第97話 素敵なクリスマスイブ(2)
「あ、あの車だよ!」
みさきさんへの期待からか、少しぼおっとしていた私の代わりに、由都はいち早くそのエンジン音に気づいてくれた。
法定速度をきちんと守って、でも、ぎりぎりのスピードで。みさきさんらしい。
丸が4つ、のエムブレムの赤い車。
「アウディのA4、タンゴレッドメタリック。いいね。一緒に車を走らせたいよ」
京さんは柔らかな表情で、私たちから離れた位置にきれいな停車をした車体を眺めている。
おかげで、みさきさんのかっこよさが、と緊張していた私の気持ちはだんだんとほぐれてきた。
みさきさんと京さんの二人が並んで車を走らせて、とか、すごく絵になりそう。高速とか、山道とか。
そんなことを考えていたら、静かに運転席側のドアが開いた。
まず、見えたのは、靴。
リボン飾りのついたきちんとした黒のオペラパンプス。
そして、……タキシード?
黒じゃなくて、青だわ。確か、ミッドナイトブルー。
まだ周囲が真っ暗な時間ではないから、きれいな青色が分かるけれど。
暗くなったら黒よりもきれいな黒に見える、素敵な青色だ。
「お着物のしずるさんをエスコートする大役を任せて頂いたのに、着物ではなくてすみません。伊勢原先生、由都ちゃん、コート、本当にありがとうございます。着心地も素晴らしいです。そして、このタキシード。この青色、ミッドナイトブルー。いいですよね。私だと、黒色しか思いつかなかったです」
やっぱり、青色だった。闇の中の青。
その上には、黒のコート。
タキシードのミッドナイトブルーとの違いがコントラストになっていて、さらに、きれい。
だけど、京さんのようなチェスターフィールドコートではなくて。
あれって、まさか、私と同じ、着物用のコート?
「お母さん、あの赤いかっこいい車、ひらきさんのだよ。きれいな赤色、みさきさんにも、とっても似合うよね!」
「そうね。うん、かっこいい」
みさきさんは、助手席に置いていたらしい二本用の赤のワインバッグを片手に持ち、もう片方の手でドアと車のキーを器用に操っていた。
「僕もお二人への手土産を取ってくるね。由都、しずを頼むね」
京さんは本当にさりげない。
きっと、自分の手土産だけではなくて、由都と私が用意したものも持ってきてくれるつもりなのだ。
「任せて。ほら、お母さん、みさきさんとコートがお揃いなんだよ! さすがは私とお父さん! 頑張った!」
……お揃い。
やっぱり。
私のベルベットの着物コートは黒。フォーマルの、とても素敵なもの。
みさきさんのそれは、私のものよりは丈が長いけれど、その黒のベルベットの生地は確かに、お揃い。
「さすがに、この車を着物で運転するのは自信がなくて。でも、この着物用のコートは着たかったんです。タキシードの素敵な配色は、ほんとうに、衣装の相談にのってくれた由都ちゃんと伊勢原先生のおかげです。素晴らしいボーナスを頂いてしまいました」
「どういたしまして! みさきさん、かっこいい!」
「本当に素敵。京さんもすぐに戻りますからね」
よかった。私も落ち着いてご挨拶ができた。
「ありがとう。由都ちゃん、いつもかわいらしいけれど、今日はまたさらにかわいらしいよ。しずるさん、とてもお似合い……で……あれ? その……」
みさきさん、もしかしたら、緊張しているの?
ついさっきまで、みさきさんの登場に期待して緊張していたのよね。
先ほどまでの自分を思い出して、笑みを漏らしてしまいそうになったけど、なんとかこらえて、笑顔で答える。
「そうね、由都も京さんも、とても素晴らしい服を選んでくれて。素敵よ、みさきさん。お揃いのコート、嬉しいわ」
そう、これは、お揃い。
とても、素敵な。
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