃった感じですか…?ほら、立ってくださいっ」


 ウリエルに支えられながら、俺は自分の崩れた体を再び起き上がらせる。


そんな俺の様子を見つめた彼女は満面の笑みで再び片手を差しだしてきたため俺はゆっくりとその手を握る。


「これから一生……貴方の「かのじょ」として、よろしくお願いしますっ黒羽さん‼」


「うん……こちらこそ、よろしく、「大天使ウリエル」。……とりあえず飯食うか」


「下界のご飯っ⁉食べたことないですっ」


 ――…これは……平凡な人生を歩んでいた俺と、そんな俺に初めてできた、一生を誓った「大天使彼女」との他愛もない毎日…その始まりだ…――



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