第93話 常夜鍋を食べながら。

 ことことこと。

 煮込まれた具材に、ほどよく火が通った。


 いい感じ。

 湯気も、香りも。


 旨みと甘味を増やすために由都に入れてもらった日本酒がきいている。飲んでも美味しいものだ。

 もちろん、利尻昆布は沸騰してすぐに愛娘が救出済み。


「それでは、灰汁あく、取りまーす」


「お願いします」

 由都に灰汁をすくってもらって、土鍋の中を見る。


 すると、ゆらゆらと揺れる、ほうれん草。


 30分、タイマーで計ってもらった利尻昆布のお出汁は少し残してあるから、ほうれん草のえぐみが出てしまっても大丈夫。

 多めにいれた日本酒は、ここでも大活躍。


「はい、ほうれん草、豚肉、シメジとお豆腐」

 灰汁を取り、先に私にと具材を渡してくれた由都。


 取り箸を渡してもらって、私もお返しだ。

「ありがとう。由都にも、ほうれん草と豚肉とお豆腐と、舞茸ね」

 ほうれん草お豆腐、舞茸は普通に、豚肉は多めに。

「ありがとう!」「どういたしまして」


 そして。

「「いただきます」」


 しばらくは熱い、美味しい! を二人で繰り返す。幸せ。

 ポン酢と、それからお皿を換えて大根おろしで食べるのも楽しい。次回は小松菜の常夜鍋もいいかも。


「少し休憩しましょうか。れんこんのきんぴら、食べる?」

「食べる食べる! じゃあ、お茶入れておくね!」

 ほうじ茶の粉末茶の缶と、ポット。

 それから由都の桜と私の椿、お揃いの湯呑み。

 南天の湯呑みは京さんのマンションにある。土岐みさき先生には、紫陽花を差し上げた。


 紫陽花をお礼のつもりで購入したときは、土岐みさき先生。今は……みさきさん。

 いつかは由都とみさきさんと私、三人のお揃いのものも揃えたいと思っている。


「お母さん?」

「ごめんなさい、ぼーっとしちゃった」

 少し速めの歩調で、キッチンに。

 今日は鷹の爪なしの、少し甘めのきんぴら。鷹の爪の代わりに、白ごまをたくさん。


 ダイニングテーブルに戻り、お茶と一緒に、箸休め。お鍋は少し休憩だ。


「クリスマス、楽しみだね。そうだ、お母さん、お父さんと二人だった時はどうしてたの? 訊いたことなかった」

 ふうふうとお茶を冷ましながら、不意に訊かれた。


 ええと。

「……京さんと、二人だった時は」


 大学に入学してすぐに、しつこいサークル勧誘から助けてくれた京さんとすぐに友人として仲良くなって、そして。


「ごめんね、しず。実は」


 京さんのご実家は有名な学校法人の理事のご家庭で。

 もしも、京さんが「生涯結婚をする気がないとか、同性と恋愛をしたい人ではないのならば、そろそろお見合いも視野に入れてほしい」と言われているということを聞いて。


「……今、僕と一緒にいてもいい、と思ってくれているなら、結婚して下さい、しずる。もちろん、ずっとでなくていいから。とりあえず、今からしばらくは」


 それからはとんとん拍子に婚約。

 私の両親も喜んでいた。大学にもそのまま通えていたし。


 結婚したら、すぐに由都を授かれて……。


 ここまでは何度も話しているから、由都には省略。


「出会った年が京さんと婚約した年になったから、その年はさすがに慌ただしくて。翌年のクリスマスは結婚していて、嬉しいことに、由都がお腹にいてくれていたのよ。だから、二人きりではなかったわね。三人。嬉しくて、楽しかったわ……。素敵なイルミネーションを人混みの中ではなくて、宿泊していたホテルの窓辺から見たの。普通では絶対に宿泊できない時期のスイートルーム。クリスマスイブだったの。もちろん、誕生日のお祝いを兼ねて、よ?」


「ロマンチック……! さすが、お父さん!」 

 きらきらと輝く笑顔。まぶしくて、かわいい。


「由都にだったら、京さん、喜んで同じことをしてくれるわよ。もっと素敵な趣向を凝らしてくれるかも。来年のクリスマスはそうしてもらう? もしかしたら来年は、由都には誰かとの予定ができてるかも知れないけど」


 京さんにも、なのかも知れないのだけれど、愛娘よりも相手の方を優先する京さんって、想像できないのよね。


 うーん、という感じの由都。

「私に、って言うより、お母さんに、かな。だから、今年は一緒に楽しもうね、皆で」


 ……それは。

 私がみさきさんと、ってこと?


 確認はしないで、れんこんのきんぴらを一口。


 やや甘めのはずのきんぴらは、甘かった。


 ……こんなに甘い味付けにしたつもりはなかったのにな。








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